打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

僻地の大海戦3日目とご挨拶

思わぬ大差

大海戦の3日目、
結果はというと14ポイントもの差を付けてフランス・イスパニア側が勝利となりました。
見てて思ったのは、ヴェネツィア・イングランド側のNPC狩り艦隊があまり見かけなかったのと、主戦場以外のヴェネ・イング側にソロ艦隊がかなり多かった気がしました。編成か参加者数かで何かあったのかなとすらやってる最中考えましたし、特にわたしでも知ってる軍人さんが途中までソロ艦隊だったのはすごく意外でしたね。その一方で今回の南米での開催はMVPは3日ともイングランド勢から出ており、MVP艦隊の活躍は言うまでもありませんがフランス・イスパ側としては戦う回数そのもので皆さん苦労したみたいですねぇ・・・。

2007-1230大海戦3日目
支援者の情報もあり、勝利数70・戦功75と3日間で最高の数字に。

いっぽうこの日の商会艦隊は多少人数が減ったものの、戦場の選択が当たった事と、情報提供&補給をしてくれたポルトガルの支援者のおかげもあって勝利数・戦功共に3日間で一番いい数字を残せました。(これだけ辺鄙で人も少ない大海戦のNPC狩りで70台いけばもう出来過ぎな位の気がするけど・・・。)でもまあなにより面白かったし、いい最終日にできたと思います。
参加された皆さんどもどもお疲れさん!



さて、これで2007年の打倒ブログは終了です。
ご覧頂いていた全ての方々、友人知人その他の方々、
本年はいろいろお世話になりました。

ブログで書くのもなんですけど、皆さんありがっと。

今年のDOLでは、個人としては大きなイベントへのお手伝いも無事できたようですし、所属しているマルセイユ15番商館の『世界の船窓から商会』としてもメンバーの入れ替わりを経つつもメンバー各員がいろいろな分野で活躍したりと、そこそこ活気のある一年だったかと思います。
いっぽうブログの書き手としては、7月から『蒼き狼の末裔たち』と、『大航海時代前史』という2つの長編シリーズに着手した事もあって、ちょっとそれ以外のテーマをなかなか取り上げられず、全体的にだんだん指向性の強いブログになって来ている気がします。始めた当初は歴史・地理・書籍などのリアル系雑学からDOL内の生産活動まで雑多に幅広くいろいろ書こうと思っていたんですけどね^^);

まあそこら辺も含めて来年の抱負とかは明日あたり書きますね。
では皆さん良いお年を~♪


おしまい。

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2008年もよろしくねー。

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  1. 2007/12/31(月) 10:28:17|
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僻地の大海戦2日目

巻き返しなるか!?

南米で行われている大海戦の2日目。
結果としては12ポイントの差を付けてフランス・イスパニア勢が優勢のまま終わりましたが、注目点としてこの日は大型戦に来て初めてヴェネツィア・イングランド勢が勝利数で上回るという状況となりました。

(初日の勝利数)
    攻撃側  防衛側
小型 211 対 265
中型 169 対 212
大型 098 対 117

(2日目の勝利数)
    攻撃側  防衛側
小型 254 対 354
中型 184 対 269
大型 147 対 133

恐らく参加総数の上ではフランス側が上回っていて、事実南米でもリオデジャネイロより南の海域ではフランス側がほぼ制圧してるに近い戦況でした。そんな状況でNPCのPOPが極端に減る大型戦になって戦果が逆転したのは、ヴェネ・イング側が効率よく戦えたのか、もしくは対人のそれも上位艦隊に限って言えばヴェネ・イング勢のほうが数が多かったのかも知れませんね。最終日は帰省と休暇の関係で昨日より参加者数が伸び悩む・若しくは減る可能性もありますから分かりませんが、例えばフランスでは船窓商会員も所属している固定艦隊が出るということですし、大型ではフランス・イスパ勢の巻き返しがあるかも知れませんね。

ところで、初日2日目とMVPは実は同じ艦隊内から出ています。団体というか船窓商会のイングランド軍人の2人もそこに所属している関係でちょっと気になっていましたが、先日のラフロータカップで準優勝したメンバーもそこの模擬グループの主力で構成されていたのもあり、いま実際に大海戦に出ているイングランド勢では相当に戦力として充実しつつある存在となって来てるのかも知れませんね。また能登で名を知られた軍人さんの結構な数が他のゲームもやり出したりしてるようでもあり、大海戦の参加も含めてこれは来年以降にどう影響してくるかちょっと気になる所です。

2007-1229大海戦2日目
勝利数61・戦功65と、あんまり変わりませんでしたね^^

さて私たち船窓商会はというと、初日の状況も踏まえて臨んだものの、初日の小中型でNPCが湧きまくっていたような状況にはなかなか当たらず、大体同じ戦功でした。
でも、60台とはいっても大海戦全体のポイントが少ないわけですから、ウチくらいの艦隊でも出れば陣営全体の勝利ポイントの6%相当の結果を出せています。(初日なんて64/785ですから8%強にもなってます) これ前にも書きましたが、別に対人をゴリゴリやる艦隊でなくても結果に対しては無視できない数字を貢献できるわけで、数%程度の勝率なんて2~3艦隊出る出ないですぐ動いちゃうんじゃないかと思いますヨ。

まあそういう訳で最終日は今年最後の一戦でもありますから、来年に弾みがつくような伸び伸びした大海戦になればいいかなと思っています。こういうのんびりした海域ではあちこち目まぐるしく動くよりも、決めたところの中で大きく動いてポイントに当たったら集中していくほうが楽しいし、結果も付いてくるような気がするんですよねぇ・・。
まーそれにしても今回はいろんなメンバーと一緒に戦えて楽しいわw
皆さん最終日もよろしくねー。

(特記)
それから、年末になっても支援活動してくれているポルトガルの人たち、
ほんと頭下がります。
実際、自分が南米まで年末に支援に来れるかって考えたら、
意外に近いとは言ってもこれちょっと中々できることじゃないからなぁ・・。


おしまい。

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  1. 2007/12/30(日) 15:29:50|
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僻地の大海戦初日

かなりさびしい戦い

年末の大海戦、N鯖ではまあ直前のアレな関係で南米に。
正直どうなるかと思って参加していますが、感想としてはまず明らかに人が少ない。
これは北海方面で行われた昨年12/29~31の大海戦と比較しても検索数ではっきり分かるくらいで、MVPの戦功も104と普段より控えめの数字になってます。
『とにかく戦えなかった』 とはMVPを出したイングランドのペア艦隊内にいた商会員も嘆息していましたし、更にどうも12敗前後していたとも聞きましたので、これはなかなか異例なのかもしれません。まあ、南米に来れるという時点で中級者以上でないと無理ですし、昨年と違ってまだ28日だと仕事がある人も多いでしょうから、参加しているプレイヤー層も限られたのかもしれませんね。きょう明日でどう変わって来るかはちょっと注目です。

