打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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改良戦闘帆の生産 2日目

お、おわった・・。

改良ゲルンステイスルの生産は、2日目でようやく目標数に達しました。
昨日は肝心のサントドミンゴ周辺で5~6人のイング系PK艦隊が出没するという厳しい状況で、
久々にぽこぽこ海賊被害の報告を聞く中での生産活動でした。

2日目の生産数
28枚/92=大成功率30.4%
累計生産数
50枚/148=大成功率33.8%
使用した材料
麻生地3404・鉄材148・木材296=3848個

手元にまだ麻生地300枚+木材100個くらいありますが、もうアイテム枠がありませんw
困ったので2NDキャラを定期船に乗せたはいいけど、降ろすの忘れてまたセビリアに戻ってるし・・。
まあなんとか5枠かそこらは取れると思いますから、
余った材料でボンネットかフルリグド作りでもやって帰るとします。
それにしても材料3800個かあ、、
これが最初から全部ボンネット生産狙いだと、たぶん材料10000個を超える気がします・・。
改良フルリグドに至ってはどれだけかかるやらw
とりあえず改良ステイスルについては生産パターン掴みましたので、
今後は自分用のフルリグド狙いで時々やるくらいでしょうね。

ところで開拓地の特製生産には、まだ大砲つくりというもっと苦難の道があります。
で、こっちはただ大成功すればいいという物でなく、恐らくカロネにしてもキャノンにしても上位2つくらいまでしか意味がない気がします。例えば巧匠キャノン1358(上から3番目)とかだと、普通の名匠1386・1372を狙ったほうがよほど性能も生産性も高い気がしますからねえ。
しかも船1隻満タンで材料積んできても、大成功ですら平均2~3回くらいしか期待できないわけで、
その中から上位品のみ選別するとなるとどんだけ大変なんだと思わずにはいられず、
開拓地の鋳造は装甲作りとかの方が健康的な気がしますはい。
(昨日泣きながら鋳造屋が大砲作っててそう思いました;;)

今日か明日ヨーロッパに帰ったら半分はストックに、残りは売りさばくとします。
友人知人で要る方あればお分けしますよ~。
せっかく宝石商になったので、工芸JB部品や家具とかも作りたいかな、と思うわけです。



おしまい。

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  1. 2008/02/27(水) 14:35:10|
  2. 鋳造・縫製 その他生産
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改良戦闘帆の生産 1日目

トルヒーヨは無事中枢都市に。

納品がんばった皆さんお疲れ様でした。
私も銅板だけでなくて☆3ジョイントビルド船とか入れましたよん。
交易船と冒険船入れるとそれぞれ商業と学術上がる仕組みなのか良く分かりませんが、
☆3輸送用スループと☆3スクーナー入れたら交易と冒険の経験が入ってきました。
んでまあ、前日トルヒーヨで落ちたので都市レイアウトが変わってなくて焦ったけど、一度出航所に入ったら更新されて一安心。旧トルヒーヨで私以外には1人たたずんでいただけなのが、中枢トルヒーヨに入ったら10数人いて驚きましたw

今日の目的は5段家具と特製戦闘帆の生産です。

ドック拡張

いあ、なんか思わず・・・。
それはともかく今日のメインは改良戦闘帆の生産です。

改良ゲルン生産1日目

(初日の成果)
改良ゲルンステイスル生産
1回目=大成功10/31=32.26%
2回目=大成功12/25=48%
累計22/56=39.3%
ってとこでした。
陸上生産で大成功率が40%近いのはかなりラッキーでしたね。

でもこれで終わりじゃありません。
これだと最初に持っていた材料使っただけですからね。
前日までにアイテム整理しまくったのと、
家具生産と硬化銅板の納品でアイテム枠が50近く空きましたから、ここで限界まで作り続けます!

いったんサントドミンゴへ戻って麻生地を買付け。
イスパ領なので他国より多く買えるのはアドバンテージですね。
その後、ウィレムスタッドで商会員のはにはに先生に丸太を買ってもらって木材に加工。
工業R13支援で丸太97個ほど買えるそうです。
ここで木材を200ほど補充して再度ドミンゴで麻生地を目いっぱい買付け。
ウィレムはドミンゴに最も近い開拓地なのでこういうのにも便利ですね。
この日はこんな段取りで2日目の生産準備したところで落ち。

ところで、生産した改良ゲルンステイスルですが、何も戦闘用だけじゃないですねえ。
数日以内の近距離移動なら2~3枚混ぜると非常にとり回しが良くなる印象受けました。
特にNPCかわすのにもそこそこレスポンス良くなります。
あ、減速からの加速向上も多少あるのかな?
さすがに5枚入れちゃうとカリブ海域内の移動でも遅く感じるので、
そこら辺は場所によって調節が要る感じでしょうか。
まったくいい帆が出たものですねw

