打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

ここに港欲しいんだけど・・・その4

拡張する前に、近場で港開いてくれー その4


④ブレスト

(フランソワ1世の憂鬱)
朕はフランス王フランソワ1世じゃ。 ん、なぜ憂鬱かだと?
決まっておろう、領地が少ないからじゃ! おまけに同盟港もぜんぜん獲得できん!

だいたい私は戦争下手じゃから・・・

しかも自国の主だった都市はみんな内陸だから、パリもリヨンもトゥールーズも全然出してもらえんのじゃ。同じ頃に参戦したヴェネツィアは東地中海ほとんど制覇してるし、ネーデルラントも新しい港を開いているというのに、わが大帝国フランスがこの体たらくというのは面白ろうない、面白ろうないぞ!!

なにか良い手はないかの?

・・・、・・・。 (耳打ちする謎の人)

ん、『ブレスト』 だと。 この間獲得したあの港町か?
だが、あそこは今や荒れ果てた城塞があるだけだぞ。どうするというのじゃ。

ブレスト02


ふむ、「戦列艦」というのを・・・建造・・・構想・・・  !

ほう、ブレストを再び軍港に改修して大艦隊を建造したのちに海外植民地を獲得するという策か!! あそこなら対岸にあるプリマスへの牽制にもなるしの。

・・・・(フランソワ1世思案中)・・・。 面白い!!  直ちに開港の準備に掛かれ!! 

資金なら出すぞ。 むろん私の懐からではないわ。 ふふ、サン・マロの海賊衆に私掠許可を与えてイスパニアとイングランドの商船を襲わせるのじゃ。 私掠の収益で軍艦建造と港の改修資金を確保しつつ、完成前からイスパニア=ハプスブルク帝国を叩いてくれようぞ。

見ておれよカルロス、(カール5世) ・・・・・XXX・・・・XXX!
(やばい事言い出したので伏せ字)



おしまい。
  1. 2006/05/31(水) 05:22:49|
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ここに港欲しいんだけど・・・その3

拡張する前に、近場で港開いてくれー その3


③アソーレス

(1人目:ポルトガル釣り師) 
 『クジラを釣りたいっス!!』 
んとんと、あのな、今んとこマグロ漁といえば、わしらマディラでもいいんですけどね、出来たらグリーンランド辺りまで乗り出して、ばあーんとクジラとか釣りたいじゃないですかの!!
んで、『アソーレス』ってとこがあるんですが、ここは捕鯨基地としても栄えてる港なんで、リスボンのブラガンサ公様さ、港開いてくれんかねえ?

え? クジラを釣ってどうするかって?   

・・・

・・・

そりゃ 『保管』 じゃろ!!!

クジラを釣っても『魚肉』が出来るものか・・・もう気になって気になって眠れねっス。 
誰かクジラの保管レシピ作ってくれんかの。(それ以前に鯨釣れるようにしてね)



(ちなみにアソーレスってここな)
アソーレス01


(2人目:ある北海の密造酒業者)
 『補給港が欲しいのです』
ええ、実は私どもはイングランドで酒造業を営んでる者です。
ま、正確には酒税なんぞ、これっぽっちも払ってない密造酒屋なんですがね。
どうも聞くところによると、カリブ海ってとこに私らの酒をあれこれ持っていくと、やたら儲かるらしんですねえ。で、こないだ初めて行って見たんですが、しかしまあー遠いですな。
それでも往きはマディラからなんとか行ったんですが、帰りは出来たら北海に直行できないものかと北東に航路を取ったら、途中で水も食料も無くなっちゃいまして。もう船員さんたちが喧嘩をはじめるわ積荷をこっそり食べられるわでえらい目に遭いました。
(まあ、欲張ってギリギリまで商品積んだからなんですが)

そこでふと思ったんですが、帰り道にいくつか島を発見しましてね、あとで聞いたら『アソーレス諸島』っていうらしんです。 あそこに補給港があったらもっと荷物つんで経費節減になるかなーと。 あとついでに酒の原料とか売ってると嬉しいんですが。
誰か港開いてくれませんかねえ。




おしまい
  1. 2006/05/30(火) 07:45:05|
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ここに港欲しいんだけど・・・その2

拡張する前に、近場で港開いてくれー その2


②ブリストル

(あるイングランド投資家の野望)
えー、私はプリマスで投資事業を生業とするものでございますが、本日はサセックス伯閣下に耳寄りなお話を持ってまいりました。 
実は、まだ英国本土内に非常に将来有望な町が手付かずで眠っておりまして、ここを開発する事で英国は更なる発展を遂げること疑いなしと思われます。
その町の名は、 『ブリストル』 と申します。 ここを開港する利点がいかに大きいか、これからご説明致します。

ブリストル

鉄鉱石)
第一に、サセックス伯におかれましては、現在イングランドの軍事戦略において、ある憂慮すべき事態が生じているのをご存知でしょうか? 
それは、海戦において必要不可欠な『14門大砲』の供給問題でございます。 敵国イスパニアがバルセロナという最良の大砲生産地を抱えているのに対して、イングランド海軍では領土内で鋳造資材を揃えられない状況なのです。 特に鉄鉱石の産地が皆無なため、折角石炭と石墨という希少な戦略物資を保有しているにも関わらず、我が国の軍人も鋳造職人もイスパニア領で大砲を調達している有様なのです!!
そこで目を付けたのがブリストルです。ブリストルから北部のバーミンガムにかけたあの一帯は、投資して開発すれば有望な鉄鉱石と石炭の鉱山が出る可能性が高いとの調査報告を既に受けております。鉄鉱石さえ産出すれば、プリマスの石墨で鋼が自国で生産出来ますので他国に流れた鋳造職人や軍人様たちも競争力を復することでしょう。


(造船)
第二に、ここは造船業が爆発的に発展する可能性を秘めているのです。
かつて大航海時代Ⅱという時代では、ここは実に投資のし甲斐のある町でした。
この時ブリストルに集中投資した私どもは、当時通常で造れる限界のガレオン船を上回る、『バーク船』という最強クラスの戦艦と武装を実現しました。今では再びさびれて埋もれてしまってはいますが、再度開港して投資を行えば必ずや強力な戦艦や優れた冒険船・商船も出現するでしょう。 その時こそ栄光あるロイヤルネーヴィが世界の覇権を勝ち取ると確信しております。

いかかでしょう、サセックス伯閣下。 私ども投資事業組合にお任せ頂けますでしょうか。
何とぞご検討下さいます様お願い申し上げます。



おしまい。

※どうもこの文体無理あるなー
  1. 2006/05/28(日) 21:17:03|
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ここに港欲しいんだけど・・・その1

拡張する前に、近場で港開いてくれー その1


①パレルモ

(某しがない地中海商人のお願い)
私、イスパニアの武器商人なんですが、どーも違和感あるんだよな。
なんでカルビやサッサリやカリアリに港があって、パレルモにないんだ?
いえ、そこら辺はまだいいわ、近所だし。 (売ってるもの少なすぎる気はするけっど)
だけどもさー、どー考えてもベンガジよっかパレルモの方が重要港だろー!

ちなみにパレルモってここな。
        ↓↓↓
パレルモ01

地中海じゃ5本の指に入る大都市だとおもうんだけどなあ?
それにここは昔っから色んな事があったドラマーな町だって聞いたことあるしな。 
大昔にローマとカルタゴが戦った時には、ここが戦略の要地になったって言うし、
一時はイスラムの物になっちまったからいろんな文化がまぜこぜの面白いとこだし、
1282年には 『シチリアの晩祷』 って大事件がここパレルモから起きて、おかげでビザンツだ神聖ローマだフランスだアラゴンだシチリア王国だ、おまけに教皇様まで、ここらの世界の大物みんなが大騒ぎしたって言うし。
んでもって、教会だって、司教座都市だから うんと立派なのが建っとるしよお。
だいたい、今のシチリアの州都はパレルモだぜー。

軍人さんだって、ここに町があったら、ナポリとチュニスの中間地点だからすごい要衝だと思うんだがなあ、どうだろ。

つー事で、考えてみてな。

おしまい。
  1. 2006/05/27(土) 22:43:40|
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これってポンペイ保存のヒント?

これってホンペイ保存のヒント?


かつて南イタリア・カンパーニアにあり、火山の噴火で一夜にして埋もれてしまった都市ポンペイのことは聞いたことがあるかと思います。 (ゲーム中でも関連クエ出てきますよね)
世界遺産に指定されたこの史跡は、その保存性の良さ・規模・当時のまま出土してきた驚きで、この時代の遺跡としてはダントツの人気観光地となっています。

ポンペイ01


ところで、帝政ローマ時代の文筆家に小プリニウスという人物がいます。
(叔父に博物誌を書いた同名の人物がいますが、こちらは大プリニウスと呼んでいます。)
小プリニウスは、トラヤヌス帝時代に執政官や属州総督となった程の政治家ではありますが、この人が現代でも比較的良く知られた人物であるのは、彼とトラヤヌス帝や歴史家タキトゥスとの書簡を集めた『プリニウス書簡集』によってでしょうか。
この『プリニウスとタキトゥスの往復書簡』こそが、冒頭に紹介したポンペイ埋没事件を、ほとんど現場で体験し、なおかつその後に出世し記録を残したという第一級資料だったからです。

ヴェズビオ火山が噴火した当時、叔父の大プリニウスはローマの海軍司令として、ポンペイ近くで軍港のミセーノに駐留していて、まだ若年だった小プリニウスも叔父の元で勉学の毎日を過ごしていました。ヴェズビオ火山が噴火して、一次災害を生き残った周辺住民が避難する状況ですから、当然近隣で海軍の責任者である大プリニウスは救援に向かいます。しかし大プリニウスはその後二次災害で亡くなってしまい、小プリニウスは残った家族と避難する、といった話の流れになります。

さて、ここまでは良く知られた事実をただ要約しただけですが、この先疑問点に対してちょっと仮説を立てて書いてみたいと思います。(ほかの人がどこかで書いているとは思いますが)
まあ、見当違いだったら笑い飛ばして下さい。

ポンペイ遺跡の異常なほどの保存性の良さは何なのか

この辺ちょっと気になっていた事なのですが、つい最近、めけさんのブログ記事3/21「ローマを支えたセメント」をきっかけに、以前読んだ『プリニウスの書簡集』 にヒントになりそうな記載があったのを思い出したのでした。

<ヒント①:めけさんの記事の要約>
「ローマ時代、ベスビオ火山の周辺でとれる灰土を原料とすると優れたセメントが出来る。 ローマはこのセメントを元に道路や様々な建造物を作り、大帝国の発展を支えたのでした」

<ヒント②:プリニウスの書簡の一部/確かこんな内容>
「噴火が収まった直後に火山灰の重い雨が降り、周囲の見えるもの全ては埋もれてしまった。しかも地震は一向にやまなかった ・・・略」


・・・・? ・・・・!!

みなさん、コンクリートの原料はご存知でしょうか?

コンクリート=セメント+砂+砂利(骨材)+水 です


では、埋まってしまったポンペイに堆積したと思われるものは・・・
①ヴェズビオ火山の高温加熱された良質な火山灰  (天然のセメント)
②噴火で出てきた火砕石                  (砂+砕けた火山岩=骨材)
③噴火の煤塵を核に降った雨               (水)

・・・これってコンクリートの成分そのままじゃないの?