2007-1228大海戦初日
いっぽう船窓艦隊で出ていた私はというと、初日は勝利数64・戦功68でした。

中型で湧きポイントらしき場所に当たったのも大きいのですが、この数字はカリブで行われる大海戦のときの戦功にちょっと少ない程度で、地中海や北海でのものより明らかに多いです。んでこれ多分NPC主体に戦っている艦隊=競争者の総数が少ないんじゃないかとも思えます。またNPC狩り狩りみたいな行動も効率悪すぎますので、対人やる艦隊は早々に主戦場に集中したのかもしれませんね。

そんなこんなで本国に戻ると・・・。

騎士爵
はい、ようやく騎士にしてもらいましたw
冒険の発見物もまだ500個台で、しかも商人のくせにあんまり投資とかやってないので、
3年近くプレーしてようやくここ。しかもかなり久々に爵位貰った気がします。
まあ、手持ちの資金や過去の履歴見ると投資であと2~3個・冒険と大海戦であと1~2個は頑張れば達成できそうなので、この先というか来年中は頑張って男爵か子爵くらいまで目指そうかなと。貸金庫枠増えるのはホントありがたいですからね^^

さーて、2日目の今日は艦隊メンバーも更に増えてきそうですから、
ちょっと初日の状況を参考にしつつ楽しんで戦っていこうと思います。
今回意外に戦功稼ぐチャンスですからみんな頑張りましょうねー。

おしまい。

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  1. 2007/12/29(土) 13:45:25|
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マイレシピ10種!

明日から大海戦となりますので、昨日から準備に。
名匠キャノンの1386がさっぱり出なくてちょっとアレでしたが、正直1386と1344あたりの違いなんて私には分かりませんから、自分用は1358~1330とかの中位品でもまあいいかなと。
装備に妥協するてーのは、ここら辺が本職の軍人との違いな気がするけどね。
んで、生産してたらアイテム枠がきつくなって来ていましたので、
いったんセビリアに戻ってマイレシピの登録をする事に。

6>7

7>8

8>9

9>10


5枠→10枠まで拡張するのに丁度400枚もっていかれましたw
しっかしこれ、10枠とるのに520とか使うのよねぇ・・・。
んで当面のところ登録したのは、

01.ファフニール像

02.大船尾楼
03.追加大スパンカー
04.マグロのオリーブステーキ
05.硬化ローズウッド板
06.クスクス
07.小麦粉
08.ステイスル
09.予備帆
10.撤収の鐘

と、見事に海事品と料理だけになりましたね。
後ろのほうはいつでも入れ替えできそうなアイテムですので、
この海戦が終わったら再検討する予定です。
とりあえず今回の南米の場合、手桶が現地でいくらでも自作できますので船大工・工芸レシピはあえて手元に残しています。本来ここにピザか鶏○入れるのが妥当なんでしょうけど、実はこの2枚のレシピはほかに使い道あったりするので、今すぐ消費していいかちょっと思案しないとです。

さて今日は大海戦の前日となりますから、このあと最終的な準備を終えたら移動する事になりますね。
それにしても、一本の海岸線だけで大海戦が行われるってのは、地形的に今回が初めてなんじゃないでしょうか? 西アフリカ戦の場合は小島が混ざってたりしてますし湾曲が大きいですからそれでもまだ変化がありましたけど、今回はほぼ斜めに一本ですからねぇ・・・。NPC主体にやってる人もある程度覚悟決めて望む必要があるのかもしれませんね^^);
船窓商会の艦隊は今回わりと人数揃いそうで、しかも本職の軍人さんが手空きの関係で2NDとかで参加すると表明してますので、個人的にはかなり楽しみにしてます。ほんと、キャラのスキルが充分に育ってなくても、そこはそれプレイヤースキルというか、まあ動きとかぜんぜん違いますからね。


おしまい。

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  1. 2007/12/27(木) 17:52:44|
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今年最後の生産活動

マイレシピ10種への布石

昨日はほぼ1日生産活動に掛かっていました。
目的は、
①マイレシピ用の勲記稼ぎ
②今週末の大海戦に向けた海事バザー品の生産、ですね。
それにしてもなんだかこの所ひたすら物作りに励んでいて、
BCへの参加以外は冒険も交易も海事もあんまりやった覚えがない・・。
でもまあ大海戦が控えている事でもあり、大砲以外は今年これが最後の生産活動でしょうか。


【①勲記稼ぎの納品】
バルセロナで銅板+鋼購入

硬化銅板53枚生産(1回に付き鋼10個使用)

ダブリンで石炭積み込み

トルヒーヨ移動

硬化銅板を納品ブーメラン(5個で勲記9枚貰えます)

終わったらローズウッド板を購入

硬化ローズウッド板を生産(1回に付き石炭10個使用)

再び納品ブーメラン(5個で勲記10枚) ←この辺で有馬記念の観戦タイム

納品終了。

勲記071223
国家貢献勲記は合計で420枚ちょっと貰えました。
先週のBCで貰った分も合わせると上記のように結構な数が貯まって来ています。
さてこれ、硬化銅板の生産開始から納品活動の終了までで、
休憩入れて5時間くらい掛かっていたと思います。
(それと北海に行く途中でクスクス700個くらい作ってたかな) 
納品自体は2キャラで動いてますから、ブーメランは飽きるけど割と楽ですね。
しかしこれって製造原価がだいたい勲記1枚当たり65~70Kって所ですから、
もし販売するとなると相場が1枚200Kとしたら粗利が@130~135K×420枚で55~57Mくらいで、
時給換算だと10M~12Mにもなります。
これがもし1枚250K換算だと75M=時給15Mとかすごい事に・・・。
おまけに海事の名声と経験値が納品1回でそれぞれ12/125貰えますからブーメラン繰り返していくうちに結構貯まり、ちょっとお得感どころかこれかなり効率いいんじゃないかと。


【②海事品生産】
カリブで納品を終えたあとはバルセロナへ戻って再び鋼を買付け、更に北海に移動して海事品の生産へ入ります。アムス>ハンブルク>オスロ>コペン>リューベックあたりをぐるぐるしていますと、下のような感じで割とハイペースに生産できます。

アイアングローブ 26個
グリーヴ      7個
ファフニール像  28個 
大船尾楼     07個
大スパンカー   05個

どうも大船尾と大スパンカは成功率が低くて苦労するのであんまり数作れませんね。
更に追加生産用に琥珀・木材・青銅を買い付けしてやっとこの日は終了。
でもこれだけまとめて作れば充分、とは言い切れないのが今のリスボンバザーで、まともに出してたら恐らく1週間持たないでしょうね。今後は追加生産できるよう、北海にいく時に資材の買付け(主に琥珀と木材)をちょっと意識してやっていこうかなと考えています。交易でなく生産でも利益を出すにはいろいろ制約はあるものの、これはこれで面白い世界ですよ。