ところで、改良帆のうち改良ゲルンボンネットは今回作ること考えてませんでした。
ただこれ、縦+7・横+27で合計+34てのは改良ステイスルを上回るし、横だけだとメインフルリグドの上をすらいく高性能持っていると言うことで、軍人さんの欲しいものとしてはかなり有力なのかも知れませんね。
『改良ステイスル2枚と改良ボンネット2枚の混合使用がベストかな』
とは商会の軍人さんからも話に出ていました。
補助帆4枚で縦+44・横+84で旋回減なし、
うーん、確かにすごいかも。

(能力比較)
メインステイスル4枚
=縦+68・横+16

改良ゲルンステイスル4枚
=縦+60・横+60

改良ゲルンステイスル2枚+改良ゲルンボンネット2枚
=縦+44・横+84

単純に書くとこうですが、
ただ、ボンネット量産はちょっとだるい・・・。
価格付けるなら改良ステイスルの3倍くらいにはなっちゃうんじゃないでしょうか。
まあそんなこんなで、
今日もカリブ方面で材料調達&生産してますので見かけたらよろしくです。


おしまい。

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  1. 2008/02/26(火) 09:24:04|
  2. 鋳造・縫製 その他生産
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これはずるいと思う・・。

イスパニアはまだ中枢都市おあずけ状態

なので開拓地に行ってもなあ・・。
という事でまだBC用の生産メインで動いてます。

ところで、
@WEBでイルカにエサあげたら航海中にでて来るようになりますね。

イルカ01

取り合えずこんな感じで、
『おお、飛んだw』
と感心してアップにしてみてたら座礁しました・・。
んで気付いたんだけど、帆を降ろしたり低速で航行してるときって、

イルカ02
なんか海中に直立したような姿勢でイルカのほうもスピード落とすらしい。
うん、なかなか芸達者です。
鳴き声もそうだけど
こういうちょっと凶悪にかわいい路線とるのはなんとなくずるいと思う・・・。
思わずまたエサやりたくなっちゃいますからw




おしまい。

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  1. 2008/02/21(木) 21:49:19|
  2. 活動日誌
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蒼き狼の末裔たち その27

最終回

⑥消滅
1264年以降、バイバルスはシリアの地中海沿岸に残るキリスト教徒の諸都市などへの攻撃に拍車をかけます。そして1266年には再びアッコンを攻撃、更にドイツ騎士団の拠点があったモンフォート城砦、そしてテンプル騎士団の拠点であった大要塞サフェドに到達します。バイバルスによる3度の猛攻撃にも耐えたサフェド要塞でしたが、バイバルスはここに詰めていたテンプル騎士団のシリア人とヨーロッパ人との分断を謀って開門させ、遂にバイバルスはシリア完全攻略への橋頭堡を得たのでした。
1268年、フレグの死去とアバカの即位に伴いイル・ハン国がやや混乱しているなか、バイバルスはシリアの地中海沿岸にわずかながら残っていたキリスト教国・都市をも次々と攻略します。まず小アジアの東南部の付け根にあたるキリキア地方の十字軍系諸都市を攻略。次に5月に入るとシリア沿岸のトリポリを攻撃目標としますが、トリポリ伯を兼ねていたアンティオキア公国のポエモン6世が防備を固めていたため、バイバルスは手薄とみたシリア北西部の古都アンティオキアを急襲します。アンティオキアは古代世界では地中海でも屈指の大都市であり、この時代ではアンティオキア公国が十字軍系の生き残りとして、一時はモンゴルに従属しつつもまだがんばっていました。5月18日、手薄なアンティオキアに攻め寄せたバイバルスは攻撃を開始。都市の住民は篭城するのですが、統率するものの無い守備隊が長く持つはずも無く、わずか4日でアンティオキアは占領されてしまいます。
その後のアンティオキアの運命は悲惨そのものでした。
バイバルスはアンティオキアの全住民を虐殺もしくは奴隷化し、市街を略奪の後これを徹底的に破壊して廃墟としてしまいます。こうして古都アンティオキアは滅亡というか地上から消滅し、歴史の表舞台からは完全に姿を消してしまったのでした。


⑦反攻計画の挫折
これら一連の攻撃によりシリアのキリスト教徒の拠点で残るのはアッコンなどわずかとなり、この事態を重く見た西ヨーロッパでは1266年以降十字軍の編成が本格化します。
フランス王・王弟シャルルダンジュー・イングランド王太子・ドイツ王などかなりのメンバーが予想されましたが結局実現したのはなぜかチュニスを攻めた第8回十字軍で、しかもここでフランス王ルイが死去してしまいます。その後アッコンへはエドワード1世とシャルルダンジューなど一部が向かったものの、もはやシリアでバイバルスに対抗するだけの力は残っていませんでした。


