打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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打倒ローマへの道 第11日目

ローマ攻略の検討 その5


もう、とんでもなく間が空いてしまっているので忘れている、もしくは  『それ何?』 となっていそうな打倒シリーズ。きょうは珍しく気が向いたのでちょっと書き残した部分をやってみます。本来それなりに気合入れて書かないと後に残せないのですが、今回は完全にIFなので気軽に妄想を展開するのみ!と言う事でかる~く読んでいってくださいな。

(まず今までの考察と展開を列記しておきます)
第1日目  『打倒ローマへの道 第1日目』
第2日目  『打倒ローマへの道 第2日目』
第3日目  『海の民 カルタゴ』
第4日目  『カルタゴの軍司令官と政治家』
第5日目  『ハンニバル支援』
第6日目  『ハンニバル支援 その2』
第7日目  『ローマ攻略の検討 その1』
第8日目  『ローマ攻略の検討 その2』
第9日目  『ローマ攻略の検討 その3』
第10日目 『ローマ攻略の検討 その4』

 ※正直、今読むとちょっと恥ずかしいですコレ。それなりに考えて書いてこれですから・・・orz
  まあ、めげずに地道にやっていきます。まだ全然終わらないしね。
 ※前のテンプレートに合わせて書いたものなのでバランス崩れているところはご容赦を。


(攻城戦オプション:新兵器の投入)・・・してくれる人を探す話

さて、大都市を力で攻めるのに不可欠なのは攻城戦兵器。
正確には、
①純粋に建築物を破壊するためか
②守備兵を減らすのか
③内部へ侵入するための手段なのか
④心理的なプレッシャーを与えるためか
などなど、それぞれの目的によっても違いますが、
これはもう大砲が登場した後、規模や戦術は進歩しても重要度は変わりません。
なぜなら城壁や山・川などの要害はそれ自体が非常に高い防御力を備えていて、
剣・槍・弓に始まって銃などの対人兵器では全然削れないのですね。
以前、第一次世界大戦で要塞化された古城が砲撃を受けている映像を見たことがありますが、相手が大きいのであの時代の大砲でも容易には崩せませんでした。

ましてやこの時代、紀元前3世紀の技術力では、優れた攻城兵器を備えた部隊でも、大都市を攻略するには数年掛かるのが当たり前でした。しかも大体は正面から力で落ちるのではなく、背後から手引きを受けたり兵糧が尽きたりして開城にいたる場合の方が多かったのでした。ましてや当時地中海でも最大規模の大都市だったローマとなると・・・。
これはローマ自身やギリシアの土木建築の技術力をもってしてもちょっと厳しいくらいかも。
ハッキリ言って野戦の切れ味と比べたら数段劣る攻城能力しか見せていないハンニバル旗下の部隊。戦役初期というか開戦の原因になってしまったサグントゥムの攻略に、中小規模の都市でしかないのに実質数ヶ月も掛かってしまっている所からしてちょっと不安があります。
しかもアルプスを越えてきた部隊がそんな大道具なんか大量に持っているはずもありません。

ではどうするのさ?
と言う事で、前回までは力攻め以外の方法を模索してきたのですね。
今回はキッチリ攻城を・・・・と言う事でご助力願いたいのがこの御方。
さて誰でしょう? (知ってる人はここら辺軽く流してくださいね^^)
この時代だけでなくて現代でもかなりの有名人です。(しかも歴史とは関係ない分野で)
特徴で言うとこんな人。

1.所在地=シラクサ
2.得意分野=数学・物理学・科学技術
3.『〇〇の原理』みたいなものに名前が残っています
4.名前の頭は『ア』

すいません、こんな所で引っ張っても意味ないですね。
そう、アルキメデス先生です!

アルキメデスの生没年はBC287~BC212年ころ。 
もう完全にポエニ戦争時代の人です。いや、そんなもんじゃありません。
BC215年、アルキメデスの住んでいたシラクサがローマから寝返ってカルタゴ側に付いた時、攻めてきたローマ軍を迎え撃ったのがアルキメデス先生の発明による数々の防御兵器でした。 実際の効果はともかく、そのあまりの奇想天外な兵器ぶりに仰天したローマ。
後々まで図入りで詳細な報告書や後世の画家の素材となるほどでした。
で、このときアルキメデス先生が作ったと言われる兵器はこんなもの。(多少あやしいのも)