おしまい。

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ぽちっと押してってね。

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  1. 2007/12/24(月) 23:30:15|
  2. 鋳造・縫製 その他生産
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1421年の大航海

あと10日足らずで今年も終わりと2007年も押し詰まってきましたね。
平日は資料を読む時間がほとんど取れていない関係で、
恐らくモンゴルのシリーズは今年あと1回書けるかどうかといった所でしょうか。
書き出しはしているので週末に読み込みできたら更新しようかな~と思っています。
まあ、家に帰ってきたらBCと納品物の生産会やってたのもあるんですけどね。

さて、久々に書籍の紹介でも。
といってもまだ読み始めたばかりですけどw
今年の夏にちょっと話題になった『1491』 という本があるのをご存知でしょうか?
コロン提督の艦隊が西インド諸島に到達した前年をタイトルに持ってきてるように、これはアメリカ大陸の先史・先住民について書いた本でした。ニューヨーク・タイムズ紙ほか、アメリカの各誌で最優秀図書とされた事から、日本でもそこそこ大きな書店では並んでいたので見たことある人もいると思います。

んで今回、いや3日前に買ったのは似たようなタイトルの文庫本 『1421』。
こちらは1421年に明を出港したあの鄭和の大艦隊が、実はこれまでの大航海時代の常識とは異なる様々な発見をしていた、という内容のノンフィクションです。


書名:1421 ~中国が新大陸を発見した年~
著者:ギャヴィン・メンジーズ
翻訳:松本剛史

①鄭和艦隊の周鼎提督により、西インド諸島はコロンより70年早く中国人に発見されていた。
  また周鼎提督はその後、北米>グリーンランド>アイスランド>北極海>ベーリング海峡と
  通過して北回りの航路で中国に帰還した。
②鄭和艦隊の周満提督は、インド洋>東アフリカ>喜望峰>ヴェルデ諸島>
  南米>マゼラン海峡>ニュージーランド>オーストラリア>香料諸島と航海して、
  マゼラン艦隊より100年も早く世界一周を果たして中国に帰港していた。
③鄭和艦隊の洪保提督は、アフリカ>喜望峰>ヴェルデ諸島>南米>マゼラン海峡のあと、
  南極大陸の一部を発見して東に向かい、オーストラリアを発見して帰還している。
④中国ではヨーロッパよりも遥かに早く経度の測定方法を発見していた。
⑤この航海には、実は日本や琉球の船も随行して様々な発見に立ち会っていた。
⑥この航海による地理的発見で、1492年以前には既に世界地図が出回っていた。
⑦コロンやマゼラン、更にクックなどはこの地図の存在を知っていた。

とまあ、作中では上記のように一部を除いてかなり突飛と思われる話が出ています。
この本自体は2003年の秋に翻訳され単行本として発行されていますが、2003年といえば当時はまだDOLの制作発表が行われたばかりの段階でしたから、クルス・デル・スールの実装で世界周航路が実現されて以後にこうして文庫化された今回のほうが、DOLプレーヤーとしてはタイムリーな気がしますね。

まだ私自身がざぁーっと読んだ程度ですのであんまり書籍紹介としての精度は低いでしょうから、店頭で見つけたら手にとって見てはいかがでしょう。うん、割と読みやすくて軽めの文体ですから年末の読み物としては結構いいかも。著者はイギリス海軍で潜水艦の艦長をしていた人で、プロの歴史家ではなくプロの船乗りとして航海技術の知識があったからこうした事に気付いたのだとしていますが、まあ内容をどこまで信じるかどうかは各自が判断すればいいんじゃないでしょうか。しかしまあ、これを中国人でなく、ヨーロッパを代表する海洋国家の元イギリス軍人が書いてるというのはちょっと面白いですね。


おしまい。

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今年も最後まで宜しくお願いします。(ペコリ

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  1. 2007/12/22(土) 15:43:35|
  2. 本の紹介
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BC結果と今後の予定

あとでもう一本書く予定です。

今日で今月のバトルキャンペーンが終わりますね。
個人的には果たして船窓商会のみるきちゃんが1位を取れたのか気になるところ。
昨日はもう途中で寝ちゃって見れませんでした。
それにしても 『あの』 スタイルで戦功を挙げ続けるのは、さすがに先日のラフロータカップで準優勝した中核メンバーだなぁと素直に感心するものの、それ以上に夜の数時間×1週間を戦い続けられるあの集中力と持続力がすごいww   
んで私の結果はというと・・・。


【12月のBC成績】
日 戦 勝 敗 与沈 被沈 与/被クリ
15 32 17 15  74 28  115/ 58
16 18 12 06  24 13  72/ 42
17 20 14 06  38 16  72/ 38
18 -- -- --  --  --  --/ --  
19 09 01 08  11 11  27/ 21
20 10 05 05  20 07  28/ 17
21 12 07 05  21 08  31/ 17

計 101 56 45  188 83  345/193


結局100勝にはあと17勝足りませんでしたが、
うん、今月はマップが戦いやすかったこともあってかなり面白かったです。マップについては、このくらいの広さで中央に船2隻分くらいのごく小さい島が2~3個あるような地形も面白い気もしましたね。但し最後のほうは集中力切れた感じでかなり視野が狭くなってて沈んだケースが多かったのは反省しきり。

あと、バザー品が売れすぎて自分で使うカロネ/キャノンがなくなってしまい、
後半の3日は名匠ハイペリエでやってたのでなんだか感覚が掴めませんでした。
あれって思ってる以上に近接砲撃ができないのですねぇ・・・。
でもまあ、大型に2戦参加したときに、水平+弾道+名匠ハイペリエでもいいクリ入れば
戦列艦を落とせる事もあるというのを体験できたのはちょっと嬉しかったです。
んで、あれで貫通入れたらどうなるんだろな?とも。

それから全体の印象で中型メインでの参加で感じたのは、今回ポルトガル側で普段冒険者や商人やってる方、修行中の軍人さんと思われる方の参加が目立ったかな?というところ。
だんだんBCが一般層にも浸透してきて、更に軍人さんの多くがマレシャル達成して来ていることで多少数が減り、普通に戦いやすくなったという事なのでしょうか。まあ私もそのクチですね^^
いっぽう中型の場合は模擬やってる人の落としていくペースが凄まじく、2~3人名前の知ってる軍人さんが居るともうそれだけでも20点くらいの違いがすぐ出る様な感じを抱きました。大型と比べて戦力バランスが崩れやすいのかなあ、今回ちょっと連勝・連敗が多かった気がします。