更に良質なコンクリート生成の決め手
④噴火後の地震又は地鳴りで適度にミックス&バイブレーション

(仮説の結論)
ポンペイ遺跡の保存状態の良さは、単に一瞬で火山灰や土砂に埋もれてしまったというだけでなく、上記のような感じで急速にコンクリート詰めされちゃった為 かな?? コンクリートは強いアルカリで結晶していますので、外部の酸化物=風化から守る働きをしたのかも知れませんね。

「マグロを鮮度が良いまま急速冷凍」 じゃないけど、これなら発掘したときにほぼ完璧な保存状態だったのもなんとなく分かるというか・・・ こんな仮説は成り立つのでしょうか?


おわり。
  1. 2006/05/26(金) 22:58:44|
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ようこそロードス島へ!

ようこそロードス島へ   


これも時事ネタというべきか。 (冒頭の題は分かる人だけ反応しておいてください。)

NOTOSには昨日一昨日と肩透かしを食っている方が多々いらっしゃるかと思いますが、ただ待っているのもなんなんで、ヨハネ騎士団の本部が置かれていたロードス島の絵なぞ紹介しておくのも一興かと。

古代世界においては学問の一大中心地だったロードス島(Rhodes)は、『薔薇の島』だか『神話の登場人物のロドスさん』が語源か良く分かりませんが、今ではエーゲ海でも屈指の観光地です。
ローマ時代にはガイウス・ユリウス・カエサルもロードス島に留学に来ていたそうですが、現在残る『聖ヨハネ騎士団長の宮殿』・『ニコラスの要塞』・『リンドスのアクロポリス』等々の遺跡を抱えるロードス島は世界遺産に指定される史跡となっています。 

ロードス騎士団長の宮殿
            (騎士団長の宮殿)


聖ニコラスの要塞
            (聖ニコラスの要塞)


リンドスのアクロポリス
           (リンドスのアクロポリス)


聖騎士団と言うからには、異教徒の軍からキリスト世界を守る立派な人たちかと思いきや、実際にはイスラム商人を襲う略奪者だったりもしますので、立場が変われば海賊と騎士との違いなど決定的なものではないと言う気もしますねえ。 ちなみに後にオスマンのスレイマン大帝に攻められてシチリア→マルタ島へと逃げた騎士団は、マルタ島でもイスラム商人への海賊行為に及んでいますので、『歴史に残るそれはそれは立派な人たち』という認識は私にはどうも持ちきれません。
ただ、シンボルとしては現在でもその名を残し、小説その他の題材にもなっていますので、相当の人気と存在感を示していたのは間違いなさそうです。

史実ではこの島にスレイマン大帝は10万人規模の兵を送り、最終的に聖ヨハネ騎士団は撤退していますのが、果たしてゲーム内でこれを覆せるのでしょうか。

最後に、某有名ファンタジー小説家の代表作にこの名がありますが、ほっとんど関係ないと思われ。(このルートで検索引っ掛かった人はご苦労様でした)

おしまい。
  1. 2006/05/25(木) 23:46:08|
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プチ投資祭り発生?

なぜかピサが熱い?


昨日の22:30過ぎ、突然流れ出したこの会話。

>>あれw
>>ほんとだーピサがw
>>ピサがなくなるとイング困るんです!
>>おお、ピサがイスパになってる。

その時たまたまマルセイユにいた私は、

>>ホントだ、今行って見よう


と、鋭く反応し、現場に急行しました。
(このへんは近所で消防車のサイレン鳴った感覚で)

ピサの街役人前に行くと、いるわいるわ こんな感じ。


ピサ投資祭り060523

検索すると、

イスパ25人 VS イング3人 VS ヴェネ1人。

イスパニアが一気にこの時点で5%以上引き離して影響度トップになっていました。

街役人前では イスパ人に投資申請書を配ってる人が現れるわ、投資ランキングのトップランカーが最前列で申請書使ってるわで、なんだかお祭り状態でした。
私はこういう鉄火場みたいの大好きなんで、ついでに3口ほど協力しておきました。 (←それ位じゃほとんど影響ないやナ)

さて今日はどうなっているのか・・・

なぜか真夏日のようにやたらめったら暑苦しい、Notos鯖のピサより、わたくしハミルカルがお伝えしました!

おしまい。

※追記 その後5/24 20:00現在 イング側が5000M以上を投下して一気にひっくり返っていました。 なんだかナー・・・
  1. 2006/05/24(水) 19:42:52|
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ブログ開設1ヶ月

ブログ開設1ヶ月


そのまんまなタイトルですが、今日で大航海Onlineのブログを開設して1ヶ月が経ちました。
一応節目なわけで、多少は素で書きたいと思います。

まず、ここまで当ブログを読んでくれた方々、本当にありがとうございます。
内容の質はまだまだですが、やっぱり人に見られる前提で書いていますので、コメントやトラックバック・他のブログでの紹介など、なにがしかの反応やゲーム内でのアクションを頂くのは非常に嬉しいものがあります。

また、こうしたアクションを頂くことで、毎日のブログ制作をする際に啓発を受けることも多々あります。
なんと言うか未だに書いていくペースがいま一つ掴めていない気はしますし、システム的なことも分かってないのですが、(FC2のアクセス解析っての、昨日ようやく入れ方分かった・・・)
元来が三日坊主な性分で、なにはともかく今も書いていけるのはこうした有形無形の支援があったからだと思っています。

まあまあ、まだ1ヶ月の区切りなのであんまりダラダラ書いてもなんですので、
最後に、ある方とチャットで話していた際に感銘を受けたログを上げて〆めたいと思います。
みなさんこれからもどーぞヨロシク!

ハミルカル・バルカ


>>ペースさえ決めれば、別に週1回でもおKなんだけどね。
>>でも一番は、自分が続けれるペースで書くことだと思われ。
>>半年もたないブログは7割だからね!
>>まず自分自身が楽しんで書いているかどうかかと。
>>自分が苦痛だと読んでる人も苦痛に・・・

これ励みになったなあ。

おしまい。
  1. 2006/05/24(水) 11:17:44|
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大海戦しない艦隊2

大海戦しない艦隊 その2


さて、昨日商会の冒険者&商人でクエやりに行った途中でシラクサに情報もらうことに。
ちょうど大海戦の真っ最中なのでシラクサ沖が熱い事になっていて、商会の軍人さんたちの奮闘を観戦しようという野次馬な根性がみんなもう全開。


で、シラクサ沖をぐるぐる廻ると、いました。 
(下のSSは敢えて原寸を挿入しています。元が1400ドット以上でデカくてすまんです)


みるきさん発見01SS

いっしょけんめい戦ってる商会の軍人さんを見つけて、

みるきさん発見02ログ
  ↑ の人の名前は希望により伏せました。 (あんま意味ないかも)

もう、うれしさ全開です!!

(狙ってSS撮ってる私も私だ。)


この少し前まで大砲&食事を支援販売していたのですが、
ほとんど貢献していないのに、久々のイスパ&地中海連合の勝利には少し嬉しいものがありますね。

とにかく、

みなさんお疲れ様でした!! 


おわり。
  1. 2006/05/22(月) 14:41:38|
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大海戦しない艦隊1

大海戦しない艦隊 その1


昨日のN鯖ナポリは熱かったですねー。(シラクサ近海が重いのなんのって)
商会の軍人さん達も戦いまくってたみたいですが、その一方で私たち冒険者&商人達は大海戦に参加せず、東地中海をクエでぐるぐるしたり、野次馬根性全開で軍人さんの戦いぶりを観戦したりしていました。


その中で、あー、やっちゃいました。

金つち破損1

銀行預けなかったから・・・

金つち破損2


しばし落ち込む中、そんなこんなでカイロ対岸でカエサル鎧をゲットした後、
ヴェネツィアで待っている商会の冒険者さん2人の希少クエに連れて行ってもらいました。


ショコラ艦隊

 ショコラ艦隊結成だ!!

いやー、冒険慣れしてる人は、いろんな作業が速いこと速いこと。
私なんか、あせって港から出るはずが街に戻ってしまう事3回・・・
全然動きについて行けません! すっごいなー!

などと感心していた所、目的地に着いたら


艦隊で迷子


迷子だー

迷ってるし・・・


更に

背後から不意打ち

背後から暗殺されるし・・・


どうなる事かと思ったが、なんとかクエは達成し、
その後、金槌壊しちゃった私のためにみんなで掘ってくれる事に。(ありがたやー)

4人で掘ること30分近く・・・

金つちキタコレ

なんとサイコさん 耐久7の金槌を掘り当ててくれました!!

これはすんごい嬉しい!! サイコさんありがっと^^

更に更に墓地に行って掘り続けるショコラ艦隊ご一行。

盗掘団

盗掘団かい・・・ 
(途中で他の人来たんだけど、怪しすぎてどっか行っちゃいました)


なんだかんだありましたが、面白かったですね。
大勢なら探索や採集もイケルかも。
どうもみなさん有難うございました!!


つづく。

  1. 2006/05/21(日) 23:40:47|
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クリッパー 対 蒸気船 

クリッパー 対 蒸気船 


前回は発展途上中の蒸気船の事を取り上げました。それに対してDOLにも登場している最速の帆船といえばクリッパー。 18世紀末になって蒸気船が本格的に登場して以後も数十年はその座は安泰でした。 では、その最速船の座が奪われ、貿易・連絡船の第一線から去っていった経緯を見てみたいと思います。


(蒸気だけでは走れない蒸気船)
当初登場した蒸気船は、帆船の補助推進機関としての役割しか与えられていませんでした。
まだまだ出力も安定性も低く、そのため入出港時のタグボートや、無風時の補助機関など限定的な使われ方に過ぎなかったのです。19世紀中頃までの蒸気船にマストと帆が付いたままなのはそうした理由からでした。

(遅すぎる航行性能)
19世紀前半までの蒸気船の速度は、せいぜい8~9ノットでした。
これに対してクリッパー船は、1854年に進水したライトニング号が最高速18ノットを記録。
このように微風でも5~6ノット・巡航で12~13ノットは楽に出る優れた帆走性能と、燃料が要らない経済性や積載余力の良さでまだまだ帆船優位の時代でした。

(まるで石炭輸送船)
蒸気機関の燃料は石炭です。当然、長距離航海には大量の石炭を必要とするわけですが、当初の蒸気船は燃焼効率と駆動効率が共に悪く、船倉目一杯に石炭を積んでもアフリカを廻って来れないほどペイロードの悪い船でした。これでは長距離航海どころか商船としての役目を成しませんから、中継地点に石炭補給港が築かれていきました。

(転機)
1869年、フランス人レセップスによる大工事の末、遂にスエズ運河が開通します。
但しこの地帯は年間を通してほぼ無風状態であったため、帆船は事実上航行が出来ませんでした。そうなると如何に遅く、航続距離の劣る蒸気船もこうなると俄然有利になってきます。また技術の進歩により蒸気船の速力・燃費も徐々に上がってきており、ケープを廻らなければならなかったクリッパー船は一気にそのアドバンテージを失ってゆきました。
更に経済的な側面として、多額の工事費によりスエズの出資者が売却した権益を手に入れたのがイギリスでした。インドに大きな権益を持つイギリスはこれを最大に活かすためスエズを占拠し輸送を強化します。こうして海上輸送の主力は徐々にケープ→スエズへと移ってゆくことになります。
それでもまだ1860年代の蒸気船の最高速はクリッパーと同等かそれ以下程度だったと思われます。クリッパーは航路上ハンデの少ないオーストラリア航路の羊毛輸送などではまだ現役で有り続けました。

(決定打)
19世紀末、革新的な技術の進歩がありました。 蒸気タービンの発明と実用化です。
これにより飛躍的な馬力の向上が実現し、ヨットに付けた実験では一気に34ノットの超高速を記録します。 こうして1万トン級以上の大型の客船・輸送船が登場するに至り、大量輸送に不向きなクリッパーは20世紀初頭には次第に姿を消してゆきました。
その後、フィンランド船主のグスタフ氏が帆船乗りと残存するクリッパー船を集めて大商船団を組織しますが第2次世界大戦後には解散し、現在では各国の練習艦や記念艦・一部の豪華船としてわずかながら登録されているといった状況です。