⑧終幕
この後もバイバルスは積極的な出兵と外交そして内政に取り組みます。
アンティオキアの悲劇に激怒していたイングランド王太子エドワード1世との戦闘、ビザンツ帝国との通商、シャルル・ダンジューとの協調路線の模索、カリフ一族の保護や駅伝制度の整備などによる国内の安定化などなど、彼一代でマムルーク朝は完全に軌道に乗ったのでした。惜しむらくはというべきか、寛大な姿勢がキリスト教徒からも高く評価されたサラディンと並んでイスラムの英雄とされるバイバルスなのですが、時折見せるその手段を選ばない冷酷な行動は評価が分かれる所のようですね。

一方バトゥ・モンケ・フビライ・フレグといった第三世代で黄金期を迎えたモンゴル帝国はというと、
その後は緩やかな連合体~抗争~地方割拠~細分化へと移行が進みます。
それぞれの国がかなりの力を誇っていたのは1300年頃までで、14世紀に入ると各国で滅亡・集散が相次いで、15世紀にヨーロッパで大航海時代と呼ばれる拡大期が始まるまでには大多数のハン国が姿を消していました。今後のDOLで内陸が実装されるなら黒海~カスピ海沿岸でその末裔が見られるかな?というくらいでしょうか。しかし彼らの行動はユーラシア大陸全域に大きな影響を残した事には変わりなく、キプチャク・ハン国にある程度の地位を与えられたモスクワ大公国が後にロシア帝国となるなど、東ヨーロッパ世界においてもまだまだ、というか現代においても政治・民族的な影響は色濃く残っています。

そして西ヨーロッパ世界では、この時の主役であったフランスを始め各国が急速に対外的な余力を失います。またシャルルダンジューが築きつつあった地中海帝国ともいうべき構想もその死によって瓦解し、シリアに残っていたイェルサレム王国も最後の砦アッコンが1291年に陥落し滅亡します。
ここに、西ヨーロッパ世界は東へ至る接点をまた一つ失う事となったのでした。
だけど、これが全く無益な結果だったとは言い切れないと思います。
あまり平和的でない面が強かったとは言え、オリエント世界との交流を多く持った事は、ヨーロッパ人の技術・政治・地理・文化・精神面などいろいろな方面で新しい発見と成長があったでしょう。モンゴル軍の中国人工兵隊が持っていた技術はそれこそヨーロッパ人の目から見たら革新的なものに映ったでしょう。また例えばフランス王が遠くモンゴルの本国まで諜報員を派遣したり外交交渉を行うなど、以前には考えられない事でしたから。そしてなにより、ヨーロッパはいつの間にかイングランドやドイツ・フランス王の軍を大量にしかも頻繁に輸送できるだけの資金および海運能力を、この地中海においては発揮する事が出来るようになっていたのでした。







(あとがき)
ところで、14世紀になって中央アジアの遊牧民族からはまだ最後の大物が登場してきます。
ティムールですね。
ただ、スケールで言ったらそれこそチンギス・ハーンくらいの強さを見せた彼でも、流石に『蒼き狼』のシリーズに加えていいのかは微妙すぎますね。というか『違うけど入れたい』くらいに欲求が強いのですが、あえてここは外します。

上天より命ありて生まれたる蒼き狼ありき。
その妻なる惨白き牝鹿ありき。
大いなる湖を渡りて来ぬ。
オノン河の源なるブルカン岳に営盤して生まれたるバタチカンありき。 (元朝秘史より)
  
最初から読み返していたらシリーズ冒頭のこの文を思い出して、
『あー、蒼き狼の血は引いてないよなぁ』 とw

さてこれで、記述としてはこのシリーズの最終回とします。
あともう一回だけ入れる可能性がありますが、これはもう遊びの部分で書きますので落差激しくなると思いますから。それにしても、約半年がかり・合計で29本と、いつのまにか全エントリ数の5%近くにもなってしまうとは昨年夏に書き始めた時には思ってもいませんでした。書いてる本人が面白かったから続けられたものの、こんなマニアックなテーマでも見捨てずに読んでいてくれた皆さん本当にありがとでした。
この後の歴史系シリーズは年初の予定通りに大航海時代前史として何かテーマを選ぶ事になると思いますが、まだ全然決まってません。なんかいいアイデアあったら提供してくださいとも思う・・。どっちにしろ決まるまではちょっと長編シリーズを書くのは先にしたいとも思っています。これだけ長編になると、集めたり読んだりした資料の量とかもうまとまったレポート書けるくらいになっちゃうんで、今ちょっとそれだけの時間が取れません。まあGWとか狙ってぼちぼち練っていくかなぁ・・。