最後に支援側である生産者として。
すべての国が参加できるだけあって、海事品の売れ方はやはり凄いものがあります。
例えば船首像だと今週だけでファフニール50個以上売ってますし、開始した先週の土日では名匠キャノンの中~低位品でも10数個出てしまい、しまっていたキャノン1372&1386、カロネの952&966も一番高いの数個を残してほぼ完売という状況で、バザーのトータル売り上げだと恐らく今週は120Mを超えてると思います。
自分で出ているのですからそんなにめちゃくちゃ量産してるわけではないのにも関わらず、です。
これ、バザーに徹したらどうなるんだろ? とちょっと怖いものがありますw
売るときの値段は、工芸品だと能登リスボンの標準価格みたいなところのある、あの姉妹よりもちょこっとだけ安くするようにはしています。こちらは常に出品しているわけではないですからね^^
大砲・船尾楼などの鋳造品は、在庫確保の関係でそれほど売れなくてもイイやとも思っていたのと、上限価格を知りたいところもあって高めに出していたのですが、商人も参加する戦いということもあって結構価格に関係なく欲しいものは買っていく人が居る感じで常に売れ続けていました。
ただしBCと大海戦が終わると、毎月計ったように大砲価格は一時下落するので、売るなら前半の3~4日間もしくは週末の夜が勝負かもしれません。
(ここらへん秋葉原のメモリ価格並にシビアかもw)

4回を数えてもまだ参加者がそれほど衰えていないバトルキャンペーン、
やったことない人も、普段軍人でない人も気兼ねなく参加できるようになってきてますから、
次回はちょっと顔出してみませんか?


バトルキャンペーン関連だけで終わってしまいそうで忘れてました。
今後の行動予定は年末の大海戦しだいですが、週末は生産主体で海事品の準備と開拓地納品をやってみようかなと考えています。BCで勲記150枚以上もらえましたけどマイレシピ用にもっと使いたいのでちょっと稼ごうかなと。海事品欲しい人・納品やりたい人いたら声かけてくださいねー。



おしまい。

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  1. 2007/12/22(土) 11:29:53|
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しろうと的BC参加記録

珍しく戦闘の話

BC初日はちょっと頑張ってやってたら瞬間風速的に5位に載ってました。
今日になってBC版対応の脳筋ツールで見てみると、私すごい沈んでますねえ・・・。
与撃沈が多いのはNPCも時々落としに行ってる為で、実際はあんまり威張れた内容じゃないですハイ。勝率がいいのはむしろ他の人のおかげですね。
それでも先月初めて参加した時には下記のように遥かに悲惨な成績でした。
そこから見たら今月はすごくいい時で勲記5枚もらえたりしてますから、結果の面で多少はマシになってる気がするし、落とされるケースへの修正も考えながらやろうとしてる分だけ、素人なりにほんのちょっとだけ進歩してる気はします。

【11月のBC結果】
日   戦 勝 敗 与 被
17日 16 08 08 06 17
18日 06 04 02 03 07
19日 07 04 03 05 04
20日 07 03 04 03 09
21日 11 05 06 05 11
合計  47 24 23 22 48


【12月のBC結果(中間)】
日   戦 勝  敗 与 被
15日 32 17 15 74 28
16日 18 12 06 24 13
17日 20 14 06 38 16
合計  70 43 27 136 57


(取りあえず直したい点。下に行くほどアホ度が高い)
①スピードに乗って接近してくる相手に、舵入れる方向とタイミングを間違えて沈む事。 
  相手がうまい人でも1対1で落とされるのはちょいショック。
②1回沈んで再出撃したあと、中型船の自分のスピードを制御しきれなくて、
  戦場に合流した直後に頭叩かれてまた沈む事。(これやると流石にへこむ・・。)
③白兵入って浸水させられてしかも相手待機してるのに、
  馬鹿正直に1回目=錐のあと2回目に自分から鐘使って抜けて落ちる事。
  これかなり阿呆ですw 慌ててるのか連戦でなんも考えてないのか・・。

まあ実際これくらい対人素人なんです;
それと、現状では操船技術もスキルも不十分で、
まともに中入るとかなり高い確率で落ちるのは当面どうしたものか。
①迷惑かけたくないので外周ぐるぐるして、数的優位または援護になる地点を探す。
②落ちても落ちても懲りずに中行ってなんか工夫しようとする。
③それこそ臨機応変、その場で一番やるべきことを心がける
個人的な成績だと明らかに①の方がいいのですけど、②のほうがやってる人間の対人慣れと言うかスキルは磨かれるんですよねえ。あと③なんて、離れてれば確かに戦局見えるけど実際できるかというとぜんぜん別物ですね。
とまあ普段あんまり対人しないのでこういう機会は学ぶことが多く、
悩みつつもなかなか新鮮です。
マレシャルまであと30勝くらい。
達成してもまたやりたい部分、BCには確かにありますね^^



おしまい。

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  1. 2007/12/19(水) 13:18:08|
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いつの間にこんなクエが・・

今日になって気づいたんですが、これ。

ゲクラン00

以前紹介した百年戦争前半におけるフランス側の主役の一人、
ベルトラン・デュ・ゲクランに関するクエストがいつの間にか実装されていたんですね。
この人の紹介記事はこちら

そして、書籍紹介のところでも、この人を主人公にした本について以前取り上げています。
その時の記事はこちら

PS3のブレイドストームにも登場した事もあり、
今後はこの辺のクエも拡充して行くのでしょうかねえ。
とにかく個人的にはかなり好きな軍人の一人でして、今日はBCの準備をしてる途中ではありましたが、これ見てしまってはそのままにできるはずもなく、さっそくやってきました。

(以下はネタバレになりますので見たい人だけ続きをどうぞ。)

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  1. 2007/12/16(日) 00:21:01|
  2. 歴史ネタ
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蒼き狼の末裔たち その17

偉大な母

歴史上には賢母というのか、優れた子供たちを育てた『偉大なる母』とすら呼べる女性が時々登場します。例えば古代ですとローマ時代、DOLだと『軍神対軍神』クエに登場する大スキピオの娘で後にグラックス兄弟を育て上げたコルネリアなどが代表的な人でしょうか。

そしてモンゴル王家にもそんな歴史に残る偉大な女性が登場してきます。
モンゴル族の特徴として、それまでの家長が亡くなったときには、その正妻が遺児や他の妾妃たちの摂政的な地位に就いて一時的に一家を裁量するというものがあり、それはモンゴル帝国においても同様でした。グユクが大ハーンとなれたのも、母ドレゲネが一時的にモンゴル王家を取り仕切り息子を即位させるべく権勢を振るったのが大きいでしょう。
そして、対立するトゥルイ家のモンケ達の母・つまりトゥルイの正妻だった女性こそ、今回取り扱う偉大な母だったのでした。
チンギス・ハーンの末子トゥルイの正妻だったのはソルコクタニ・ベキという女性。
もともとモンゴル族は末子相続の習慣があり、末子といえどもその正妻選びは非常に重要なものがありました。ソルコクタニ・ベキの出身は、かつてチンギスも従属し後にモンゴルの覇権を争ったケレイト族の王トオリル・ハーン(オン・ハン)の一族で、彼女はオン・ハンの姪にあたる女性でした。チンギス・ハーンのかつての盟友であり、彼女が嫁いだ事でケレイト族は以後モンゴル王家の一族として有力部族に数えられ、後々まで残ります。