おわり。
  1. 2006/05/20(土) 08:50:58|
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新型艦の勝手な予想4

今度出る新型艦を勝手に予想してみる その4


×蒸気フリゲート艦  (出ないって・・・もう今回はネタだ)

新型艦の予想を書き始めたところ、なぜか一部の読者に強烈なリクエストが有り、「多分でないよなー」 と思いつつも調べていた所、面白すぎる資料が出てきたので今回はあえてご紹介します。

  < 「輪っぱ」 と 「プロペラ」 どっちが速いのさ >

蒸気機関を搭載した船の登場といえば、日本人ならペリー提督の『黒船』を想像するかと思います。 さて、あの時の蒸気船はボイラーのエネルギーを何で伝達し推進していたのかと言えば、『外輪』 ですよね。 では、今の船が使用している様なプロペラ式(スクリュー)に代わって行ったのは、いつ頃からの事だったのでしょうか。 


こういう、テクノロジーや性能の検証に最も敏感なのは、いつの時代も軍事においてでした。
1845年、イギリス海軍は2隻の蒸気フリゲート艦を使って、「外輪」と「プロペラ」のどちらの推進方式が優れているか、性能実験を行います。 (このへんの議論の様子をぜひ見たかったものだ)


アレクトー(外輪)
           (外輪式蒸気フリゲート艦アレクトー)



ラットラー(プロペラ)
           (プロペラ式蒸気フリゲート艦ラットラー) 姉妹艦だからそっくりだ・・・

(実験方法)
外輪式のフリゲート艦アレクトーと、姉妹艦でプロペラ式のフリゲート艦ラットラー(880トン)を、
実験のためにわざわざ用意し、共に船尾をロープで繋ぎ、

なんと綱引きをさせたのでした。
 (ありえないだろ?)

アホだよなあ・・・

(結果)
2.5ノットの速度で、 「プロペラ式」のラットラーが「外輪式」のアレクトーを引きずっていき・・・ 「プロペラの勝ち!!」 となりました。
んで、以後イギリス海軍では「プロペラ式」が標準採用となったのでした・・・。 (ホントかよ!)
かつて世界中の海軍から畏敬を集めたロイヤルネーヴィも、世界をリードするには時にはこんな力技をやらかしてたのかと思うと・・・

おわり。
  1. 2006/05/19(金) 00:00:00|
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新型艦の勝手な予想3

今度出る新型艦を勝手に予想してみる その3


◎改装型フリゲート

ま、いわゆる大型フリゲートなんですが、登場してきた経緯を考えると、『改装型』という名称をあえて使いました。この船、世界の情勢と海軍の運用の変化により、従来の戦列艦を事実上旧式化させてしまうほど重要なポイントとなった戦闘艦でした。ではそれ以前の、17世紀後半~18世紀末までの軍備の大きな流れとともに見ていきたいと思います。


(軍拡競争)
17世紀のフランスでは、充実した国力を背景に陸海軍を強化し、隣国や植民地の拡張に向かっていきました。 そんな中で海軍の拡張をとの構想が、リシュリュー・ルイ14世の宰相コルベール・軍務大臣ルヴォワといった大物政治家のもとに進められ、フランスはいち早く有力な艦隊を持つに至ります。当然ながらそれは周辺諸国を刺激し、スペイン・イギリス・オランダ・スウェーデン・デンマーク・ロシアといった旧・新興国も追随してゆきます。

(戦列艦構想)
イギリスにおいて「戦列艦」という言葉は1653年の「海戦要務令」において登場します。この構想は、「戦列内に加わる全ての軍艦は同じ速力と旋回性能をもち、あらゆる敵艦と遭遇しても劣勢とならない火力を装備していること」 という条件のもと、軍艦に細かく規定を設けて設計・建造し、等級化しました。 このうち戦列艦と呼ばれたのは1~3等級艦で、フリゲート艦は5~6等級艦に設定されています。(4等級艦は商船隊の護衛艦など)
こうした艦隊運用の戦略は、18~19世紀初頭までのフランスやスペインとの海戦や海上封鎖などでは高い効果を発揮しますが、大西洋の向こうの新興国相手では少々勝手が違いました。


(崩れる構想)
18世紀後半、北アメリカ東部のイギリス植民地と本国との関係が悪化し、独立戦争に繋がっていきます。 これにフランス・オランダ・スペインといった有力国が支援を行い、アメリカは独立を成し遂げます。ジョージ・ワシントンがサラトガの戦いでイギリスのバーゴイン将軍を破ったのが1777年10月ですから、まさにそのような時期に大型のフリゲート艦は登場してきました。

新興国アメリカは当初から戦列艦を持たず、代わりに大型のフリゲート艦を一度に建造・投入して護衛・私掠船として大海軍国イギリスに対抗していました。海戦による制海権の確保でなく、通商破壊による海上政策は非常に有効で、この時期のアメリカ私掠船は300隻以上登録されていたようです。
※1781年にイギリスに捕獲されたフリゲート艦アルマベールは50門艦で、イギリスの平均的な30~40門前後のフリゲート艦ではこれに対抗できない事は明らかでした。 (ちなみにこの船の艦長となったのが、勅任艦長となって間もない頃のホレイショ・ネルソンです)


(モデル)
下の絵は1797年建造のフリゲート艦「コンスティテューション号」です。アメリカは併せて6隻の大型フリゲート艦を同時期に投入し、北大西洋・カリブ海で威力を発揮しました。
コンスティテューション号は1812年にイギリスの49門フリゲート艦『ジャーヴァ』と交戦し、猛砲撃の末に撃沈させました。当時イギリス艦は士官から水兵に至るまで練度が非常に高く、『同種の船との1対1では絶対に負けないし、1対2でも互角以上』という認識が国民・海軍内にあり、フリゲート艦同士の戦闘に敗れたことは非常に大きなショックとして伝えられました。

コンスティテューション号01
         (コンスティテューション号)

イギリスがこれらに対抗するために作られた当初の大型フリゲートは、3等級戦列艦の船首船尾楼と上部甲板を取り払って軽量化させた改装型フリゲートでした。 それでいて50門前後の武装と運動性を持った強力な船であったため、通商破壊・商船隊の護衛に大きな成果を発揮します。大型フリゲートの有効さが実証され・フランスとの大戦の終わり等の時代の流れもあって、イギリスでも戦列艦は次第に敵国の軍港封鎖や本土付近の直衛などに回されてゆきます。

更には蒸気機関の登場と鉄甲艦の登場で、速度の遅い戦列艦は完全に時代遅れの船として姿を消してゆきました。(イギリスでは1880年頃まで海軍に登録されています)

もし、改装/大型フリゲートが登場した場合のスペック予想ですが、
①50門以上搭載するため、砲室が4個にアップ
②3等級戦列艦を若干下回る容量 →500~600前後
③速力は現在の戦列艦を上回る、 →160/260前後 (現状のフリゲートは評価が低すぎ)
こんなところでしょうか。(どんどん勝手な想像膨らませてるな、コレ)



コンスティテューション号02
※最後に、モデルとして取り上げたコンスティテューション号ですが、実は今でもボストンで保存されています。しかも単なる記念艦としてではなく、実際に帆走できる状態で、礼砲を撃つ写真を見たことが有りますが非常に綺麗にメンテナンスされています。

おわり。
  1. 2006/05/18(木) 09:43:45|
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新型艦の勝手な予想2

今度出る新型艦を勝手に予想してみる その2


〇1等級戦列艦

ゲーム中では最強の砲艦として君臨する戦列艦ですが、まだまだその威力を表現しきっていません。 現在の武装はというと、舷側砲5個+船首&船尾砲です。 現状でこれをフル装備すると、舷側14門×5個+船首船尾砲=MAX88門になるようです。 しかしこの武装では、今作れる戦列艦はせいぜい2~3等級艦でしかありません。 
(3等級艦=60~80門位、2等級艦=90~98門位、1等級艦=100~120門) 

しかも、改造では砲室の設定を120門にできるようですから、これは大砲か艤装のアップデートの余地を示しているのではないでしょうか。

例えば・・・
①舷側砲6個にアップ→14×6=84門+船首船尾18門=102門
②舷側砲6個にアップ&16門大砲の登場→16×6=96門+船首船尾18門=114門
このくらいの変更があれば1等級戦列艦が可能です。
16門大砲が登場するかどうかは鋳造やっている者としては非常に気になりますが、現状でR13+1で14門砲が作れてしまいますので、R16以上のレシピが出れば鍛冶師や武器商人のメリットとしては魅力が大きいのではないでしょうか。


(特徴)
100門以上の武装を誇る、戦列艦の最高等級艦。3層甲板に長射程のカノン砲や強力なカロネード砲を装備し、主に艦隊や戦隊の旗艦に用いられた。また旗艦機能として大きな船尾室を持ち、提督・艦長の執務から海戦時の司令室としても使用されたようです。

(モデル)
下の絵はサー・ホレイショ・ネルソンの旗艦ヴィクトリー号です。 (かっこいいので再び登場)
1765年5月7日に木材6000本(しかも90%以上オーク材)・建造費63,175ポンド(現在の価値で5000万ポンド=104億円くらい)を用いて建造され、2重船体・3層甲板・120門装備(102門かも)・全長69.34m(甲板56.7m)・全幅15.8m・排水量3556トンを誇る大型艦でした。
1805年のトラファルガル海戦では旗艦として使用され、現在はポーツマスに記念艦として保存されています。

ヴィクトリー号
        (HMS VICTORY号)

大砲の消耗が激しそうですが、イングランドの軍人なら、コレ欲しいだろなー。


おわり。
  1. 2006/05/17(水) 06:30:15|
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新型艦の勝手な予想1

今度出る新型艦を勝手に予想してみる その1

いきなりですが
夏に拡張パックが出るらしいですが、直前のアップデートも含めて、今後出る可能性のある船を、一応は史実及び過去のシリーズも考慮して予想してみます。 (ただ自分がやりたかっただけですが)

さて、まずは戦闘艦ですが、正直ガレー系はないでしょうかねえ。
DOLでの造船技術が18世紀後半に入ってしまっている以上、後戻りは出来ないかと思われます。となると、19世紀初頭までに登場した船の中で選んで見ます。


◎改装型フリゲート   ・・・50門前後の武装と速度に優れた万能艦でアメリカが多用します。
〇1等級戦列艦     ・・・100門以上搭載可能な3層甲板艦(最大値120門)で艦隊の旗艦に。
▲スループ船      ・・・高速の連絡・哨戒船で冒険用にも。

※アジア編はまた後で上げますが、現在の世界でこんなのどう?っての有りましたら、コレ読んだ人も予想してみて下さい。なんというか、勝手な予想で更に話を膨らませるのはどうよって気がしますが、一応予想には根拠を持たせようと思います。
で、今回はこの中から、スループ船を見てみたいと思います。


▲スループ船

(特徴) 
高速の連絡船で、艦隊の哨戒・連絡や郵便船として使用されます。またペイロードが非常に優秀で少ない人数で操船できることから、長距離航海や極地探検にも使われました。

(実績) 
大航海時代Ⅱでは、ブリストル・アントワープ・ボルドーorナントで投資後に登場します。

(モデル)
下の図は、「海の勇者ボライソー」シリーズで、主人公のリチャード・ボライソーが最初に与えられた指揮艦、スループ艦「スパロー号」です。なぜか船首に32ポンド砲を2門、舷側砲も16門装備という、このクラスでは非常に強力な武装をしていて、この巻では最終的にフリゲートと渡り合って敵艦を座礁させる功績を上げます。(まあフィクションですから)

スパロー号
(スループ艦スパロー号のイメージ図/高橋泰邦氏作)より


※イギリスは本国とインドや新大陸との海軍の連絡や郵便船の他、海賊の取締りや護衛にも多用しています。もし登場すれば、改造次第では高レベル者の超長距離航海(多分必要人数1ケタ)から低レベル者の戦闘用まで、非常にフレキシブルな運用が出来ると思われます。

おわり。

※このテーマ書いてみると面白いので、しばらく続けます。
  1. 2006/05/16(火) 01:48:04|
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星に願いを

インドでの商会イベントに参加。
 んで、前日リクエストされたものを朝から準備した。

(用意していったもの)

仕立て道具 仕立て道具=1399個

これはまあ、ただ買って積むだけ。
んで、これ。

クスクス クスクス=1540個 (積んで行けたのは1399個)

さすがにこんなに1度に料理作ったことはなかった。
朝からひたすらパルマ近辺をぐるぐるまわって夜8:00過ぎにやっと調理完了したので、そのままインドへ。
(ついでに製作中に家畜取引+2、食料取引+1、工芸+1、調理+1になった)

インド直前のモルジブ諸島付近で、
『もうちょっとでクスクス持ってくからまっててね』 と報告すると

『あー、なんか支援受けられるみたいだから使わなくて済むよー』

との神の声が・・・

・・・。

えええええ、私コレ作るのに、羊さん1300頭以上シメちゃった よー!!!