おしまい。

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ありがとうございました(ペコリ

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  1. 2008/02/16(土) 22:11:07|
  2. 蒼き狼の末裔たち
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蒼き狼の末裔たち その26

13世紀の多国間戦争

④国際紛争へ
前回見たように、1260~1300年頃まで続く内部抗争でモンゴル帝国は既に外征どころでは無くなっていたのですね。この時期に遠征した日本・ヴェトナムなどへの侵攻作戦がことごとく失敗しているのは無関係では無い気がします。
さて、モンゴル帝国内の抗争になぜバイバルスが絡んでくるかという所から。
実は、キプチャク・ハン国のハーンであるベルケはイスラム教徒だったのです。
ハン国の住民はギリシャ正教徒が比較的多かったものの中枢部では急速にムスリム化していくキプチャク・ハン国に対して、フレグの跡を継いだアバカはキリスト教徒であり、イル・ハン国は対照的にややキリスト教国の色合いを濃くしていたのでした。この状況を読み取ったバイバルスは、黒海~カスピ海北部に割拠するキプチャク・ハン国に対して同盟を申し入れます。宗教的な一致もさることながらキプチャクの平原地帯はテュルク系の遊牧民だった多くのマムルークの故郷でもあり、これは将来の優秀なマムルーク兵を供給源ともなりますし、更にはイラン・イラク・アルメニア・アゼルバイジャンに割拠していた仇敵イル・ハン国を南北から挟撃する形にもなるわけで、この決定は一石数鳥の効果がありました。
この流れを受けて1262年、キプチャク・ハン国とイル・ハン国は黒海東岸のカフカス地方~アゼルバイジャンの国境付近で戦争状態に突入します。
以前、第一期シリーズの最後で紹介したマルコ・ポーロの父親兄弟が、ベルケに謁見したあと戦争で故郷ヴェネツィアに帰れなくなっていたのはこうした事情によってでした。この抗争は途中からフレグの跡を継いだアバカが優秀な武将だったこともあって、侵攻したベルケの軍が撃退されるなどイル・ハン国優勢ですすみますが、イル・ハン国もまた他の相手を考える余裕が無くなっていました。そしてイスラム・モンゴル各国だけでなく、ここにはキリスト教世界も複雑に絡み合ってきます。


⑤イル・ハン国とビザンツ帝国
南北の強国に挟まれてやや窮地に立ったイル・ハン国の外交的選択肢、
これは地図を見るとよく分かります。
西にあるかつての大国、そう、ちょうどこの時期に首都コンスタンティノープルをラテン帝国から奪回して復活したビザンツ帝国との連携を模索したのですね。
宗派は違えど同じキリスト教徒ですし、シリアに在住していたかつての十字軍系の領主たちやアルメニア王を従属させていた事もあったのですから、イル・ハン国としては南北がイスラムで連携するなら東西はキリスト勢力で連携するのはアリだと考えたのでしょうか。この時の結盟の証として、ビザンツ皇帝ミカエル・パレオロゴスはマリア姫をフレグの后として嫁がせます。輿入れの途中でフレグが亡くなるものの、マリア姫はそのままフレグの息子で新ハーンとなったアバカの所へ、洗礼を条件として嫁いだのでした。
またこれ以前、フレグが健在だった1261年の12月にも、イル・ハン国は使節をパリに派遣して聖王ルイ9世に同盟の申し入れと艦隊の派遣を要請しており、全体的にヨーロッパ世界との協調姿勢(利用しようとする計略とも取れますが)は見せていました。

そうかと思えば1263年にはイェルサレム王国の要だったアッコンがバイバルスの攻撃を受けて陥落寸前にまで追い詰められており、この時にはヴェネツィアに対抗するべくジェノヴァの艦隊がバイバルスのアッコン攻略を支援するなど、キリスト教世界においても一枚岩とはいえない状況がありました。
このやたら複雑な国際紛争が混迷を深めるなか、
いち早くアクションを起こしたのはまたしてもバイバルスでした。

たぶん次が最終回です。


おしまい。

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  1. 2008/02/15(金) 21:09:37|
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蒼き狼の末裔たち その25

長い長いシリーズになっちゃった『蒼き狼』もたぶんあと2~3回。

締めくくりとして、アイン・ジャールートの戦い以後の、イスラム・モンゴル・そしてキリスト教徒側の動きを追ってみます。本来これで実質ラストとする予定が、書き上げたら長すぎたので2~3分割する事にしました。