そして、これは非常に重要な点なのですが、ケレイト族は早くからネストリウス派のキリスト教を受け入れていました。特にベキの伯父であるオン・ハンは東方のキリスト教国の王、つまりプレスター・ジョンのモデルとすら目されており、自然とベキも若い頃からキリスト教を受け入れていました。
後にイル・ハン国を起こすフレグの一族がキリスト教に帰依していたのは、フレグを育てた彼女の教えが深く影響していた可能性は高く、中央アジア一帯のキリスト教信者たちからはケレイトの血を引くフレグ達は希望の星とすら見られていたでしょう。後にフレグが西アジアへ進軍する途中、中央アジア一帯のキリスト教信者たちはこれを十字軍の活動と見て大挙して参陣し、その数2万近くの軍勢となったというのですから侮れないものがあります。また、後に元王朝を開くフビライの元にはマルコ・ポーロを始めとして多くの西洋人が区別無く登用されたのも、彼女に育てられたフビライの見識の高さが影響しているのではないでしょうか。

ちょっと脱線しましたが、このようにトゥルイの正妻となったソルコクタニ・ベキはモンゴル王家に嫁いだ者の中でも一段高い地位出身の女性でした。しかも彼女はこの時代にあっては驚くべき聡明さを持っていたと伝えられ、トゥルイの兄であるオゴデイやジュチ家のバトゥらも、生前彼女に何かと相談していたとすら言われています。
長男モンケ、次男フビライ、三男フレグ、末っ子のアリクブケ、
彼女はこの4人の息子をそれぞれモンゴル史に残る人物に育て上げ、しかも自ら政治面のアドバイスを送り続けるなど、この時代の隠れた最重要人物とすら言えるかもしれません。
後に、14世紀以降の中央アジアで最重要の歴史書となる『集史』を編纂した
ラシード・ウッディーンは彼女をこう評しています。
『実に知性あふれ、有能で、彼女の聡明さは世界中の女性のはるか頭上に立つ』と。
ラシードがイル・ハン国の宰相であり、ソルコクタニ・ベキは彼が仕えたガザン・ハンの曽祖父の母親であったのは割り引く必要があるのでしょうが、これは中央アジア一帯に伝わる見解そのままだったのでした。

西アジアに侵攻したフレグ率いるモンゴル軍を、人によっては 『モンゴル十字軍』 とすら評する事もあるのは、このようにモンゴルの中枢部分でソルコクタニ・ベキなどを通してキリスト教への理解が非常に深かったからなのは確かだったでしょう。とはいえ、同時にイスラム教や仏教も受け入れている所からもヨーロッパ世界のそれとは明らかに温度差があるわけで、ここら辺がこの大戦の最終局面での重要な判断に繋がる事にもなった気がします。それをすら認める寛容さが当時のヨーロッパの精神世界にあったかという話にもなるのですが・・・。



おしまい。

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↑おしてってねー

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  1. 2007/12/14(金) 07:39:39|
  2. 蒼き狼の末裔たち
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蒼き狼の末裔たち その16

内乱から再生へ

(グユク対バトゥ)
1246年に第3代の大ハーンとなったグユク。
父に似て大酒飲みであったと伝えられる彼の資質は、武勇こそ若いときから大遠征に参加して磨かれてはいたものの、残念ながらいささか狭量・粗野な面が目立ち、広い度量と気宇の壮大さ・人望といった面では遠く父には及ぶものでは無かったと見られています。父オゴデイも生前グユクを大ハーンにはしないように伝えていたらしいのですが、正式な跡継ぎを決めないままに亡くなったのがこの混乱を生んだ要因となってしまったようです。

一方で大ハーンを決めるクリルタイにもグユクの即位式にも参加しなかったバトゥとの確執は決定的なものがありました。グユクの元にはチャガタイ家の後継者ブリなども支持に回っており、モンゴル王家はチンギス・ハーンの長男ジュチ家と末子トゥルイ家対、次男チャガタイ家と三男オゴデイ家の2派に分裂する様相となっていました。この情勢では外征どころではなく、新たにアルメニア方面の軍事総督となったグユク派のエルジギタイにしても兵力は温存させて外交面から揺さぶる程度に留めておき、自らは国内の動きに備えるほうが得策と判断した可能性は高いと思われます。

その後、グユクは視察と称してバトゥの本拠地であるジュチ・ウルス(キプチャク・ハン国)に近い地方へ軍を動かしながら西へ発ちます。そのままバトゥを誅するのではと思われたその移動の途中、1248年にグユクは急死してしまいます。酒色にふけり過ぎた故の早世と記録に残る一方で、危機を察知したバトゥによる暗殺の可能性を唱える歴史家もおり、この件はモンゴル史の中でもいまだに大きな謎として残っています。
(そもそもモンゴル史の第一資料は極端に少なく、『元朝秘史』は残るものの、もうひとつの重要史料であるラシード・ウッディーンの『集史』が各地に断片的に残る程度にまで散逸してしまっており、しかも日本語訳されたものがごくわずかといった状況ではなかなか困難なのも仕方ない気がします→ 『集史』 についてはまたの回で取り上げます)

さて、即位後わずか2年で急死してしまったグユクの跡をめぐるバトゥ・モンケ派の巻き返しはすさまじいものがありました。グユクの子でグユク派が次のハーンにと考えていた遺児シレムン・そしてチャガタイ家を除くほとんどの王族・豪族を取り込みモンケ支持に寝返らせ、モンケは次の大ハーンに即位します。その結果、グユク派の王族は処断され、チャガタイ家とオゴデイ家はほとんど解体寸前にまでされてしまったのでした。
後に、この時点では弱体化したオゴデイ家の生き残りからはハイドゥという大物が現れて帝国を二分するまでに勢力を広げるのですが、第4代モンケによる政権掌握は、分裂の兆しを見せ始めていたモンゴル帝国の引き締めと再拡大の時代をもたらしたのでした。

(モンゴル帝国の再生)
こうして、1242~1250年頃まで続いた長い長い混乱期を抜け、
蒼き狼の末裔たちは再び草原を駆け出します。
そして、その後の30~40年間でモンゴル帝国は最大版図を成します。
東では日本へ攻め込んだ文永・弘安の役はその延長線上のことですし、南は大理国・南宋を制圧した後ビルマ・ヴェトナム・ジャワ方面へまで戦いを拡大させます。そして西はアラブに攻め込んでアッバース朝を滅ぼした後シリアを制覇する直前まで挑戦するところとなります。このモンゴルによる影響が、後に20世紀の直前まで政治勢力や民族の課題として残っていた事からも彼らのエネルギーの巨大さが伺えるのですが、そこら辺はまた後ほどの題材とします。

さて次回は、とある女性の話から入ります。
その人についてはこの時点で書いておかないとこの先の話が見えなくなりますので。
ヒントは 『キリスト教』 ですが、誰かわかった人、言っちゃだめですよw

おしまい。

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まだ本編に入れません・・。

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  1. 2007/12/11(火) 16:10:32|
  2. 蒼き狼の末裔たち
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船窓軍人たちへ!