①テコの力を利用した巨大なクレーンの先に取り付けられたカギ爪
   (これでローマの軍船を引っ掛けてひっくり返してしまったらしい)
②城壁の上から振り出され、巨大な石や丸太で近づいた兵士や船を破壊してしまうクレーン
③鏡を利用して太陽光線を敵船に反射し炎上させる兵器 (コレはかなり怪しいナ)
④大きな石を投げ、軍船の帆や船体を損傷させる大型投石器(カタパルト)
⑤巨大な弩から発射された誘導弾や弾幕のように連発可能な投石器
⑥これらの兵器が有効に働くように設計・配置された城壁群

な、ちょ、これ、 
先生、天才すぎます。
だってこれ、2200年前ですよ!
ぜひとも我が軍に来てそのお知恵を貸してくださいぃぃぃ!
先生が無理ならお弟子さんの誰でもいいですから・・・。

となるかは分かりませんが、とにかく時・場所・人とこんなに都合良く揃っている事もめったにありませんので、歴史IFとしてはベタベタですがこうして2200年以上経った今でもネタにしている人がいるわけです。なにしろ、ローマを目前にしている所で攻城戦兵器の不足が一因で遂に攻め切れなかった名将がいる一方で、同時期、それも数百キロしか離れていないところでそのローマを苦しめる程の対攻城戦兵器の製作者がいるのですから。
上記の兵器うちのいくつかは後世の人が勝手に膨らませちゃったものもあるようですが、少なくとも①については多くの資料が記載していますのである程度近いものがあったと思われます。
実現性の実際のところは、アルキメデスは長年ローマとの盟友関係を続けた前主ヒエロンの係累だったとも言われていますから、敵の敵は味方とは言ってもヒエロン王の死後に簡単に寝返った当時のシラクサ指導部とは相容れない考えだったかもしれません。それにBC215年頃にはもう72歳と結構な歳なので直接出向くのはちょっと無理かもしれません。

まあ実現性は薄いとは云え、こういう賢者(ほとんど軍師)や外部の専門家の力を借りるといった努力はすべきだと思います。と言うのも、台頭する蛮族ローマに警戒感を抱いていた東方世界の人間は少なからずいたと思いますから。視点を変えれば、カルタゴ人は商売敵でもまだ話の通じる相手、これがやたら武力に訴える蛮族(東地中海世界から見た当時のローマ人のイメージ)よりも自分達に近い存在だと考えて支援するところがあってもおかしくなかったと思います。

と言うことで、いつになるかは分かりませんが、次回以降は当事者であるローマとカルタゴ以外の、地中海世界の各勢力などについても見て行く予定です。
ご意見お待ちしていますね~


おしまい。

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  1. 2006/11/08(水) 07:06:09|
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打倒ローマへの道 第10日目

ローマ攻略の検討 その4


前回から力攻め以外の都市ローマの攻略方法を検討していて、今日はその2回目。

(攻城戦オプション:インフラの破壊)
本当はここまでやりたくないんですよねえ・・・ 
勝っても都市機能が半減以下になってしまうから。

ただ、これ前回の兵糧攻めと合わせて本気で実行したら、勝っちゃいます、確実に。 
だけど悲惨な結果も予想できます、色んな意味で・・・
なんだか労多くして実り少なしと言った感があります。
・・・
・・・
では状況確認からやってみます。



(ローマのインフラストラクチャ)
①道路
純粋に都市の機能とは言えないかも知れませんが、都市と都市を結ぶローマ街道はほとんど高速道路網と言えるほどの堅牢性と規模を誇っています。また市内の主要街路は石畳で敷設され、排水溝も備えたものでした。BC3世紀の時点では、まだそれ程くまなく整備されていないかも知れませんが、他の都市と比較すれば遥かに優れていたと思われます。

②上水道
水の供給には恐ろしいほどの執念を見せたローマ人の上水道建設は、現代にも残り使えるものがあるという驚異的な耐久性を誇っていました。建設の思想も実にシンプルで、基本的にはセメント防水した水路の地下埋設ですが、障害があれば山があろうが谷があろうが真っ直ぐ橋でも何でも架けてしまって目的地まで通してしまう建設技術を持っていました。水源からの高低差が少ない場合も水圧とサイフォン原理を利用した工法で供給するなど、充分に大都市をまかなうだけの水量を確保していました。また、雨水を溜めて生活用水にする技術も発達していて、公衆浴場などは雨水を利用していた様です。