①マムルークの抗争
まずイスラム勢力の情勢から。
アイン・ジャールート戦の5日後には早くもダマスクスを攻略したマムルーク勢は、そのままアレッポはじめ北部シリアまでその勢力を広げてユーフラテス川南岸までほぼ制圧します。この戦いでの最大の功労者であるバイバルスはこの時アレッポの総督位を要求したといわれますが、内心では彼を警戒していたスルタン・クトゥズはこれを拒否します。こうしてバイバルスとクトゥズの確執が決定的になるかと思えた矢先、いち早く動いたのはバイバルスでした。カイロへの凱旋帰国の途中、バイバルスは少数の手勢でクトゥズの天幕を襲撃し、暗殺に及んだのでした。素早く軍を掌握し新スルタンとして立ったバイバルスはそのままカイロへ凱旋するのですが、これを迎える立場となった本国エジプトの人たちは後々までこの行為を忌み嫌ったとも言います。バイバルスとしてはこれ以上の業績を挙げる事で、暗殺による政権交代という自らの行為の後ろめたさを払拭するかのように、即位後も拡大路線とマムルーク朝の安定に向けて精力的に動いて行きます。
その動きはモンゴル、そしてまだ健在だったシリア沿岸部のキリスト教徒にとって大きな災厄をもたらす事になるのですが・・・。

②モンゴル本国
次にモンゴル勢のその後はというと、、、
まずモンケの死後、大ハーンの後継者に名乗りを上げたのは、モンケの次弟フビライと末弟のアリク・ブケでした。フビライは中国攻略のために前線に出ていると言う事でユーラシア大陸の東方では最大の軍事力を握る立場であり、そして残った兄弟の最年長者です。一方アリク・ブケはカラコルムに留まってモンゴル全体の政務と軍務の統制を引き受けていました。その性質はかなりの俊秀だったようで、本国にいて大クリルタイへの参加資格を持つ長老格や大豪族たちの信任はかなり厚いと言う人物でした。そして忘れてはいけない点としてモンゴルでは末子相続の伝統があるということも大きく影響するでしょう。
実際、チンギス・ハーンの息子4人のうち、末子のトゥルイは大遠征の期間を通じてモンゴル本国での政務と軍務の指揮、そして本国近くの領地を引き継いでいました。最終的にトゥルイ家がモンゴル王家の相続をしていけたのは、こうした実権を引き継いでいたからと考えるのは成り立つと思います。
この両者の争いは、共に独自にクリルタイを開いて大ハーンを宣言するという異常事態に発展するものの、1260年以降いち早く優勢に立ったフビライが1264年にアリクブケの降伏を受け入れる形で終息します。1271年には国号を『大元』と称しモンゴル本家としての道を進むのですが、同時にこの内乱を通じて中央アジアに割拠する他の王家は分離・自立への道を進む事にもなったのでした。特にアリクブケ陣営の一員で1266年頃から急速に力をつけ始めたオゴデイ家の生き残りであるハイドゥは、一時は中央アジアを制圧して大元よりも優勢かと思うほどの勢威を見せます。

③イル・ハン国の成立
一方、モンケの死を知ってシリアから撤収しタブリーズで様子を見ていた三男のフレグはというと、1260年の秋には早くも自立を決めてイルハン朝を建てます。
ところがこの行動に怒ったのは、意外にも北にいたキプチャク・ハン国の跡を継いだベルケでした。彼にしてみれば、フレグの征西軍への協力はクリルタイの決定でありモンゴル帝国全体の為であったのですから、その功績及び獲得した領地や財産は公平に分割されるべきものでした。これを結果としてフレグは自身の物として領地化したわけで、しかも遠征時にフレグの元へ送ったベルケの親族諸将が次々と謎の死を遂げたこともあり、キプチャク・ハン国とイル・ハン国の関係は急速に悪化して行きます。
更にややこしい事に、キプチャク・ハン国がアリクブケーハイドゥ支持に立ったのに対してフレグは兄のフビライ支持に回ったため、この西部方面での抗争は本国の代理戦争的な色あいも含んでいたのです。
そして、この抗争を利用したのがバイバルスだったのでした。



おしまい。
(続きはもう書けているのでまた明日更新します)


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  1. 2008/02/14(木) 20:09:28|
  2. 蒼き狼の末裔たち
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大海戦初日・2日目で思うこと