(まあ、大海戦前だからクスクスすぐに売れちゃうとは思うんですがね。)

地中海の生態系破壊反対ーー!!!

しっかしまあ、普段バルサ近海でグルグルしているだけの人間には、別の世界の出来事のようだ、このイベント。
(商会長様、まっこと ありがとうです。)

おわり。


(追記)
※どうやらクスクスは、これから無事消費されるようです。
ということは、今度は他の人の分も連打で回復支援ですね。 ←指が折れるまで叩け!! 

  1. 2006/05/15(月) 06:44:03|
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海賊さん?私掠さん?の歴史7

地中海の海賊と周辺の国の話 その3
  (フランスとオスマンとバルバリア海賊 後編)

前回は、16世紀前半くらいまでにおける地中海の動向、特にフランスとオスマンの関係中心にみました。 そこで今回は本題の『コルセール/コルセア』Corsaireについてです。

コルセールと呼んでいた2種類の勢力、1)バルバリア海賊・2)フランスが許可した私掠船 それぞれを見てみましょう。


(バルバリア海賊の聖戦=ジハード)
北アフリカのバルバリア地方(現在のチュニス~アルジェリア北岸~モロッコ北部)の海上勢力は、オスマン帝国の保護を受け、キリスト教徒を攻撃します。特に1533年、オスマンはバルバリア海賊の大物バルバロス=ハイレディンを帰順させ、海軍の総督に任じられて以後はプレヴェザ海戦での勝利など、勢力を拡大してゆきます。 しかし、私掠を名乗る以上、彼らにしてみればそれは単なる掠奪行為ではなく、異教徒に対する『聖戦』(ジハード)を行う戦士としての義務という認識が見られ、そこに強い宗教色がうかがえます。

バルバリア海賊の旗
(バルバリア海賊が使った旗のひとつ)

(バルバリア海賊の側面)
ただしバルバリア海賊について誤解しがちなのは、実際には海賊の人々の全てがバルバリー人ではないと言う点です。あくまでもバルバリア海岸と呼ばれた北アフリカの、特にアルジェを根拠地をとして海賊行為を行った勢力全体の呼称であり、実際にはシチリア島やギリシャ・イタリアなどから移ってきてイスラムに改宗した人々も数多く含まれていました。例えばバルバロス=ハイレディン兄弟にしても元々はギリシャ人であり、エーゲ海から北アフリカに移ってきた後にオスマンの権威を受け入れています。



(フランスのコルセール私掠)
前回紹介したフランソワ1世の以後も断続的に民間船の私掠政策は続いています。
イギリスが海上の覇権を握りつつあった17~18世紀には1000隻以上ものイギリス船を拿捕・私掠行為を行っています。イギリスの私掠船が自国の海軍が育つまでの応急措置に近かったのに対して、フランスは大陸国家として陸軍を強化する一方で海軍力の増強は控えられたための補完戦力としての色彩が強かったと思われます。

フランスのコルセール達の根拠地は、特にブルターニュとノルマンディーの中間、モン・サン・ミシェルの西に位置するサン・マロの町がその筆頭でしょう。サン・マロ港はコルセール達の一大根拠地として発展し、17世紀の末にはフランス随一の港町として栄えます。

17世紀に入ると、フランスとバルバリア海賊は一時交戦状態となりますが、

フランスとバルバリア海賊の海戦
           (1684年 フランス艦隊とバルバリア海賊の海戦)

1689年、フランス王ルイ14世の時代に再びアルジェの太守との条約が結ばれます。
こうしてバルバリア海賊の矛先は、共通の宗教敵(対プロテスタント/対異教徒)であるイギリスに向けられ、例えばマルセイユなどは商人は安全に航海が許され・港にはバルバリア海賊の寄港も認められるようになりました。

※18世紀以降もバルバリア海賊は活動を続けますが、宗主であるオスマン帝国の衰退もあり、世紀中にはほとんど消滅していきます。 またフランスのコルセールもナポレオン戦争以降、世界秩序が整ってゆく中でいつしかその姿を消してゆきます。
  1. 2006/05/13(土) 23:48:04|
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海賊さん?私掠さん?の歴史6

地中海の海賊と周辺の国の話 その2
 (フランスとオスマンとバルバリア海賊 前編)

前回は対海賊の政策として、
------------------------
(海上政策の選択肢)
①自力で海賊を掃討する。
②海賊を従属または協定させる。
③他国や傭兵の力を利用する。
④国家間で協定又は同盟を結ぶ。
⑤他国の通商破壊のため海賊を利用する。
⑥自国の勢力圏内のみで活動する。
⑦掃討も協定もせず、民間のことは民間任せ。
------------------------
と分類し、特に③について考えてみました。

今回は②・④・⑤の複合政策を行った2大国と大航海時代を代表する大物海賊集団について見てみます。 (①は紹介済み、⑥・⑦は下策として論外)



(コルセールCorsaireって?)
このシリーズの最初に出した海賊/私掠の単語について、良く耳にする言葉で1つコメントしていない事に気が付かれたでしょうか? 実はゲーム中でも海賊装備の3シリーズのひとつにこの名が登場します。

『コルセール/コルセア』Corsaireです。

ところで、コルセールと呼んでいた海賊/私掠船は2種類あり、
1)バルバリア海賊
2)フランスが許可した私掠船

国籍も宗教も全然違うこの2つが、それではなぜ同じ言葉で表されるのか? 
分類②・④・⑤のヒントが隠されているかも知れません。


<フランスの私掠政策>
私掠船というと、ドレイクやホーキンスと言ったイギリス勢のイメージが強いのではないでしょうか?しかし、ヨーロッパにおいて私掠船を先行して用いたのはフランスで、英仏百年戦争の14世紀には既に私掠許可状が発行されています。

フランソワ1世
   (フランソワ1世)

<フランソワ1世の2面政策>
税制・中央集権化・常備軍など数々の内政策によりフランス絶対主義の基礎を築いたとして、フランス史上でも指折りの名君と言われるフランソワ1世(在1515-1547年)ですが、こと海賊政策に対してはかなり悪辣な政略家ぶりを発揮します。
1519年、海賊取締りの王令を発する一方で、他国への私掠行為を奨励する援助政策を採るという相反する政策を巧みに操り、莫大な収益を上げます。 一説には、フランソワ1世の治世前後の20年間でフランスの私掠船が掠奪した新大陸から運ばれる金銀は、その総額の1/5にも及んだといいます。 そして彼が取った海上政策はもうひとつ、今度は東に目が向けられます。

(フランソワ1世=この人、実は大航海時代Onlineでカレーにいる、ベリー女公ジャンヌ様の夫の従兄弟にして娘の婿です=スゲー近親結婚だ。  →こんなんだから、フランスは名君が多い一方で精神薄弱や発狂する王様が出たりするのでは?)

<フランソワ1世とスレイマン1世の密約>
1533年、フランス王フランソワ1世とオスマン帝国のスレイマン1世(在1520-1566年)は同盟を結びます。両者の結びつきは共通の敵である神聖ローマ帝国(ハプスブルク家)を逆包囲する形となり、地中海世界を不安と混沌に陥れます。同年、オスマンはバルバリア海賊の大物バルバロス=ハイレディンを帰順させ、海軍の総督に任じます。
危機感を募らせたハプスブルク家とローマ教皇は周辺諸国との連携を図りますが、1538年のプレヴェザの海戦では、ハイレディンはハプスブルク家・ローマ・キリスト教連合艦隊を破り地中海の制海権を手にしてしまいます。
そして1543年フランス・オスマン両国艦隊は共同してニースを攻略します。

スレイマン1世
   (スレイマン1世)

※スレイマン1世は他にも1526年にハンガリー王を戦死させ、1529年には神聖ローマ帝国の首都ウィーンを包囲するなど数多くの軍事的な成果を残します。スレイマン1世の時代はオスマンの黄金期とされ、スレイマン1世は『大帝』とも呼ばれました。

(長くなったので今回はここまで・・・まだ前半もいいところだ)

  1. 2006/05/12(金) 23:38:40|
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海賊さん?私掠さん?の歴史5

地中海の海賊と周辺の国の話 その1

今まで大西洋を中心とした海賊/私掠活動について見てきましたが、それよりはるか以前から海賊行為が行われてきた、先進地域『地中海』についても考えてみたいと思っています。 古代地中海については、(海賊さん?私掠さん?の歴史1)で述べていますが、その後、中世~大航海時代にかけてはどうだったのでしょうか?


(海上政策の選択肢)
地中海世界はその地勢上、海上権の確保が不可欠ですので、海賊の活動も国家間のパワーバランスに大きく関係してきます。

対海賊の政策として考えられるのが、
①自力で海賊を掃討する。
②海賊を従属または協定させる。
③他国や傭兵の力を利用する。
④国家間で協定又は同盟を結ぶ。
⑤他国の通商破壊のため海賊を利用する。
⑥自国の勢力圏内のみで活動する。
⑦掃討も協定もせず、民間のことは民間任せ。

大きく分けるとこんな所でしょうか。(足りないかな)
まあ一般的な政略とほとんど同じで、海洋国家の場合はその後の戦略が違います。

このうち、
『①自力で海賊を掃討する』は、古代ローマのポンペイウスが行った方法です。
『②海賊を従属または協定する』というのは、オスマン帝国がバルバリア海賊とやっています。
『④国家間協定・⑤他国の妨害に利用』は、フランスとオスマンの間で成され、特に対イングランド・プロテスタント政策として行われました。

※『⑥自国の勢力圏内のみで活動』は、これやってたら貿易なんか出来ませんので完全に衰退します。
※『⑦民間のことは民間任せ』は、最低でも自国の圏内は保護しないと為政者としての人望を失います。 
以上の理由で⑥と⑦についての考察は取りあえず除外します。

②・④・⑤は関連性の高い政策なので、次回以降で見てみます。
さて、③も使った国のサンプルはと言うと・・・

ヴェネツィア でいってみよう!