いよいよ 『ラフロータカップ in Notos』 大会当日の朝。

船窓商会からは3人が出場するようです。

【A-2ブロック】
Sea Anemone艦隊 鹿角さん

【B-1ブロック】
Schwarz艦隊 みるきさん
ELPE艦隊 カトルさん

どうやらB-1ブロックでいきなり、みるきさんの所とカトルさんの所が1回戦からぶつかる模様。
んでそれぞれ準決勝まで勝ち上がるようだと鹿さんの所と当たる可能性もあり、
果たして実現するかどうかも注目しています。
とにかく久々に行われる大きな大会です。

各人おもいきり戦ってきてください!

以上


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  1. 2007/12/09(日) 09:08:50|
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蒼き狼の末裔たち その15

第2・第3勢力の動きは・・

1246年、いったんアルメニアからトルコまでを制圧したモンゴル軍の動きがアラブ方面、今のイラク南部・サウジ・ヨルダン・シリア・パレスティナ、更にイスラエルやエジプトに当たる地域を前にして政治的混乱により止まった頃、この方面ではモンゴル以外による新たな動きが起こりつつありました。
まず西からは、わずか2年後の1248~50年にフランスの聖王ルイ9世を総大将とする第7回十字軍が発せられます。この時の経緯は外伝1と2で述べていますから割愛しますが、そこにはモンゴルの新軍事総督エルジギタイによる外交的な働きかけも影響していたと思われます。結果としてキプロス島に集結していた十字軍はエジプトを攻め、ナイル川の河口付近の町を攻略したものの、エジプトのアイユーブ朝で近衛隊を組織していたマムルーク騎兵達に迎撃されて敗退します。
この後、エジプトでは元々モンゴルから奴隷として売られてきたマムルークたちが、スルタンが急死したアイユーブ朝を倒して(正確にはスルタンの前妻を迎えることで後継となる)マムルーク朝が興ります。新たにスルタンとなったアイバクの力量はもとより、反目しつつも有力な将軍に育ちつつあったバイバルスやクトゥズらの力もあり、マムルーク勢は次第にエジプトに留まらずシリア・パレスティナ方面へとその影響力を強めてゆきます。この地域にはまだダマスカスなどアイユーブ朝の血を引くスルタンたちが健在であり、マムルーク朝はこれらと戦争状態に突入することになったのでした。

一方、ルイ9世のほか若くして参戦していた王弟シャルル(後のシャルル・ダンジュー)ら敗れた十字軍は、身代金を払った後に撤退して東に向かい、イェルサレム王国の数少ない拠点として残っていた港町アッコン(アクレ/アッコとも)に辿り着いて再起を図っていました。
数こそ激減してはいたものの、ルイの配下にはまだ騎士だけでも500騎以上(歩兵その他も含めると1万以上になる)が残っており、この数字は在住するキリスト教系の領主たちを上回る兵力でしたから、ルイがその気ならアッコンから南南東にわずか150kmの地点にあるイェルサレム攻略を検討する余地は充分に残されていました。最終的にルイはアンティオキアも含めてこの地のキリスト教系の勢力を糾合して再度攻略の軍を起こすことはありませんでしたが、ルイはその後4年間・1254年までこの地に留まり活動を続けます。例えばアッコンからモンゴルとの連携を模索するべく、ギョーム・ド・ルブルクという男をモンゴル宛に送り込み、伝道とともに内情を探らせたのもその一環でしょう。

しかし残念ながら1254年、ルイは国政を任せていた母の死と、モンゴルとの連携の見通しが暗いことから、最終的にフランスへ撤退します。ところがその前年こそ、ユーラシア大陸にすさまじい衝撃をもたらす2つの決定がモンゴル本国で成された年だったのでした。
新たに大ハーンとなったトゥルイ家の長男モンケによる2つの決定、それは
①2番目の弟フビライを総司令官とする中国方面の征服、
②3番目の弟フレグを総司令官とする西アジア方面の征服 でした。
それにしても、フレグ率いるモンゴル軍はルイが撤退する2年後にあたる1256年にはイラン高原に到達しており、更に早くも2年後にはバグダッドのアッバース朝を滅亡させるところまで至っている事から、もしルイがそれまで駐留していられれれば・・と言うのはちょっと考えさせられるものがありますね。

実際の所、ルイのもとへモンゴルから報告書を持ち帰ったギョーム・ド・ルブルクからは絶望的な見通ししか見えなかったのですが、実はルブルクがモンゴル本国に逗留し情報収集に当たっていたその期間こそ、カラコルムではクリルタイが開かれ大規模なペルシャ・シリア・エジプトにまで至る大遠征計画が討議されていた真っ最中だったのでした。この点ではルブルクのスパイ能力よりもモンゴルの機密保持が上だったわけですね。そして後にこの遠征計画が発表された後も、ルブルクにはこれがシリアに留まる十字軍を利する可能性のあるものとは捉えていなかったらしく、こうした報告をルイのもとに送っていません。ルブルク自身はカラコルムで行われた仏教・儒教・イスラム教その他の同席した宗教論争に勝利したりモンゴル人の生活習慣に鋭い観察記録を残すなど、それなりに優れた人物だったようなのですが、政治的感覚・戦略家としての才能には乏しかったという事なのでしょう。そして運も。

ルブルクがぎりぎりまで帰国を延ばした後にモンゴル本国を去ったわずか数ヵ月後、従属していたアルメニア王・ヘトゥムがカラコルムを訪れ、大ハーン・モンケから重大な約束を取り付けます。『全帝国・そしてまだ征服されていない地域も含めて、キリスト教徒および教会には自治権を与える』という・・。このアルメニア王はモンゴルの遠征がキリスト教徒に大きな利益をもたらすと即座に気付いた訳ですね。『この遠征軍がキリスト教徒による十字軍を名乗るなら、かの地で遠征軍は確実に同盟軍を得られるだろう』そうモンケに説き、特許状を受けたのでした。

結局、ルブルクによる情報不足で政治的感覚に乏しい報告書は、ルイ9世だけでなくヨーロッパ全域の聖俗諸侯を落胆させます。彼らはまだどこかで『東方のキリスト教徒の王・プレスタージョン』の伝説を信じていましたし、対イスラムで同盟できるとの望みを抱いていましたから。
まあ、これは受け取る側の国際的な感覚も乏しい、そういう気がしないでもないのですがw