③下水道
トイレから雑排水までカバーするべく、市内くまなく設置された下水道網は、蓋付きの側溝や沈殿枡を備え、非常に清潔な市街を形成していました。まあ、バクテリアを使った浄化槽などないですから、最終的にはテヴェレ川にそのまま排水するのでしょうが(キチャナイなw)、この辺は蒸気機関や自動車が発明されるまでの近代都市が、牛馬の糞尿で悪臭を放っていたのとは大きな格差があります。
(ローマは同時に車両の交通規制も行っていたようです)
古代では屈指の大都市なのに大きな疫病の蔓延もなく、人口の激減といった事態をあまり経験せずに済んだのは下水道の整備が大きく影響していたのでしょうか。


④公衆浴場 ・・・・・フロの話は、しなくてもいいですかね。(混浴ネタは捨てがたい???)
⑤運動場 ・・・・・・・運動会の話も、いいですね。(^^)
⑥コロッセウム・・・・この話はどこか別の機会で・・・
⑦バジリカ ・・・・・・議論でも裁判でも商売でもやってしまう、公会堂のような汎用型施設と言うべきか
⑧フォルム ・・・・・・この施設は現代でも『フォーラム』という単語が残る。日比谷公園みたいなもの??
⑨神殿 ・・・・・・・・多神教ローマらしくいろんな人・物を神格化してしまいますが、主神はユピテルです。

大体こんな感じです。 まあ④~⑨は内部施設なので攻城戦の検討からは除きます。


(破壊するインフラとその効果)

①道路(ローマ街道)の破壊
高速道路網を部分的にでも破壊すれば、ローマに補給・増援に障害を与えられますが、こちらの使うものまで破壊してしまっては意味がありません。ここでは主要道の選別を行います。破壊するといっても恐ろしく頑丈に出来ていますから、部分的にしか壊せないでしょう。足止めを目的とする位に考えておく方が無難ですし修復も可能です。

アッピア街道(BC.312年)=ローマ~カプア~ターラント~ブリンディシ(今の国道7号線) 
  ※これはカルタゴ側の補給路になりますので手を付けません。
  ※ラティーナ街道=ローマ~カプア、も同様に残します。

アウレリア街道(BC.241年)
=ローマ~ジェノバ(今の国道1号線)
  ※ここは同盟諸都市からの補給路になりますので、テヴェレ川付近
    (橋の付近でいいかも)で部分的に破壊します。

フラミニウス街道(BC.220年)
=ローマ~リミニ(今の国道3号線)
  ※完成したばかりで気の毒ですが、ローマの北北西へ伸びるこの道も、
    有力な補給路になりそうなので、破壊します。

つまりローマの東~南側の道路はカルタゴ軍の補給路として1~2本残し、北~西側にかけての主要道はローマ軍の補給路となるため手前で破壊します。(下図を参照にしてください)

ローマ街道02
              (共和政ローマ時代の街道網/BC215年以降も含む)


②上水道の破壊
紀元前215年時点で完成しているローマの上水道はわずか2本です。建設年代・規模・破壊箇所は以下の通りです。

アッピア水道(BC.312年)
  ※上記のアッピア街道を作ったのと同じ、
    アッピウス=クラウディウスにより建設された最初の水道。
  ※ローマの東側の水源地から敷設された水道で、全長16km以上あります。
   ほとんどが地下埋設型で、地上には90m足らずしか露出していませんが、
   この露出部分の橋や水道溝を破壊します。

旧アニオ水道(BC.272年)
  ※ローマの北東の水源地から敷設され、全長63km以上、地上部分330m足らず。
    市街付近ではアッピア水道のすぐ近くを通っていて、
    破壊工作をする時とその後の警戒には都合が良い位置にあります。


この2本の水道だけで、1日あたりの供給量は約250,000立米(㎥)もあり、その後BC144年に第3の水道であるマルキア水道が建設されるまで、ローマ人の喉を潤していました。
また2本の水道は共にローマの東側に位置しています。恐らく包囲戦におけるハンニバルの本陣は、ナポリ方面から攻め上がる関係上この付近の平野~丘陵部に置かれる可能性が高く、場合によってはカルタゴ軍の水道供給路に変えることが出来るかもしれません。

一方、市内で雨水を溜める方は内部なので破壊しようがありませんが、ローマの西側を流れるテヴェレ川からの取水はその方面の門を重点封鎖することで、ある程度は防止出来ると思われます。(帝政期には城壁がテヴェレ川を取り込むように右岸まで拡張されます)

※水を絶たれるというのは食料を断たれる以上にキツイ攻められ方で、地下水が出ればいいですが、出ない場合はそれこそ1~2ヶ月で干上がる可能性があります。(イタリア中部はそもそも雨が少ない)