(ヴェネと海賊)
さて、残った『③他国や傭兵の力を利用する』ですが、政略としてはちょっと情けないし、かなり問題があります。
マキャベリが『君主論』で述べていますが、君主の重要な役割は軍事であって、なおかつそれは自前の軍隊であるべきだと言います。(軍事は君主にしか出来ない事の最たるもので、傭兵はギリギリのところでは当てにならない戦力ですし、他国の力を借りる場合は前提として自国でもそれ以上の軍事力が無ければ付け込まれる元になります。)

強国に従属するしかない弱小国ならば分かりますが、これを他の政略と併用してやっていた地中海の有力都市国家があります。それが、「ヴェネツィア」や「ジェノヴァ」を主とするイタリアの都市国家群でした。地中海でヴェネツィアほどその時代時代で栄枯盛衰を味わった国はちょっと見当たりません。しかもそれが完全に不幸とは言い切れない、自国の政略の結果としてでした。

(ヴェネツィア前史の概略)
①古代ローマ時代は河口の浅瀬と小島に過ぎませんでした。
②ローマ衰退による蛮族の侵入といった戦乱の時代に、容易に攻め込まれない浅瀬の孤島に、避難民や政治的な敗者が逃げ込んで集落を形成し始めます。
③697年、東ローマの支配から脱して共和制統治を開始します。
④828年、アレキサンドリアから聖マルコの遺骸を運び出し、守護聖人に奉ることに。 (ドロボーさんか?ちがうよね)
⑤東ローマの影響のもと、アドリア海で勢力を伸張させる。またイスラムとは地勢上干渉しないので比較的良好な商業関係を築きます。
⑥1082年、東ローマの軍事的協力者として特権的な地位を得ます。(居留区の獲得・帝国内の主要港で関税なしでの交易)この特権によって東地中海へも勢力を拡大していきます。 

ここまでが非常に大雑把な流れですが、この辺から、ヴェネツィアのやってることは大局的にどうなのか微妙になってきます。
1204年、十字軍を使い、なんと東ローマ(ビザンツ帝国)の首都であるコンスタンティノープルを攻撃させ、これを陥落させます。戦後、ヴェネツィアはクレタ島やコンスタンティノープルの一部を奪い拠点を築きます。(この頃からが絶頂期でしょうか)

※東ローマの対イタリア政策の転換や帝国内部からの手引きもありましたが、今まで特権を許されていた国へ攻撃し、弱体化させるというのは、どうなんでしょう。

1204コンスタティノープル陥落
      (コンスタンティノープルの陥落)

1350年以降、シチリア島やマルタ島を根拠地とした海賊が勢力を拡大し、ヴェネツィアやジェノヴァの商船に大きな被害が出てきます。ヴェネチアは自国の戦力で海賊討伐を行いますが大きな成果は上がってきませんでした。
1453年、コンスタンティノープルがオスマンの包囲の末に陥落し、東ローマが滅亡します。
この結果かどうか、15~16世紀以降、ヴェネツィアは少しずつ衰退します。これは、それまで東ローマという大国の傘の元で発展してきたのが、その滅亡によって地中海のパワーバランスが崩れたためといえるかも知れません。

ヴェネチア武装商船
  (ヴェネチアの武装商船) ↑これじゃ人多すぎダロ

16世紀には、海賊による
ヴェネツィア商船の被害が25~30%にも及び、保険料もハネ上がっていきます。
原因としては、1571年のレパントの海戦の後、スペインは対イギリス、オスマンは対ペルシャという当時の2大国がそれぞれ地中海以外で敵を抱えたことにより、地中海での治安が非常に悪化した為でしょうか。

ここで
ヴェネツィアがとった対応が、決定的に事態を悪化させます。
まず、
ヴェネツィアが友好関係を結んだのがオスマンでした。オスマンの力を借りて交易の安全を確保しようとしたのです。
しかしオスマンは西の神聖ローマ帝国と完全に利害対立する存在です。
この結果、神聖ローマ帝国はアドリア海のウスコク海賊に援助を行い、
ヴェネツィア商船に更に大きな被害をもたらしました。
手詰まりとなったヴェネチアが海賊対策に用いたのはイギリス・オランダの傭兵達でした。
ですが劣勢な者を本気で助ける程、古来より傭兵とは頼りになる存在ではありません。

結局
ヴェネツィアは神聖ローマ帝国と政治的に和解しますが、地中海での地位はハッキリと低下してしまいました。そして、大航海時代の後に世界の交易が大西洋・インド洋に移る中、ヴェネツィアは世界史の第一線から消えてゆくことになります。

※但し、商業国としてのヴェネツィアは、経済史に大きな足跡を残します。現在の商取引・会計でも基本となる『銀行』・『為替』・『複式簿記』・『保険機構』は14~15世紀のヴェネツィアを中心とした北イタリアで生まれました。また、最高の純度を誇ったドゥカート金貨は、現在のドルのような『基軸通貨』として長く地中海に君臨していました。

(とりあえず今回はここまで)   ※「ツィ」を一発で打つにはどうすればいいか最後まで分からなかった。
  1. 2006/05/11(木) 23:47:12|
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こっちは競馬で解析だ!

こっちは競馬で成分解析だ!

なぜか今、商会内で成分解析がブレイクしているので、私の方はお馬さんでやってみた。
競馬成分解析のリンクはこちら



(まずは大幹部さま方を)
めけさん>
めけの82%は合田直弘の批評で出来ています
めけの7%は華麗なる一族で出来ています
めけの5%は三冠を狙える素質で出来ています
めけの5%はサンデーサイレンスで出来ています
めけの1%はメカで出来ています

※合田さんは海外めっちゃ詳しい解説する人 →アツクなって話が脱線する事が多い

-------------------------------
ちなみに、
<めけけさん>
めけけの99%は大坪さんの解説で出来ています
めけけの1%はスプリンター血統で出来ています

※この人も解説者さんだ。

-------------------------------
<鹿角さん>
鹿角の76%はハズレ馬券で出来ています
鹿角の14%は1400適性で出来ています
鹿角の6%は三冠を狙える素質で出来ています
鹿角の2%はノーザンダンサーの3×4で出来ています
鹿角の2%はサンデーサイレンスで出来ています

※背中に哀愁が漂ってます。 

--------------------------------
ちなみに
<シェルマーシュさん>
シェルマーシュの62%はエクリプスで出来ています
シェルマーシュの30%はサンデーサイレンスで出来ています
シェルマーシュの4%はメカで出来ています
シェルマーシュの3%はノーザンダンサーの3×4で出来ています
シェルマーシュの1%はナスルーラの4×5×5×5で出来ています

※こっちは伝説の名馬ばっかりだ。


(んで、お世話になってる先輩方を)
<ショコラさん>
ショコラーゼの55%はJRAの陰謀で出来ています
ショコラーゼの30%はすばらしい配合で出来ています
ショコラーゼの9%はナスルーラの4×5×5×5で出来ています
ショコラーゼの4%はメカで出来ています
ショコラーゼの2%はサンデーサイレンスで出来ています

※なんか素晴らしい策をお持ちのようです。 (←さらっと書いてるのは伏線だからだよ)

--------------------------------
<クゼさん>
クゼの58%は悲劇で出来ています
クゼの36%は面白い配合で出来ています
クゼの6%はすばらしい配合で出来ています

※『当たったー』と思って馬券見たら買い間違い、とか?

--------------------------------
<じろさん>
じろの69%は怪物で出来ています
じろの14%は直線一気で出来ています
じろの7%は考えた配合で出来ています
じろの6%は三冠を狙える素質で出来ています
じろの4%はナスルーラの4×5×5×5で出来ています

※なんかスゲー強そうな・・・突撃あるのみ!

--------------------------------
<カトルさん>
カトルの66%は尾花栗毛で出来ています
カトルの25%はヘイロー系とのニックスで出来ています
カトルの4%はノーザンダンサーの3×4で出来ています
カトルの3%はメカで出来ています
カトルの2%はサンデーサイレンスで出来ています

※金髪さんだ! しかも良血っぽい。

--------------------------------
<ディルスさん>
ディルスの46%はポニーテールへの憧れで出来ています
ディルスの40%は伝説の配合で出来ています
ディルスの7%はナスルーラの4×5×5×5で出来ています
ディルスの6%はメカで出来ています
ディルスの1%はすばらしい配合で出来ています

※伝説の配合ってーと???

--------------------------------
<パンターノさん>
アルべロ・パンターノの84%は憮然とした表情で出来ています
アルべロ・パンターノの9%は異端血統で出来ています
アルべロ・パンターノの7%は面白い配合で出来ています

※『当たったー』と思ったら審議で降着とか?

--------------------------------
<クレーム・ブリュレさん>
クレーム・ブリュレの48%は天馬で出来ています
クレーム・ブリュレの36%は出遅れ癖で出来ています
クレーム・ブリュレの8%は考えた配合で出来ています
クレーム・ブリュレの6%はノーザンダンサーの3×4で出来ています
クレーム・ブリュレの2%はサンデーサイレンスで出来ています


※天才型で難しそうだってこと?

---------------------------------
<ピースさん>
Pacemakerの70%はターフィーで出来ています
Pacemakerの21%は芝適性で出来ています
Pacemakerの7%は三冠を狙える素質で出来ています
Pacemakerの2%はノーザンダンサーの3×4で出来ています

※マスコットだ!(2頭身の)

----------------------------------
<Kyetonさん>
Kyetonの83%はペリエで出来ています
Kyetonの9%はありふれた配合で出来ています
Kyetonの5%は考えた配合で出来ています
Kyetonの3%はすばらしい配合で出来ています

※実はフランス人だったのかー(大砲じゃないよ)


(新人たち)
<psychoさん>

psychoの49%は赤兎馬で出来ています
psychoの32%は神速の末脚で出来ています
psychoの7%は面白い配合で出来ています
psychoの6%は三冠を狙える素質で出来ています
psychoの6%は伝説の配合で出来ています

※これが一番強そうだなー。 

----------------------------------
最後に一番下っ端な自分。
競馬成分解析による<ハミルカル・バルカ>の解析結果

ハミルカル・バルカの85%はロバの遺伝子で出来ています
ハミルカル・バルカの9%は面白い配合で出来ています
ハミルカル・バルカの6%はナスルーラの4×5×5×5で出来ています

※へ? 俺そもそもサラブレッドじゃないの? マキバオーみたいな奴か?


ところで、銀英伝のも一通りやったんですが、
コレ ↓↓↓

<銀英伝解析機によるショコラーゼの解析結果>

ショコラーゼの99%はアーサー・リンチで出来ています
 
    (民間人を置き去りに自分だけ逃げて捕まり、
後に同盟にクーデターを持ちかけた人)
ショコラーゼの1%はヘルムート・レンネンカンプで出来ています
 
   (ヤン暗殺を企て、なおかつ返り討ちにあった人)

なんかこの解析でもショコラさん陰謀企んでるんですけど・・・


(みなさん失礼な事ばっかり書いててほんとすまん。)(追加&修正しました)


おしまい
  1. 2006/05/10(水) 13:29:57|
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買ったけど読めなかった本

買ったけど読めなかった本

以前、『読みたいけどまだ買えない本』 というのを書いたのですが、今回はその逆。
    『買ったけど、読めなかった本』 の紹介です。

「読めない書籍を紹介すんな!」 と突っ込まれそうですが、コレです。

トマス・キッド01
Julian Stockwin 『Artemis (KYDD 2)』
(ジュリアン・ストックウィン著 『アルテミス』)


これ、ハヤカワ文庫から出ている『海の覇者トマス・キッド』シリーズの第2巻の原書なのですが、
日本版の第1巻を読んだ後、帆船小説大好きな私は 「1年も待てなーい」 と、
Amazonでなぜか第2巻の原書を買ってしまったのでした。
しかも3000円以上する、ハードカバー版で。 (ペーパーバックなら半額以下だ)

「英語だけど、なんか雰囲気位くらいはワカルダロ」 と多分その当時思ったのでしょうが、
(こういうのが物欲に負けた瞬間だナ)


届いて         (キター!)