さて次回は、遂に沈黙を破って動き出すに至ったモンゴルの内情、そしてフラグ率いる征西軍の始動までを見てみます。それと、だんだん登場人物が多くなって来ていることもあり、ちょっとここら辺で整理するために、ちょっと懐かしいアノ名作を使ってみようかと思います。



おしまい。

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毎回毎回長くてすまんです・・・。

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  1. 2007/12/08(土) 08:37:49|
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SSあまりもの

なんだかちょっと遅い画像もあるけど、SS日記です。

1.コペン大海戦
ドーリア撃破!
なぜかドーリア閣下がバルト海に・・・。
普段より強力なガレアス5隻編成なものの、
なんだかやたら動きがのろいので残念ながらこんなw


しかつのまん

大海戦最終日、船窓商会の鹿角(しかつの)さんがMVPを取りました。
これで4回目かな? いやー、ほんと凄いです。
(壇上での演説の模様、あのカッコはまさにしかつのまん!)

そう言えば以前も休み明けの後にもかかわらず2日連続でMVP獲っていました。
たしかあの時に彼自身も語ってますが、
長期休み明けのほうがキレがいいってのはかなり謎ですw
さすがに今回は最初苦労したらしいけど最後にキッチリ獲って行くあたり、
直前の努力もさることながら素晴らしい攻撃センスというか何というか・・。

「最後に落としまくったw」と、本人は最終日に結果出せて何かホッとした感じで、
何気なく商会チャットにコメントしてたのがかえって印象的でした。
まあまあ、鹿角(しかつの)さん、 ※(←ごめん、そろそろくどいかも) 
改めてオメデトウございました!
それから今度の週末に控えてますアレ、優勝目指してがんばってね~。


2.チュニスにて
イシス像
チュニスのオーナメントはこれ。
えーと、ハンニバル像は出てないのね・・・。




おしまい。

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ぽちっとね!

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  1. 2007/12/06(木) 11:22:53|
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蒼き狼の末裔たち その14

シリアの危機と政変

【タブリーズ】
1230年代以降、中近東方面におけるモンゴルの司令部はイラン北西部の主要都市タブリーズに置かれていました。後にここはそのままイル・ハン国の首都となる所であり、現在でも人口100万を数える東アゼルバイジャンの中心都市でもあります。
位置としては『イル・ハン国の財宝』クエを思い起こしてもらえれば理解しやすく、
カスピ海の南西部・黒海から見ると東岸から更に東北東へ行った所にありますね。

1241~43年頃に掛けて、モンゴルの軍事総督・バイジュはこのタブリーズから西に侵攻してセルジューク朝を従属させます。このセルジューク朝との争いでは、トルコ側も自国の兵だけでなくキプロス島の兵団やジェノヴァの傭兵隊などキリスト教系の兵力も数千名以上投入して対抗するなど宗派を問わない構成でかなりの激戦となっていました。
特にジェノヴァの傭兵は当時から強力な弓兵隊で知られ、当初はモンゴル騎馬兵への射撃で対抗する事である程度の抵抗を示したのですが、モンゴル側が中国系技術者の開発によると見られる連射式の火矢による攻撃を開始すると、中国弓兵の連発性や命中精度の違いが鮮明になり、トルコ側は次第に劣勢となっていったと云われます。
こうして1243年6月を最後としてトルコ勢は総崩れとなり、バイジュはこれを従属させます。
その後本拠地アルメニア方面や従属させた小アジア東部の平定に手間取ったのか、なぜかそれ以上バイジュ以下のモンゴル軍は西に伸びる事はせず、当面ニカイア帝国もラテン帝国もモンゴルの襲来からは逃れることが出来たのでした。


【アンティオキア】
バイジュの次の目標、それは南に転じてシリア方面にありました。
1244~45年頃にはキリスト教系のアンティオキア公国、イスラム系の古都アレッポのスルタンなど、シリア北部の主要都市の領主たちへバイジュから脅迫同然のメッセージが届きます。
『従属の証に財宝その他の貢納をせよ、拒否すれば汝ら全ては破壊されるであろう、と』
既に同じイスラム系のホラズム朝・セルジューク朝などが敗れる中、アレッポのスルタンはこの脅迫に屈します。また、ダマスカスのスルタンを代理してモンゴルとの和睦協定を結ぶイスラム領主も続出するなど、モンゴルの脅威は既にシリア全域に及ぶ勢いを見せていました。
いっぽう、かつての十字軍の末裔であるアンティオキア公国の領主ポエモンは苦慮の末なんとかこれをかわしはしたものの、いつモンゴルの襲来があるか分からない危機的状況に晒されていたのでした。
後に、このアンティオキアの動きがこの地域の戦局全体の焦点となってきます。
ですが、古代世界では地中海でも屈指の重要都市だった事もあるこの古い古い都が、
これからわずか20数年後には完全に破壊され、ほとんど滅亡する運命にあるなどとは、
このとき誰も予測できなかったでしょう、それもモンゴル以外の力によってなど・・・。


【政変】
ちょっと脱線しましたね。
シリアの危機はこの時、結果として意外な局面により救われることになります。
この時期モンゴル本国では、1241年のオゴデイ死後の大ハーン位を巡る政治闘争が激化しており、オゴデイ家のグユクとトゥルイ家のモンケが争う中、数年にわたって大ハーンを決めるべきクリルタイが開かれないという異常事態となっていました。これは、モンケを推していたモンゴル第一の実力者バトゥ以下のモンケ支持派と、息子グユクを大ハーンに就けたがっていたオゴデイ・ハーンの妻ドレゲネ一派の政治闘争が続いていた為でしたが、グユクは1246年8月26日、バトゥ不在のまま開かれたクリルタイで大ハーンに選出されます。

この、グユク即位式に呼ばれた各国の顔ぶれは、まさにモンゴルの絶頂期を思わせるものがありました。主な顔ぶれでは、ウラジミール大公・グルジアの王・サラディンの子孫でダマスクスなどを領有していたアイユーブ朝の後継者たちは自らが、従属させたセルジューク朝トルコからはスルタンの弟が、更に旧カラ・キタイの王族など従属させた各地の王侯たち、そしてアッバース朝のカリフの使者やローマ教皇の使者であるプラノ・カルピニのジョヴァンニなど、およそユーラシア大陸の有力者の大半に関わる者がこの即位式に参列します。
肝心のモンゴル最大の実力者・バトゥを除いてなのですが・・・。

グユク即位の後、バトゥに近い立場であったバイジュは解任されます。
代わってグユクの息の掛かった新総督・エルジギタイが派遣されるというドラスティックな展開により、バイジュの計画は白紙に戻され、新たにエルジギタイの赴任を待つ事で、シリア他中東地域への侵攻計画は棚上げとなったのでした。


おしまい。

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  1. 2007/12/05(水) 17:32:08|
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STOP! りあるまねぇとれぇど

やめようね!