今年最初の大海戦


当初予定していた模擬大会イベントの日程と重なってしまった今回の大海戦。
実際の所、毎月15~22日までBCやっているので海事系のイベントやるには毎月第3週は外す事になるわけで、これはプレーヤーだろうが運営側だろうが日程に制約があるのは同じですから、今後もイベントの日程調整は頻繁に出そうですね。
で、今回の組み合わせは 『仏・西VSヴェネ・英@ジェノヴァ』 という、カルヴィ戦も含めてこれまで幾度か行われたある意味定番のひとつとなっている海戦となりました。これはまた各参加者にとっても情報面や対応で慣れがあるわけで、例えばNPC狩りでは主なポイントにはどこかしらの偵察艦が張り付いているなど、非常に効率的な戦いぶりが伺えました。(シャウトとかで流される情報にみんな同じような動きしてやたら過疎になってる場合もあるんだけどw)
対人については、海域をぐるぐる巡回していると地域的に戦力差が均衡取れてないケースが目立ち、最も集中しているジェノバ周辺以外では戦う相手に苦労しているんじゃないかなと感じました。特にカリアリ沖のヴェネ・イング艦隊、マルセイユ~モンペ間の仏・西艦隊に偏在が時々見られたでしょうか。以前よりやや参加者が減ってきつつある事を考えると、昔みたいに3箇所で戦場ができるのはちょっと無理あるんじゃないかな?
NPC主体で対人戦は離れた視点で観察してるだけなので、戦ってる当事者とはズレてるかもしれませんがそんな気がします。



次に、最近違和感を感じてる事を。
NOTOS鯖のバトルキャンペーンで毎回圧倒的に高い戦果を挙げているのはどこの国でしょう?
そう、イングランドですよね。
その後にポルトガルとイスパニア、そしてフランスと続きます。
一方で大海戦となると、僻地で行われたケースを除くと
イングランドが参加した陣営の1日あたりの勝利ポイントが1350~1500くらい、
イスパニアやポルトガルが参加した陣営の勝利ポイントが1550~1750くらい、
あくまで感覚的な数値ですがこれで毎回数%差の結果が出ています。そして分類すると小型>中型>大型 と分かりやすいくらいに勝利数の差は縮まっていて、大型では逆転している事もままあります。

BCと大海戦では参加者数や参加者層が違う事や小中大型での傾向を考えると、
このギャップは 『大海戦は参加するけどバトルキャンペーンまではちょっと・・・』
という基本冒険者・商人の層がポル・イスパのほうがより多く、逆に 
『BCは積極的に参加するし大海戦もそこそこ出る』 という軍人層がイングランドでは比率が高い、という感じなのでしょうか。大海戦ではフランスの存在が大きく影響してるのは間違いなさそうなものの、ここら辺は参加者の人口構造の統計が取れたら面白いかもですね。

んでこれをもっと飛躍すると、
個人個人で結果を追求するイングランドの精鋭と、
全体での結果に力を出すポルトガルとイスパニアの集団の力っていう出力特性の差、
という仮説になっちゃうんだけど、取り合えずここでは言い切るのはやめときます、
別段本職の軍人でもないので。
いあ、なんか書いてて高回転型エンジン積んだホンダ車と、
安定してて使いやすいトヨタ車みたいなイメージわいてきた・・・。
んで大海戦では2500回転くらいからトルクが太いイベリア勢のほうが結果が出やすいとかw

でもあれですね、これ書かないと片手落ちなので記述しますが、NPC狙ってあちこちうろうろしてると、私でも知ってるイングランドの軍人さんが何人かN/対人かと思う艦隊を引っ張って鉢合わせすることが幾度もありました。そして知人でもイスパニアからイングランドに亡命している軍人さんがいまして、これそのうち昔みたいなイングランドが立ちはだかってくる気がしないでもないですね、こわいこわいw



最後に個人的な結果はこんな。
大海戦2008-0209
初日は小・中型での参加で戦功49。
過去に何度もやったこの海域での海戦時は大型まで出てだいたい40~45くらいだったので、
これは人数少ない事からしたら商会艦隊としてはまずまずでした。

大海戦2008-2010
2日目が小中大参加で戦功62。
中型まで48だったので昨日とほぼ同じ、大型は募集してたの入れてもらってやってきました。
対人面白いですね。

最終日はまた商会で人数増えそうですし、集合場所がマルセイユの商館というのも気に入ってますからまあ楽しんでやってきます。会場で見かけましたら皆さんどうぞよろしく~。


おしまい。

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  1. 2008/02/11(月) 09:01:10|
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超小型PCでDOLは動くのか? その2

実際に起動してみた。

前回の実験で、ECC-PCは調整すればDOLがギリギリ遊べるくらいのスペックになる、
という所までやりました。でもこれあくまでDOLベンチマーク上の事です。
今回は実際に起動させ、陸上及び洋上での様子をレポートしてみます。
実際の使用上ではどうなのさってのは、また別の話ですからね。

設定は800×600フルスクリーン、
CPUは630→900MHZにオーバークロック、
グラフィックまわりの設定は全て最低に、
表示モデル数だけ25-50にしています。
だいたいDOLベンチで130点台くらいの仕様ですね。
今までプレー環境って性能を上げる方向では色々やってきましたが、
逆にローエンドでの追求ってやったことが無いので逆に新鮮だったりします。
これレトロゲーやってる雰囲気に近いかも。