梱包解いて      (わくわく)

表紙見て        (おーっキレイだ!)

1ページ目 めくって (ふんふん、さすがに原書は雰囲気あるなあ)

2ページ目 めくって (!?)

3ページ目 ・・・。

トマス・キッド02

読めねえええエー!!!  
やっぱ無理だあああーーー!!!




いえ、そりゃ一個一個の単語は読めるんですが、日本語訳みたいな臨場感が全く出ません。
だいたい辞書出してまで読む根気ありません、受験生じゃネーんだから。

で、結局1年待って出た、ハヤカワ文庫の第2巻『蒼海に舵を取れ』を買って読んだのでした。

トマス・キッド03
海の覇者トマス・キッド2 『蒼海に舵をとれ』
ジュリアン・ストックウィン(著) /大森洋子(訳) ハヤカワ文庫刊


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最後に書籍紹介をチラっと。
『海の覇者トマス・キッド』シリーズは、15歳でイギリス海軍に入隊した著者が初めて書いた帆船小説で、上梓以来イギリス本国で圧倒的な人気を呼んでいるそうです。

本シリーズの特徴は、主人公が強制徴募された最下級の水兵からスタートしている点です。
それまでの『ホーンブロワー』や『ボライソー』といった同時代の帆船シリーズが士官候補生以上からのスタートだったのに対し、主人公がより下層な階級から出世していくことで、当時の帆船の運営の様子(帆の上げ方・巻き方、大砲の撃ち方、水兵の習慣など)が実に細かく描写されています。
※この辺りは、著者自身が体験した、艦上での生活や海軍勤務の経験が見事に活かされているようですね。

特に当時『イギリス艦隊の背骨』 と云われた下士官時代を描いた第2~3巻は面白いのでオススメです。年1冊ペースなので次の第5巻が出るのは今年の秋以降かあー、それまで待てるかなあ。



※さて、実は現在この原書、ハードカバー版はAmazonでは新品売ってません。
しかもUSED価格が、6000円近くに上がってます!(文庫本の第1巻が1円というのが謎ですが)

へへへー、もう売らんもんね。 あと10年寝かしたら・・・と皮算用。 

おしまい。
  1. 2006/05/09(火) 19:32:17|
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海賊さん?私掠さん?の歴史4

海賊さん 私掠さん あなたの 最期はこうなります
 (18世紀に登場した有名人と私掠船時代の終焉)

これまで 『プライヴァティア』Privateerと『バッカニア』Buccaneer について見てきました。 
今回は18世紀初頭の私掠/海賊の黄金時代に登場した、現代でも知られた私掠/海賊船長と、私掠船時代の終焉について見てみます。


及びオレンジネームの皆さん、あなたの時代が終わります』



<その4:黄金時代の裏側で>

(私掠奨励政策)
18世紀初頭、イギリスが次第に世界の海上覇権を握って行くにつれ、私掠船活動は正規の軍艦では数が足りない通商破壊において一定の軍事戦略として確立されて行きます。
そうした中、私掠を奨励するための捕獲法がスペイン継承戦争中の1708年と、オーストリア継承戦争中の1740年に出されます。これにより私掠船は、海賊及び全ての敵国船を攻撃する権限が与えられ、私掠・海賊を問わず、インド洋・カリブ海では各国の植民地政策も相まって激しい戦いが繰り広げられました。

ここで、現代でも知られた海賊キャプテン・キッドについて見てみたいと思います。

キッド01
          (ウィリアム・キッドの肖像)

(キャプテン・キッドの処刑)
ウィリアム・キッド(1645-1701年) 通称キャプテン・キッド
スコットランドに生まれたキッドは、当初は海賊船退治の私掠船長でしたが、後に自ら海賊船の船長となってしまい、本国に帰ったところを捕まえられ、処刑されてしまいます。

※この先はちょっと悲惨な話なので、見たい人だけどうぞ



[海賊さん?私掠さん?の歴史4]の続きを読む
  1. 2006/05/08(月) 22:59:44|
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海賊さん?私掠さん?の歴史3

海賊さん 私掠さん あなたのスタイルどれですか? その3
   (アウトロー化していく私掠船)

※前回プライヴァティアPrivateerの紹介の冒頭で、「私掠船と海賊は区別されるものです」 とし、その定義・特徴として以下のように書きました。
(区別)
①私掠船=国家の承認を得て,敵対国に対して通商破壊活動に従事した武装商船。
②海賊 =いかなる国家の許可も得ず、無差別に海上で略奪行為を行う海の強盗。
③国家に所属する軍艦が行う場合は戦闘行為。
(Privateerの特徴)
①スポンサーの存在 ②忠誠心と愛国心・名誉といった傾向 ③プロテスタント対カトリック国という宗教面。


大体こんなところでしょうか。 今回は、海賊との境界が曖昧になっていく17世紀以降のカリブの海賊/私掠船について見てみます。

及びオレンジネームの皆さん、自分はどれだと思いますか?』


<その3:『バッカニア』Buccaneerとは>

同じ私掠でも 『バッカニア』Buccaneer とはどういった人たちだったのでしょうか?
「パイレーツ」と並んで非常に知られた言葉ではありますが、生まれていった経緯や特徴などは案外曖昧な気がしますので、順に見て生きたいと思います。

(プライヴァティアの存在意義の低下とバッカニアの誕生)
16世紀のイギリスなどは、当時の海軍強国スペイン・ポルトガルに手持ちの軍艦だけでは対抗できないため、民間の武装商船を「私掠船」として運用しました。 ところがドレイクやホーキンスといった代表的な私掠船長はその期待に大いに応えたものの、大多数の船長はもともと海賊行為と商船活動をごっちゃにしたような者たちの集団ですから、当初から独善的な行動を統制することが困難でした。(例えば、アルマダ海戦の様な国の存亡が掛かった時ですら、一部の私掠船長たちは他の民間船を襲うために離脱してしまうことがありました)

こうした状況の中で、17世紀を迎えるとヨーロッパ各国の軍事バランスは大きく変化していきます。
1588年のアルマダ海戦で一挙に海上の覇権がイギリス・オランダに移ったわけではありませんが、17世紀以降スペインは斜陽を迎えつつありました。一方イギリスやオランダは商業の発達を背景とした海軍力・造船力の増強により、大西洋・インド洋・東南アジアへと影響力を伸張させてゆきました。

イギリス・オランダに自前の海軍力が整ってゆく中で、大西洋から私掠船は徐々に締め出されてゆきます。その結果彼らの多くはカリブ海に逃げ込み、そこで生活を始めます。その中には植民地経営から逃げ出した現地人や犯罪者たちも合流してゆき、サントドミンゴ付近に徐々に集落そして根拠地が築かれていきました。バッカニアの有名な根拠地がトルトゥーガ島です。

西インド諸島地図03


(バッカニアの語源)
下の絵では肉を焼く海賊が描かれていますが、この肉を焼く木製の網のことを「ブカン」と言いました。つまり、バッカニアの語源の有力な説の一つが「ブカンで肉を焼く人」だったりします。彼らは単に私掠行為を生業としているだけでなく、猟銃で獲物を仕留め、燻製の肉料理を作り、大西洋を渡ってくるイギリス・オランダ・フランスの航海者に提供していました。そして引き換えとして武器・火薬・酒といった物資を手に入れていたのです。(バッカニアの中には自分達の事を「フィリバスター=自由に略奪する者/自由な冒険者くらいの意」と呼ぶ者もいました)

ブカンを焼くバッカニア
       (「ブカン」で肉を焼くバッカニア)

(海賊と私掠のはざまで)
本来私掠であればどこかの国の権威を認め、国王や総督の特許状を下付されるべきです。ですがそうした者だけでなく、単にオランダやイギリス政府から対スペインの通商破壊政策として武器弾薬や船舶の供給を受ける海賊も存在しました。かれらは各主要港に情報員を置き、スループ船やブリガンティンと言った高速船を用意して、出航したスペイン船に襲い掛かったりしていました。こうなると私掠と海賊行為の境界はどんどん無くなって来ます。唯一の共通項は「敵はスペイン船」なのですから。

バッカニア船
           (バッカニアの船)

一方、一部の有力な者の中には、イギリスやフランスの権威を認め、植民地化に協力する者も現れます。(根拠地を制圧されたバッカニア達は、1664年にフランスの権威を受け入れています)
この時代の有名な海賊のなかに「モーガン」や「ロロノア」の名前が登場してきます。
「ロロノア」は1666年にマラカイボに攻撃を加え、
「モーガン」は1670年にパナマを占領します。
※後にモーガンはイギリスに帰順し、なんとジャマイカの副総督としてカリブ海に赴任しています。


また長くなってきましたが、DOLにおいて(バッカニア)の船長になりきるにはどうすれば良いでしょうか。前回とも比較してやって見ます。

Buccaneerのあるべきスタイル
(なーにやってんだか、な)

さて次回は、「スター登場!」 でいってみます。
乞う、ご期待!
  1. 2006/05/07(日) 17:42:21|
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海賊さん?私掠さん?の歴史2

海賊さん 私掠さん あなたのスタイルどれですか? その2
  (私掠で世界一周しちゃった船長さんのスタイル)

今日からは、「海賊」と対比・区別される「私掠」の各呼び方についてです。
まず、「プライヴァティア」Privateer とはどんな私掠のスタイルだったかみてみます。

 及びオレンジネームの皆さん、自分はどれだと思いますか?』


<その2:『プライヴァティア』Privateerとは>

(前提)
基本的な事として、「私掠船と海賊は区別されるものです」

①私掠船=国家の承認を得て,敵対国に対して通商破壊活動(実際は海賊行為ですね)に従事した武装商船。 「許可を得て行う」と言う姿勢に、法律的制約の観念が見られます。

②海賊 =いかなる国家の許可も得ず、国旗も立てずに無差別に海上で武力を行使し、略奪行為を行う海の強盗。

③国家として所属する軍艦が敵国船を拿捕その他を行う場合は戦闘行為(の一部)です。


(プライヴァティアの前史と概要)
イギリス初の私掠船は、1243年にヘンリー3世が許可したリー・ハイト号に始まると云います。 更にヘンリー8世の治世(1509-1547)に、海軍本部や艦船局が設置されてきますが、イスパニアやポルトガルらの海軍強国には到底及ぶものではありませんでした。

一方、当時の軍艦の海戦以外での戦闘行為は略奪そのものですからそれに対抗するために一般の商船も武装化してきています。
そこでイギリス王室は、平時は武装している商船を集中的に徴用・運用する事で、主にスペインを敵国として海軍力の削減と通商破壊行動(つまり拿捕・掠奪)を行う政策を始めます。
具体的には、武装商船長や冒険者にイギリス国王が私掠特許状(Letters of Marque)を下付して、戦時には敵国の船舶を拿捕する権限を、平時にはいままでの損害を償うため外国商船に報復する権限を与えました。 これが「Privateer」と呼ばれる私掠船長としての活躍が始まる契機となります。


(Privateerの特徴)
①私掠船として、その最も大きな特徴は、スポンサーの存在です。
イギリスは女王・貴族・地元領主(ジェントリ)・田舎の役人等々、私掠船長に出資することで活動させ、敵国に対する私掠活動の収益を配当として受け取っていました。

②また、忠誠心と愛国心・名誉といった傾向も強く見られます。
なにしろ国王(女王)から、私掠特許状を下付され、国の代わりに敵国と戦うと言う事になるのですから、それが戦闘・略奪・探検・航海や貿易にかかわらず、『スペインを打倒する』行為であるかぎり、愛国的で名誉ある行為とみなされるのです。

③側面として、イギリス・オランダなど宗教革命を行ったプロテスタント国は、カトリック教国、特にスペインに対して激しい経済的・政治的・宗教的な敵意をもやし、その打倒を目指したという宗教的な面もあります。

④船長は私掠に最善を尽くすという証文を入れさせられ、特に船長は海上での記録や日誌をつけ、海軍卿にその写を提出することになっていた。
(元々海賊なのに書類作成とかできんのか?)