※更に悪辣な戦法としては、『破壊した水道の、市街への端末から汚水や毒を流す』 という事も考えられます。この場合、飲んだ人が直接害されるだけでなく、市民の精神的なダメージ、市内に残った貯水も汚染で使用不可に、飲んだ動物の病気による疫病発生など、相当な効果が見込めます。



③下水道の破壊
市内を流れている部分は破壊できないでしょうが、最終的に汚水を川(外部)に流していますので、出口部分を閉塞又は逆流させて溢れさせることは可能と思われます。
この場合の効果は・・・、衛生面の低下→害虫の大発生・疫病の発症・心理的ダメージ等、上水道の破壊と同等以上の効果があります。


たいたい以上のような攻略法になります・・・。


さすがにヒドイでしょ? ここまでやったら。 
書いてる本人がなんかもう、ちょっと凹んでます。
攻城戦の具体的な戦術を書くとこういうのはとうしても避けられないんですが・・・

ですが、第3次ポエニ戦争で、カルタゴを陥落させた後にローマがやったこと、

『完全に破壊し、住民は虐殺し、残骸も埋めて都市をまるごと地上から消滅させ、草木も生えないように塩を撒く』

現実にやったこの方法、これはもっとヒドイです。これから比べれば、カルタゴ人が「やられる前に」 の心境になっても責める気にはなれませんか・・・。
私のように、たとえ負けてもこれだけはやりたくない、と思うようでは古代でも現代でも、指揮官にはなれないでしょうね・・・


おしまい。

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(今回はキツイ内容ですみません)

※攻城戦の布陣など、もう少し具体的な図が用意できれば後日上げたいと思います
  1. 2006/07/07(金) 08:29:01|
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打倒ローマへの道 第9日目

ローマ攻略の検討 その3


(攻城戦オプション:兵糧攻め)
都市ローマの『強み・弱み』を考えると、
強み:
丘陵地を利用した立地・城壁や城門の堅固さ・市民=兵士の多さ・道路網による補給と増援の容易さ・植民市の存在
弱み:
人口の多さ・少数の兵では守れない城壁の長大さ・外部の水源地

兵糧攻めは、弱みのうち 『人口の多さ』 を突いた作戦です。
またこれの実施には、ローマの農業生産の変化を考慮した戦略を組み立てる必要があります。

西地中海01


(ローマの農業生産の変化)
ローマ人は農耕民族です。第一次ポエニ戦争以前には、ローマはイタリア半島内の自作農園で穀物を完全に賄えていたと思われますが、戦後徐々にですが大きく生産スタイルが変化してゆきます。
原因として大きいのは、シチリア島・サルデーニャ島と言う初の 『属州』 を獲得したことでしょう。ローマは穀物生産地としてこれらの島を貴族その他に安く貸与し、これら富裕層は大規模な農園を経営し始めます。また従来の島民は、カルタゴに代わってローマに対し通商や穀物の輸出を行う様になります。その結果、イタリア国内の穀物生産は段々と競争力を失い、大規模農園への集約とオリーブ・ブドウの生産へと切り替えが始まってゆくことになりました。

第二次ポエニ戦争のIFで攻城戦を行おうとしているBC215年~212年は、第一次ポエニ戦後から25年が経過しています。この時点でローマの穀物自給率は恐らく相当に低下し、シチリアとサルデーニャの存在抜きにローマ市民に穀物(小麦粉)を供給することは困難になっていたと思われます。更にBC216年のカンネー戦以後は、南イタリアのカンパーニャ・カラブリアといった地方の多くはハンニバルの手に落ちていますので、その地方からの食料の供給もあまり見込めません。


(ローマの人口問題と防衛体制)
一方、都市ローマはこの時代では異常なほどの人口を抱えた大都市で、紀元前225年の時点の軍役該当者が28万人台で、女性・子供・奴隷も含めた総人口はその数倍以上に達していたと思われます。(植民市も含む)
市民の多さは=兵士の多さにつながるローマですから、時間を置いての力攻めには防衛力も非常に高いでしょう。また事前に攻められると分かっていれば、食糧の備蓄や女子供・老人を周辺の植民都市や農村に避難させる等の措置を取っているでしょう。しかし、後にハンニバルがローマを強行偵察した時には、これら一般市民が城壁から大挙して見物していたといいますから、本気で数年籠城する対策を取っていたとは思われません。
おかしな話ですが、
たとえカルタゴが増援により10万人以上の兵力で攻撃しても、包囲する側よりされる側の方が人数が多いわけで、補給物資の必要数は防衛側の方により負担が掛かる状況にあります。