ECC-PC02
①街の中
このPC、液晶の発色はまあそこそこ。
もちろん格安なPCですから液晶パネルもそんなにコスト掛けてないでしょう。
まあDOLやってる分にはあまり貧弱さ感じないですね。
操作感のほうは、表示モデル数を25-50人にしてるのでさすがに重めで、
走りながら周囲を見る様にぐりぐりすると処理落ちが激しくて酔いますw
上の画像は視点を一番引いた状態でのリスボン噴水前→銀行前の様子です。
そして銀行前を通り出航所へ。
走ってるとバザーしてる人が半分も詳細表示されません・・。
むしろみんな名探偵コ○ンの犯人に見えますw
そのまま出航所へ。
適当なNPCがいたら戦闘するので、海事船に乗り換えます。


ECC-PC03
②出航直後
出航直後はこんな感じ。かなり海表現が貧弱で寂しいですね・・。
激安PCなんだから贅沢ゆうな、って話ですが、
むしろ海上で問題なのは表現じゃなくて表示なんです。

このPCでDOLをやるにあたって特に困った点は、
画面表示が800×480なのでちょっと縦スクロールしないと全部が表示出来ないところ。
ツール使ってデスクトップは800×600の強制表示にしてるのに、DOLのフルスクリーンでは800×480分しか表示してくれません。表示されない残りの縦120はマウスカーソルを下に向けると画面が下にスライドするしくみですね。
で、DOLで下が見切れる範囲は、上で撮影してるようにチャットログの上部付近まで。
これ、ちょうど風向きとジャイロ地図がみえないww
移動中は常に上が見切れる方がまだマシですね。

この点については他のツール使えば解決できるかもしれませんが、
ちょっと不具合になる気もするので当面このまま様子を見ます。
(DOLの最低表示が800×480対応にできるといいのになあ。)


③戦闘
次に弱めなNPCと戦闘してみます。
ってこれ、
画面が小さすぎてNPC表示とかよく分からんですwww
自分が小型船とか乗ったらもう、どっちが前かわからなくてやばい予感が。
うーんさすがに戦闘はちょっとむりかも。
それ以上に戦闘では先程のスクロール表示が特に問題で、

A)上スクロールでスキル・カスタム・アイテムの発動&船の状態確認
B)下スクロールで大砲のチャージ確認と白兵時の状態確認

これを通常操作に随時織り込んで戦う事に。
まー、書くと簡単だけど実際やるとやたら混乱しますw
そして何戦かしたところでジェノヴァ商船隊に仕掛けてみます。

ECC-PC04
思った通り火災の処理が処理が処理が。。。
BOX状態になると操作量がえらい事になりますね。
しかもこの時は左手でデジカメ持ってるからめちゃくちゃですw

ECC-PC05
(上が見切れてる)

ECC-PC06
(下が見切れてる)

こんな感じで上下にウィンドウ切り替える事に。
取りあえずあれです、やっぱり戦闘する用には向いてないですね・・。
使った感じではバザー用途には最適で、造船・操舵・副官日数の消化とかで浮きっぱなし状態とかにも余裕で対応出来そうです。あと採集や探索・生産とかもって、これじゃ単純作業ばっかりですね。航海はまあなんとかできますが、フル表示できないので長距離はめんどいですね。あ、追従するだけならこれでいいのか・・。

個人的にはこれでDOLやる必然性はないんだけど、
動くPCが1台増えるってのはまあ、運用面では何かの役に立つかもですね。



おしまい。

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追記)
Jack Johnsonの新作、『Sleep Through the Static』
相変わらずすごくいい。
その代わり洋上で聴くとやたら眠くなって困るw
やー、ほんと太平洋上でのんびりしたくなるわ~

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  1. 2008/02/07(木) 23:15:26|
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超小型PCでDOLは動くのか? その1

先日紹介した超小型ノートのEcc-PC

1/25に届いてちょこちょこいじってますが、カスタマイズのし甲斐があってなかなかいいです。
取りあえずこれが届いて、箱開けたときの、このPCの小ささに対する驚きはなかなか新鮮で、
ベタですが思わず手元にあった書籍と重ねてしまいましたw
プレイヤーズバイブル2~3冊分くらいの大きさ、厚みですね。