(私掠で世界一周した男 フランシス=ドレイク)
「Privateer」としての私掠船長のなかでも特に有名なのが、フランシス=ドレイク卿でしょう。 
ドレイクは、プリマスの市長にもなったウィリアムス=ホーキンズ船長と並んで知られた存在で、当時まだ弱体だった3流国イギリスを、少なくとも2流国には押し上げていきます。
もともとはプリマスの有名な造船家ホーキンス一族の息子として、1540年頃に生まれます。 
25歳の頃には海賊となり、スパニッシュ・メイン(カリブ海の通称)では最も成功した海賊と見なされるようになって行きます。(とんでもない小僧だ) 1572年に初めてパナマから太平洋を見たときには、「いつか必ずイギリス船でこの海に挑んでやるぞ」と誓ったといいます。


ゴールデン・ハインド号
  (ドレイクの乗艦 ゴールデンハインド号1577年)

ドレイクは1577~1580年に世界周航を成し遂げます。(マゼラン船隊以後、実に2番目の快挙)
これは、実際は冒険というよりもスペインに対する私掠行為の副産物でした。
「あっちこっちイスパ船を襲ってたら、なんかわしら世界一周してもうたど」 こんな感じでしょうか?
しかも艦隊の5隻のうち2隻を失ったにかかわらず、莫大な利益をもたらし、彼の遠征への出資者に(エリザベス女王も活動のための共同特殊会社に投資)、出資金に対して4700%の配当をもたらしたと言われています。後にエリザベス女王は、彼のゴールデン・ハインド号を訪船し、彼をナイトに叙しています。


アルマダの敗戦
      (敗退するアルマダ艦隊の様子)

そして、スペインとの覇権をかけた1588年のアルマダ海戦には海軍中将・副司令官格として参加し、数の上の劣勢にもかかわらずイギリスを勝利に導いています。その戦法は私掠船長らしく、中小型艦の速度と長距離砲による砲戦で、ガレアス船の白兵戦やガレオン船の重砲といった大型艦の真っ向勝負を巧みに交わしつつ、戦力と戦意を削り取ってゆく巧妙なものだったと思われます。


(莫大な収益の配分)
私掠で獲得した捕獲賞金(prize money)の配分は、15、6世紀頃は通常以下の様だったと云われています。 (※分かり易いようにグラフにしたので参照して下さい。)
Privateerの収益配分
     (私掠による利益配分の内訳)

※但しこれは16世紀前後の私掠船の最盛期のことで次第に無くなって行きます。


以上長々と見てきましたが、DOLにおいて(Privateer私掠船)の船長になりきるにはどうすれば良いでしょうか。
(ここから先はかなりフザケていますがあまり気にしないで下さい)

Privateerのあるべきスタイル
                  
こんな感じかナ(殺されるぞ)

※次回は、次第に邪魔者扱いされていく私掠船と新しい呼び方についてご紹介します
  1. 2006/05/06(土) 23:21:15|
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海賊さん?私掠さん?の歴史1

海賊さん 私掠さん あなたのスタイルどれですか?

大航海時代の前後における、海賊さん及び私掠さんの歴史やアレコレを見てみたいと思います。

なぜって?

それは、単純に『海賊』とひと括りに出来ない、歴史・ルールと生まれた背景があったからです。その辺を個別にきっちり把握しておくって言うのも必要かなと。
DOLはロールプレイングなゲームですから、それぞれ役になりきる上でのベースを知っておくと、より楽しみが深まるのではないかと思います。
(本音:そりゃ史実だけど、やっぱPKされた時はイヤと感じる人の声も聞いとくれ、との思いもあるからでっす・・・)

今回は英語を例に取った様々な呼び方と、古い時期の海賊関連の話で行きたいと思います。


<単語>
漢字では『海賊』とひとくくりにされる言葉も、英語その他の言語では実に様々な単語が有ります。例を挙げると、

『パイレット』Pirate
『プライヴァティア』Privateer
『コルセール』Corsaire
『バッカニア』Buccaneer
『フィリバスター』filibuster オランダ語の「海賊・略奪者」に由来
『フリーブーター』Freebooter
などは時代や形態による呼び方の違いですし、

『バルバリー』
『ヴィキング』Viking
などは民族・地名から来た呼び方と云えるかと思います。


及びオレンジネームの皆さん、自分はどれだと思いますか?


今日からそれを順に見ていきたいと思います。
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<その1:パイレーツ とその語源>

英語の「パイレット/ピラート」=「Pirate」(複数形がパイレーツ?)は、
ラテン語のPirata、更にギリシャ語の「パイラーテース/ピラーテス」=「Peirates」(攻撃)から来ています。

このギリシア語の「Peirates」の元になったのが動詞「peiram」(試みる)で、
「海上で一攫千金を試みる」を意味します。
※コレに近い海賊を意味する言葉には、フォルバン(Forban)もあります。
(これは、Fors ban =アウトロー という意味です。)

※パイレット=『海賊』 の純粋な意味としてはこの 「peiram/海上で一攫千金を試みる」 は分かりやすいですね。国も組織も宗教も関係ない、本当の意味で天下御免の海賊さん→ 
ゲームにおける 『無差別なPKさん』 に近いイメージでいいと思います。

古代においても海賊については海の歴史が始まるとと同時に様々な形で記録に残っていて、例えばこんな。
BC7世紀の海賊
(これは紀元前7世紀のギリシャ近海での海賊と商船の戦いの様子)
※左が衝角を付けた海賊、右側が商船で、武装した船員たちが戦っています。

文字の記録として有名なのは、リヴィウス著の『ローマ史』に出てくるユリウス=カエサルの若き日の逸話でしょう。

政治的なトラブルでロードス島へ留学(というか逃亡にちかい)に行く途中、カエサルはキリキア海賊に捕まってしまいます。 身代金の算定をした海賊が 『20タレントだな』 と要求した所、『何を云うか、私は50タレントの価値があるぞ!!』 と、普通の人なら身代金を値切るところを逆に吊り上げてしまいます。 (ちなみに50タレントあれば、この時代の兵士を10000人×1年集められる位の大金  ・・・値を上げることで殺されずにすむと思ったのか?) 
いったん交渉がまとまれば、身代金が用意されるまでの間は捕まった人は大事にされます。ここでカエサルは、『もし私が解放されたらお前たちは一人残らず捕まえて縛り首だぞ』 と大きな事を言いますが、『何をこの小僧がwww』 と海賊は相手にしません。 
そのうちに身代金の用意が終わった従者が帰ってきて(つまり借金だ)、カエサルは解放されます。解放されるや、カエサルは近くの町で船を借り・兵士を雇って海賊退治に出発します。そして自分を捕まえた海賊を急襲して逆に捕まえる事に成功、予言どおり全員を吊るし上げてしまいます。 そして、事の終わったカエサルは、何事も無かったかのように予定通りロードス島の大学に向かったのでした。

・・・借金するくせに金額を吊り上げるあたり、さすがにコノ人は普通の頭では推し量れません。

さて、古代世界ににおける最大のトピックは、カエサルのライバル・ポンペイウスによる『海賊一掃作戦』でしょう。 20個軍団/12万人規模/500隻の艦隊を投入した地中海全域でのこの作戦を、ポンペイウスは3年と見積もっていたところをわずか89日で完了させてしまいます。

下の絵は、ポンペイウスが指揮した、この頃のローマの軍船『バイレム/2段櫂船』です
ポンペイウス時代のバイレム


次回からは、大航海時代を代表する船乗りの一人を紹介していきます。また、『海賊』とは区別される、もうひとつの形態について順次考えて行きたいと思います。
  1. 2006/05/05(金) 21:47:37|
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鋳造修行 1時間マジで叩いたらどれ位?その2

鋳造修行 1時間モロマジで叩いたらどれ位? のテスト
       ~~ PartⅡリューベック編 ~~



※予定していたシリーズがどうやら長くなりそうなので、先に昨日やった鋳造のテストの続きをご報告申し上げます。
意外な結果が出てたので、早く書きたい) では行きます!!

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<今回はリューベックで叩きまくります!>

前回は鋳造R11、ハンブルクでトンカチ叩きまくってみました。
今回は鋳造R12、リューベックで真鍮オンラインをテストしてみます。

<Ⅰ修行メニュー>
鋳造R12になったので、R5鉛・鉄材、R8真鍮作り。メニューがひとつ減り、鉱石だけになりました。買う種類が減ったので、今回は鉱石取引も考えた買い方を心掛けます。


 (R12の熟練度)
  R5 鉛     成功1   大成功1

  R5 鉄材   成功1   大成功1

  R8 真鍮
   成功1~2  大成功4

<Ⅱルール> の確認
①交易所の親父の前から一歩も動かない
②酒場で行動回復はしない
③連射機能等は使わず、ひたすら連打連打。
④ふっかけ・値引きは一切使わず、生産品は黙って親父に売る
⑤他人が鉱石バザってても自力のみで
⑥実行中SSは撮らない・テルその他も応じない(ホントすみません)

<Ⅲ準備するもの> の確認
①料理: 魚介のピザ 行動回復+50 持てるだけ=400個(4000回分)
②カテ2: 1枚使用で、現状で220回位叩けるので、4000/220=19枚
③副官: 主計長に固定(大成功の増加をチョット期待)
④カスタムスロット: F8魚介のピザ、F7合金、F6金属、F5カテ2
⑤マウス: 耐久性とレスポンスの良い、ロジクールのレーザーマウスを用意。
⑥やる気 (又は挫けぬ心)
⑦集中力 
  ※少し変更しました。

<Ⅳ疑問点>
今回は鉱石だけなのでシンプルです。また、R11と12で入る熟練も同じ様なので比較には丁度良いと思われます。



                 で、実際にやってみた。
<Ⅴ実行報告>

テスト前

鋳造R12テスト前 うおおりゃああああーーー(またか)
         ↓
テスト後
鋳造R12テスト後 疲れた。

その他もろもろの結果がコレ。
 
鋳造R12実行報告書(リューベック)

・・・・チョットマテ。

たしか前回の結果が 、  ↓ コレ。

鋳造R11実行報告書(ハンブルク)


・・・・えーと、ほとんど変わらないんですケド。

特に、鋳造の熟練度と収支。 これほとんど誤差の範囲です。
他にも、魚介のピザの消費量やカテ2の使い方も大きく変わりません
(実は最後の10秒で1枚使っている)
それから、鉱石取引が増えているのは買い方の問題なので、前回もこうしていればこれ位の結果にはなった気がします。


結論。 =あんま変わらない。 ???? 反論求む!


<Ⅵ結果に対する考察>
①巷で云われて常識化している、『鋳造R8以降は真鍮オンライン』 は、純粋なスピードの追求という点では大して変わらないと言うことでしょうか? 