つまり、カンネー戦直後(1年以内)にハンニバルが大規模な増援と補給を受けて攻城戦に着手していれば、相当有利な状況で開始できる可能性が高いと思われます。もしここでローマ側が包囲を嫌って平地での会戦に挑んでくるようであれば、ハンニバルにとっては尚更望むべき状況になってゆきます。本来の騎兵戦力を活かせますし、まだこの時点でローマにはハンニバルに決戦を挑める武将は育っていないのですから。

ハンニバル支援ルート03
             (兵糧攻めの際の第3ルート)

ここでもう一度地図を見てみると、
前回までにシチリア島の制圧とイタリア本土までの補給路の検討を行っています。ここから上記の状況を考慮した補給路を更にもう一本足すと上の地図の様になります。
つまり、『もう一方の穀物供給地であるサルデーニャ島を奪取して、ローマの補給を絶ち、なおかつローマの対岸に補給地を確保する』 作戦です。

これにある程度の兵力を割く事は通商民族であるカルタゴ人なら積極的に参加するでしょう。現にハンニバルに支援することは渋った本国の政治家ハンノですが、サルデーニャ島へは軍を送っています。(将も兵も力不足で失敗していますが)
サルデーニャ島の状況としては、本土が攻撃されている時に大規模な増援を送る余裕はありませんから、1~2個軍団程度での防衛が限界と思われます。
但し、カルタゴとしては重要な戦略拠点ですから、水準以上の将軍とシチリアを攻略した後の軍を送り、敵の穀物生産地の奪取と補給路の確保に充てます。

シチリアとサルデーニャ、更にカンパーニャという主要な穀物生産地を失ったローマが食べさせなければならないのは、数十万人が口にする毎日の食料です。この状態で本当に何年もの籠城に耐えられるでしょうか? また籠城は相手が諦めるか援軍が来ることを前提とした手段ですが、このローマへの援軍はハンニバル相手に平地での会戦を突破しなければなりません。

ここまで来ると最終段階というべきで、ローマの食料備蓄が切れた時は、場合によっては1年以内に開城する可能性すらあります。
(ローマ人の根性が試される展開ですから相当粘りまくる事も充分予想できます)
カルタゴ側で見ると、勝っている状況での傭兵や商人というのは実に利に聡い人たちですので、途中で『ヤメタ』と言い出すのは考えづらく、最後まで補給と包囲体制・制海権が維持できるかに掛かっています。カルタゴ本国が支援するのであれば、10万人以上の軍を維持する資金には全く問題無いでしょう。(北アフリカの収益だけでその数倍の兵力を楽に支えられるだけの経済力があります。)

※ここから先、『どうやって終わりにするか』 はそれこそハンニバルの決断に掛かっているかなあ・・・


おしまい。

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  1. 2006/07/04(火) 23:37:46|
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打倒ローマへの道 第8日目

ローマ攻略の検討 その2


前回からの引き続きで、攻城戦を行う際の不安点の残り
③攻城戦兵器の不足
⑦攻め落とす以外の攻略方法の検討
について考えてみたいと思います。


ところでローマって本当にそんなに難攻不落の要塞都市なの?
ここまでカルタゴ側から都合よく書いてきていますが、相手の事ももう少し検討したいところです。

過去も未来も(ポエニ戦争以後)ローマが1度も外敵の侵入を許した事が無いか、というとそうではありません。というか記録が多く残っているので、ヨーロッパの他の主要都市、例えばパリ・ロンドン・ウィーンあたりの方が余程耐えているイメージがあります。

(古代ローマの主な落城の記録)
①BC.390 
ケルト人の襲来によりほとんど抵抗できずに城壁を破られ、7ヶ月もの間占領されてしまう。最終的には大量の金塊を払って和睦・捕虜を解放してもらう。
②AD.410 
西ゴート族の侵入による 『ローマの劫掠』 により3日に渡って荒らされる。
③AD.537 
東ゴート族の包囲攻撃で水道その他が破壊され、伝染病が発生し人口が激減し開城に至る。


こうして見ると、『結構ローマ陥落してるジャン』 と思えますが、今回攻略対象にしているのは、BC390年の陥落の後に復興・補強工事を行い、8km以上に渡って城壁を整備し、丘と多くの門で封鎖された活力のある時の町です。はっきり言ってローマの最も活力のある数百年の初期であり、ココを万全の準備の下に守られたら数年は落とせないでしょう。

では、攻城戦の勝利は不可能か?
私の答えはNOです。NOとしなければ話が進まないしww

私はもちろん軍事の素人ですが、歴史を見ている人間であれば古今の攻城戦や長期戦、更には戦略戦術の文献が参考になるんじゃないでしょうか? まあ、この辺は歴史のIFを勝手に妄想しているだけなので、多少破綻していようが色々いじってみる方が面白いと思います。 使えるかどうかはともかく、ちょっと挙げてみましょうか?