(↑はpepeさんの記事からの頂き物です。)

①リアルの通貨を使って直接・間接的にゲーム内通貨(DOLの場合ドゥカート)を入手すること
更に
②業者へのゲーム内通貨の買取り依頼をすること
③業者商会に並んでいる交易品を買うこと
④業者バザーの交易品を買うこと

この4点について、みんな自粛しましょうね。
これについては私も、「ブログ持ってる人がとにかく書くこと」で協力できる部分って有るんじゃないかなと思いますので取り上げさせて頂きました。
pepeさんも指摘していますように、特に下の2点は意識が薄いと思われます。
で、これを大多数のプレイヤーがやるだけでも一部の業者には相当にダメージあるんじゃないかと。

そして、ちょっとやらしー言い方になりますけど、いま普通の商会ショップに並んでいた宝石・香辛料の総在庫が凄い勢いで減っているのを見ると、普通にプレーしている人にもこれはビジネスチャンスなのですよw
まあ、普段から継続的にこのブログを見てる人で 「りあるまねぇ」 な事してる人などまずいないような気がするんだけど・・・。

でも、ここで書いててどれだけ効果あるのか心許ないけれども、更にこういう動きが繋がって行く事で同じ意識を持つ人が増えていけば、当のDOL世界の中で馬鹿にならない結果を生む、それくらいの効果は出てくると思います。それに、規約うんぬんの話までいくと非常に実現性や掛かる時間を考えて「そこまでは・・」となるのでしょうが、モラルの問題はDOL内の、それもユーザー側のコミュニティで影響を及ぼせる部分です。

誰も買う人いなきゃ、
そもそも業者なんて成り立ちませんからね!



おしまい。

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  1. 2007/12/03(月) 09:44:33|
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蒼き狼の末裔たち その13

アイン・ジャールートの戦い-1

これ久々に書きます、『蒼き狼の末裔たち』の続編です。
今回からは、DOLで10月に実装された連作クエ・ゴリアテでも登場している、
『アイン・ジャールートの戦い』 について見てみたいと思います。
この戦いを焦点とした争いにサブタイトルを付けるなら、『中世の世界大戦』 でしょうか。

まだ1つの戦いの結果が大きな影響を及ぼしていた古代~中世においては、
結果的に歴史の分岐点や契機となった戦いというのはいくつかありますよね。
でも、3つ以上の勢力もしくは異なる文化を持つ者同士が一つの地域で政戦両略に渡って争ったという例は、この後もっとずっと先にしか発現していないという点で、これは特筆されるべき出来事だったといえるのかも知れません。
そして知名度という面ではかなり低いのでしょうが、この時の結果はその後の地中海~中近東における世界の、そしてそれをベースにしているDOL世界の設定などにとっても無視できないものに繋がっていた気がします。今年の夏から書いていたモンゴル編、それからその後取り扱っている大航海時代前史のシャルル・ダンジュー編、これまで読んで頂いている方ならこの二つがある程度リンクした話だというのはお気づきかと思いますが、今回はここにイスラム勢力が登場してくる事になります。
モンゴル・キリスト教・そしてイスラム、異なる文化の勢力を、ほぼ同じ時代と地域に起こった事象としてそれぞれ取り上げて見るというのもなかなか面白いんじゃないでしょうか。

【蒼き狼の末裔たち/過去記事リスト】
その1 (モンゴルとイスラムの激闘/プレステ・ジョアンとイル・ハン国)
その2 (西に行った蒼き狼たち-1/モンゴル編の序章と長子ジュチ)
その3 (西に行った蒼き狼たち-2/1204~1218年、モンゴル統一と外征の開始)
その4 (西に行った蒼き狼たち-3/1218~1227年、チンギスの大遠征)
その5 (西に行った蒼き狼たち-4/1227~1236年、金の滅亡と征西軍の決定)
その6 (その頃のヨーロッパは・・/1240年、ヨーロッパ諸国の情勢)
その7 (ヨーロッパ編-1/1236~1241年、大遠征の開始~ロシア侵攻へ)
その8 (ヨーロッパ編-2/1240~1241年、対ポーランド・ワールシュタットの戦い)
その9 (ヨーロッパ編-3/1240~1241年、対ハンガリー・サヨ川の決戦)
その10(ヨーロッパ編-4/1241~1242年、バトゥのハンガリー制圧と撤退)
その11(プラノ・カルピニの大旅行/1244~1247年、モンゴルへ行ったプラノ・カルピニ)
その12(モンゴルへ行ったヴェネツィア商人/1253~85年、ポーロ家の人々)
外伝その1(苦境の聖王その1/1245~47年、第7回十字軍前夜の情勢)
外伝その2(苦境の聖王その2/1248~50年、第7回十字軍の侵攻と敗退)

さてここで、この先は今まで書いてきた記事が前提となっていますので、
副題と年代つけてリンクしておきますね。
まず序章的に、対象となっている地域・時代・人物やそれまでの情勢から書き出します。
恥ずかしながら更新してる本人でも一つ一つ書かないと頭に入らないので^^);


1242年、東ヨーロッパに攻め込んでポーランドとハンガリーを制圧した後、大ハーン・オゴデイの死去により撤収したモンゴル軍については以前も書きましたが、その後完全に東ヨーロッパ方面から居なくなったわけではありません。何しろ征西軍の総司令官となっていたバトゥはカスピ海の北西部にあるサライの町を拠点として、今や世界最強とすら言える軍事力と影響力を保持していましたから。
同じ頃、アルメニア・アゼルバイジャン方面の司令官に任命されていた部将・バイジュは、
小アジア方面へとその勢力を伸ばしてゆきます。実はこの地には、かつてチンギス・ハーンと争ったジャラールの旧部下たちなど、ホラズムの残党勢力が逃げ込んでいたのでした。

1240年代の小アジアはというと、最も西にはコンスタンティノープルを陥としたラテン帝国、そして旧東ローマの亡命政権であるニカイア帝国があり、北には同じく東ローマ系のトレビゾント侯国、更に中央~東部にはルーム・セルジューク朝トルコがまだ弱体化しつつも健在で、そして付け根の部分のアンティオキア付近にはかつての十字軍が興したアンティオキアほかキリスト教系の伯領が点在しているなど、正に群雄割拠といった情勢でした。
1241年頃からモンゴル勢力はホラズムの残党勢力を追う形でこの地へと侵入します。
当然ながら最も東に位置していた斜陽気味のセルジューク朝トルコと争いになり、1243年の夏にはこれを破って従属させてしまいます。あっさりトルコを破ったモンゴルの視線の先には、豊かで文化的に進んでいた中東地域が既に捉えられていました・・・。


おしまい。

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  1. 2007/12/01(土) 19:47:18|
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