②むしろ鋳造職人としては、ハンブルクなら14門砲の材料となる大砲と砲弾が生産できる分だけこっちの方が実利的という可能性があります。 
つまり、ずっとやっていると飽きるので、貯まった大砲と砲弾を時々プリマスに持って行って、デミ14~キャノン14門を作り置きしておくのもアリかなと。 =(いろんな事を楽しみながらやる人にはオススメ)

③食事に関しては、リューベックは酒場が使えるので、今回の様に根つめてやるのでなければ、料理代の分だけカテ2を買い込む事が出来る。 =(長続きするという点ではリューベックが有利)

④むしろ重要なのは、『いかに取引スキルをあげるか』 かも知れません。
リューベックに 『鉱石と工業取引が両方優遇な鉱物商』が多かったのは当然それを考えての事と思われます。 みなさん計画的ですね。


(感想) 鋳造って何でこんなに作業的なんだろう。 ゲームの中で引き篭もるってのは精神的にキツイです。
※造船でひたすらダウとかサムブーク作ってる人とかはどんな感じなんでしょうか?

以上、報告終わり。 (早く修行も終わりにしたいデス)

  1. 2006/05/04(木) 18:25:51|
  2. 鋳造・縫製 その他生産
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読みたいけどまだ買えない本たち

これほんとに買っていいのか? と冷静に考えてみた記録

昨日、出張で東京駅の近くに行ったので、ついでに八重洲のブックセンターに立ち寄った。 いつも入ると大体2時間位はいるのだが、今日はかなーり悩みました。
私、基本的に書籍の購買には値段を気にしないのだが、欲しかった本の何点かは、今日の時点では諦めました。 ま、重いというのもあるんだけど。 (食べ物は10円単位までこだわるよ!)


そのリストです。

①モムゼン・ローマの歴史Ⅰ 名古屋大学出版会 ・・・価格  6,300円
②モムゼン・ローマの歴史Ⅱ 名古屋大学出版会 ・・・価格  6,300円
③モムゼン・ローマの歴史Ⅲ 名古屋大学出版会 ・・・価格  6,300円
④プトレマイオス地理学    東海大学出版会   ・・・価格26,250円

※①~③モムゼンは多分買います。(全Ⅳ巻)これ、モムゼンのローマ史の完訳本としては日本初なのでは? まだ全部初版だったので早く買わねば!
(打倒する前に研究するというのは戦略の基本だナ)
モムゼンⅠ
Ⅰローマの成立
第1編 ローマ王政の崩壊まで
第2編 ローマ王政の解体からイタリアの統一まで

モムゼンⅡ
Ⅱ地中海世界の覇者へ
第3編 イタリア統一からカルタゴとギリシア諸国家の征服まで
カルタゴ
シチリアをめぐるローマとカルタゴの戦争
自然の国境までのイタリアの拡大
ハミルカルとハンニバル      ←←← ん? 俺と息子のこと書いてんの?  
ハンニバル戦争
カンナエの戦闘まで
カンナエからザマまで
ハンニバルの和平から第三期の終わりまでの西方世界


モムゼンⅢ
Ⅲ革新と復古 第4編 革命

 (どれも面白いです。ノーベル文学賞とってるだけの事はある)

※④プトレマイオスは、すげー悩んだ。 2万5千円かあー・・・
プトレマイオス地理学

中身見て、前半の解読部分は研究者の書いた学術書って感じで注釈が多く、全く読む気にならなかったが、後半の地図集はすげえっす! 
コレ、どこに値打ちが有るかと言うと、古代の地図帳なので、地名が古代のままビッシリ書き込まれてる所です。
(原本が散逸しているのをルネサンス期のイタリアの工房が復元したもの) 
このへんのジャンルに興味のある人は、大きい書店なら置いてある可能性があるのでぜひ見てくれ! 

あー、多分結局は買うんだろうなあ。
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※こうやって、自己の物欲に抵抗はするんですが、最初に 『コレかなり欲しい!!』 
と思ったものは今まで最終的に我慢できた事はほとんどありません。


おしまい

次回からは、出していいものかチョット怖い、
歴史上のP〇さん(つまり、カ〇〇ク)を見てみたいと思っています。

  1. 2006/05/03(水) 20:54:33|
  2. 本の紹介
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鋳造修行 一時間マジで叩いたらどれ位?

鋳造修行 1時間モロマジで叩いたらどれ位? のテスト
(昨日書けなかったので、今日は2本立てで行きます!)

<今回は硬派にほとんどテキスト>
武器商人になりたてで、まだ鋳造R11+1、鉱石R5+2、工業5+1です。
バルセロナで大砲レポート作成の為には、カロネ14門やアンフェール14門の作れるR14まで持っていく必要があり、あとR2上げをする事にしました。

(修行メニュー)
R11なら、R5レシピの鉱石類でも熟練+1付きますから、まずはハンブルクでR5鉛・鉄材、R7青銅、鉄材+石炭でR7アルケ銃・R11大砲作り。
(R12からはリューベックに移動します。)

(R11の熟練度)
R5 鉛         成功1 大成功1

R5 鉄材       成功1 大成功1

R7 青銅       成功1 大成功2

R7 アルケブス銃   成功2 大成功3

R11大砲        成功3 大成功6




<Ⅰ今日のテーマ>

「本気で鋳造打ちまくったら、1時間で熟練度を何ポイント上げられるか」

今頃鋳造修行している人がどれだけいるか疑問ですが、少し探したけど記載しているページが見つからなかったので、・・・・私やってみます!! また、修行中の鉱石と工業品取引の上がり具合もレポートします。 ご参考に。


<Ⅱルール>
①交易所の親父の前から一歩も動かない   (時間のムダ)
②酒場で行動回復はしない (ハンブルクはすぐ満腹中枢が刺激される)
③連射機能等は使わず、ひたすら連打連打。 (でなきゃ修行になんないだろ!)
④ふっかけ・値引きは一切使わず、生産品は黙って親父に売る
⑤他人が鉱石バザってても自力のみで     (実際に買えるか不確実)
⑥実行中SSは撮らない・テルその他も応じない(すみません)


<Ⅲ準備するもの>
①料理: 魚介のピザ 行動回復+50 持てるだけ=1399個(13990回分)
②カテ2: 1枚使用で、現状で250~260回位叩けるので、13990/250=56枚
③副官: 主計長に固定(大成功の増加をチョット期待)
④カスタムスロット: F8魚介のピザ、F7カテ2、F4~F6レシピ
⑤マウス: 耐久性とレスポンスの良い、ロジクールのレーザーマウスを用意。
⑥OA用ウェットペーパー (職人の作業場は整理整頓が基本!)
⑦やる気 (又は挫けぬ心)
⑧集中力 
ま、こんな所かな。


<Ⅳ疑問点>
純粋に 『どこまで短時間で熟練を上げられるか』 だけを知るのが目的なら、リューベックで真鍮をひたすら叩けばイイじゃないの?確かにその通りなんです。 でも、それだとカテ2を1枚消費して、鉄と鉛もやって精々190~200回位しか叩けません。
「じゃー、カテ2を2倍買ってからやればいいじゃん」
これも確かにその通り。しかし、実際にはカテ2が時価で1枚=4~5万位はするので、1枚で4種類叩け、工業上げと2次生産も出来るハンブルクの方がR11の時点では多少は経済的と考えたのでした。(工芸上げもしたいなら迷わずリューベック)


<Ⅴ実行報告>

テスト前
鋳造R11テスト前 おおおりゃああああーーー
         ↓
テスト後
鋳造R11テスト後 うああ、指が痛いです。

その他もろもろの結果は


鋳造R11実行報告書


※こんな感じでした。 案外カテ2は使わないのですねえ。
これだと、バザー品のカテ2に頼らなくてもクエこなしてカテ2を準備しておき、
魚介のピザは量産しておいて(これは買ってもいいかも)集中的にやれば、
R4+1に到達して鉱石が叩ける様になった後はかなり成長早そうです。
(それよりも取引スキルを磨く方が重要な気がします。)

※とにかく本気で集中するのは、1日1時間が限界です。 楽しみたい方は連射orオートクリックでどうぞ。(鋳造の次回はR12リューベックで同テスト)


以上、報告終わり。  (あとでもう1本出します)
  1. 2006/05/03(水) 12:36:32|
  2. 鋳造・縫製 その他生産
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

船の歴史辞典

昨日する予定だった、書籍の紹介をしてみたいと思います。
これです。
船の歴史辞典
『船の歴史辞典』 アティリオ=クカーリ、エンツォ=アンジェルッチ共著  
原書房刊 1985年初版

「辞典かよ!」 

と思うかも知れませんが、それだけならわざわざ紹介しません。それも書籍紹介の第1回目に!
今回私の記事を見た人の中で、『MMOのひとつ』だからではなく、『大航海時代シリーズを何作かやってきているファン層』 の方々であれば、何人かは確実に買う又は買いたくなるだけの内容があります。 (まあ、本好き・船好き・歴史好きの3拍子な人なら買っとけ!)

概要を紹介しますと、人類史の初めから現代までの様々な船・海洋民族・開発史や交易史などを膨大な絵入りで紹介している本です。 (マニアックな所では3本マスト船を例に、33枚全ての帆の呼び方を列記したりもしてる)更に巻末には船に関する年表・人名・用語から、世界各国の海事博物館の紹介までしてくれています。

「まあ辞典なんだからそれ位するんじゃない?」 と思うかも知れませんが、単にそうなら初版から20年経った今でもこうやって紹介されるパワーはないでしょう。

それから、値段はそれなりです。 
初期のA4版で9500円! 後期のコンパクト版でも5600円です。但し、迫力が違いますので余裕があれば、絶版の初期版を探しましょう。(古書なら安いもので4000円台~、初版は12000円位はします)

前フリが長めですが、この中から、大航海時代オンラインに関わりの深い船を紹介したいと思います。


①ローマのトライレム船(3段櫂船)ガレー
ローマのトライレム船

ハミルカルは怒ってます。なにせカルタゴは第一次ポエニ戦争で実際にこいつと戦ったのですから。この時ローマの海軍は船首に付いている、鉤のついた変な道板(接舷用)で白兵戦を挑んできたのでした。 ナロー!!


②戦列艦 ヴィクトリー号(1等級艦・120門搭載)
victry

多分世界で一番有名な戦列艦でしょう。1805年トラファルガル海戦を勝利に導いた、イギリス艦隊司令長官ホレイショ・ネルソン提督の旗艦です。ネルソン提督はこの船でイギリスの戦列艦隊27隻を率い、フランス・スペイン連合艦隊の戦列艦33隻と戦い圧勝しました。(20隻を沈没又は拿捕し、味方は沈没ゼロ。但し海戦中にネルソンは銃撃により戦死)またこの船は今でもポーツマスに保存されています。
※120門戦列艦! NPCでネルソンが戦列艦隊で出てきたら、フランス・イスパ連合は勝てるのか? (それ以前に帆船小説好きの人にはネルは討てませんかねえ)


③クリッパー船 カティ・サーク号 (936トン・全長86m・全幅11m細い!)
20060502003939.jpg

これも多分世界で一番有名なクリッパー船でしょう。同じ名のお酒のルーツですね。
この船も保存されていて、現在ロンドンにあります。そう言えば、能登サーバーのマルセイユには同名の商会があったような・・・
カティ・サークは当時の世界最速クラスだった船です。
(サーモ・ピレー号との競争では舵が折れて敗れましたが、それでも香港~ロンドンを122日で到着している。後にシドニー~イギリスを72日で到着した記録も樹立しています。)

だからゲーム中での 「クリッパー+メインフルリグド4枚」でもカティサークに勝てるかは微妙ですね。

※最後にネタですが、カティ・サークの語源はというと、スコットランド語で「短いシュミーズ」を意味するらしい・・・・・
  1. 2006/05/01(月) 23:43:02|
  2. 本の紹介
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