(攻城戦オプション)
A:兵糧攻め
B:水攻め
C:インフラの破壊
D:情報・心理戦
E:内部崩壊や裏切りの誘発
F:城外への誘い出し
G:トンネル掘り
H:数による力攻め
I:籠城前の速攻
J:新兵器

怪しいのもかなりありますが、前出のローマの落城の際に使われているのもありますので、いくつかは検討に値すると思われます。

上記のうち、力攻め以外の方法で私が検討してみたいのが
A:兵糧攻め
C:インフラの破壊
J:新兵器

このあたりです。(Jは謎ですがIFっぽくて面白いかなと。)
次回は具体的な分析に入ります。



おしまい。


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  1. 2006/07/03(月) 23:38:17|
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打倒ローマへの道 第7日目

ローマ攻略の検討 その1


今回からは、『問題点④攻城戦への不安』 を検討してみたいと思います。
実際のところ、途中で相当な勝利を重ねても、最終的に攻城戦をクリアできなければ和睦以外の勝ちは無いでしょう。 現にハンニバルは序盤でティチーノ→トレッヴィア→トランジメーノ→カンネー と勝利を重ね、合計で10万人前後の戦死者・捕虜をローマに強いていますが、最終的にはローマを落とすことが出来なかったため(攻城戦も行っていない)イタリアから撤退しています。普通の国ならもうここで滅亡していて不思議じゃないのに、ローマは成長途上の国家の活力の様なものか分かりませんが克服しています。

ではなぜ序盤の連勝という最大のチャンスにローマを攻めなかったのかと言うのは、それこそ歴史に与える影響を考えると重大な分岐点だったと云えます。ハンニバルの心理は分かりませんが、状況を整理して問題となりそうな点をクリアする方策を検討していきたいと思います。 

(対ローマ攻城戦の不安点)
①単純に兵力の不足
②ハンニバル軍の構成と適正の問題
③攻城戦兵器の不足
④長期包囲戦を行う上での補給路の問題
⑤整備された道路網による、他都市からの援軍の襲来
⑥長期戦を行うことによるカルタゴ本国の政治的圧力
⑦攻め落とす以外の攻略方法の検討
私が取り敢えず思いつくのがこの辺です。

このうち①と④の補完として、前回に増援と補給路の確保を行うことを検討しています。⑥は実際に影響あったかも知れませんが、以前問題点②で検討したようにカルタゴ本国が総力を上げて協力するのが前提なのでここではクリア出来ているものとして進めます。(但し余りに時間が掛かるのは、やはりいずれマイナスに働くでしょう)

①の兵力不足ってのは、当初の持ち兵が少なくても勝ち戦を続ければ雪だるま式に味方が増えていくのが普通なのですが、実際に味方してきたのは北イタリアの蛮族の一部と少数の都市だけで、ローマと同盟都市に限ってはこの常識が通用しませんでした。

②の補足ですが、ハンニバルの軍は主力の重装歩兵と軽装の傭兵以外はガリアやヌミディア騎兵の比率が高い構成でした。だからこそ歩兵で敵主力を引き付けつつ騎兵が機動力を活かした包囲戦術を行うって云う戦いが可能となるのですが、一方で騎兵は攻城戦向きの兵種ではありません。用途として広い範囲を哨戒する事は出来るでしょうが、城壁を攻める用途には期待できませんし、馬はなにより糧秣を大量消費しますので長期戦では補給の問題もあります。ということで、カルタゴ本国からの増援は、ある程度攻城戦向きに歩兵・工兵主体の編成が必要と思われます。

⑤の増援の可能性については、充分考えられることで逆包囲を防ぐためにも主要ルートを押さえるなどした孤立化を図る等の対策が必要です。

残ったのが③と⑦です。③と⑦は終わり方にも繋がる事なので、それぞれ次回以降に別個の記事にまとめます。


おしまい。


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