このPCでとにかくスペック面で一番困るのが容量。
4GBしかないCドライブにXP入れてるものだからWINDOWSのアップデートまで一通りやると800MBくらいしか残らず、そこからいろいろ容量空けて1.4GBまで確保してますが、どっちにしろでかいアプリは入らないですね。これについてはUSBポートが3つ付いてるので外部メディアで確保するしかなさそうだけど、ちょっと考えてるところもあるのでそこは後ほど。本質的にはWEB閲覧やエディタとか用の端末なので記録する容量は問題じゃないんでしょうね。
先週あたりから雑誌の特集やWEBでいろいろ情報入って来ていますのでその辺も参考にしつつ、海外で開発されたツール引っ張ってきて現状では800×480の液晶表示を800×600に強制表示させたり、なぜか抑えられているCPUの周波数をOCさせたりとかやってます。
そして2~3日くらい前からDOL関連の実験。

果たしてこれでDOLは動くのか?
それも可搬性を維持しつつ。

4GAMERでは外付けハードディスクにインストールしてましたが、こういう小さいPCに2.5インチとはいえ外付けHDD使うのはどうかなと思うわけです。だいたいPC本体がフラッシュメモリを記憶媒体にしてるのに、ポータブルとはいえハードディスクを一緒に持ち歩いたら意味ないでしょうw
んで、思いついたのがバッファローから出ているシリコンディスク。
↓これです。
シリコンディスク
大きさはちょうど100円ガム相当です。
これは転送速度が理論値で最大30MB/秒とかあるフラッシュメモリでできたスティック状のディスクで、USBメモリと違うのはリムーバブルメディア扱いでなく単体でハードディスクと同じ認識をされるところ。
当然パーテーション作ったりも出来ます。
んでちょうど手元にこれの容量16GBのものがあったんですね。
小さいくせに容量大きめで転送速度が結構速いので、
普段こいつに打倒ブログの色々なデータを突っ込んで加工・保存しています。
買った当時16GBで17000円くらいだったのでUSBメモリより価格競争力ありました。
今回はこれにDOLをインストールさせて起動できるかやってみようと思います。

一応入っているデータは吸い出して、
16GBを8+8GBにパーテーション分割してフォーマットしました。
普通に固定ディスクとして認識していますね。
そして片方ののドライブにDOLをインストール。

ところがフラッシュメモリの弱点は書き込み性能でして、
インストールにやたら時間掛かってます。
読み出しは速いんだけどねえ。
DOLのデータって確か2.5GBくらいありますが、
なんとインストールに数時間掛かってますw。
ハードディスクなら15分位と思いますから書き込みは決定的に遅いですね。
そしていつの間にかバージョンが上がってたインストーラ、
それから全部のアップデートファイルを入れると4.4GBくらいになってました。
いつの間にかDOL全体のサイズも肥大化しつつある模様。
そんなこんなでパッチその他も無事終わり、さて起動。

ECC-PC01

んー、絶対なんかあると思ってたのに、、、
800×600のフルスクリーンで普通に起動できてちょっと肩透かしw

しかも、さすがにこいつで海事したりとかは考えてませんが、画質は最低でいいやと思ってた起動時の自動設定でいくつかの表示項目が普通~高めの設定になってたのはちと驚きました。で、この状態でログインすると、町の中の移動はカクカクでも一応使えます、くらいにはなってます。
感覚的にはDOLベンチで70~100点くらい行くんじゃないかなあ。
突然気になったので同じドライブに新型のDOLベンチ入れて計測したら、
ノーマル設定で64点ありました。
64点だと動作環境満たしてないとかのレベルなので、ここからちょっといじってみます。

①CPU=630MHZ/ベンチ設定=ノーマル 
25-20-19=64点
②CPU=630MHZ/ベンチ設定=カスタム最低
26-36-26=88点

まだきついですかねえ。
で、今度はCPUをオーバークロックしてみます。
このPC、もともとセレロンMの900MHZを積んでいるのに、
実際の動作では630MHZに落として動いてるんですね。
CPU-Zでみるとこんな感じに。

CPU-Z630
(OC前)


CPU-Z900
(OC後)

これで再度測定してみると・・・、

③PC=900MHZ/ベンチ設定=ノーマル
42-33-33=108点
④PC=900MHZ/ベンチ設定=カスタム最低
44-59-46=149点

たしか100~150点で、『快適な動作』 とあったので、動作環境的にはクリアしてるんですね。
まあよく考えたら2004~2005年頃の、DOL開始当初に売ってたローエンドPCの性能がこのくらいだったと思いますし、むしろ2GB積んだDDR2メモリの性能とか標準より上な部分もありますから、3年前の軽いMMOと考えたら動いても不思議じゃないですね^^
ただ、この数字は最低設定で表示モデル数も10-25まで落としているので、陸上で他の方のPCがあんまり読めず、実用レベルのモデル表示数まで戻して使ったほうがいいかもですね。モデル表示を25-50で計測したら130点台くらいでしたのでこの辺が使いどころと思えました。ついでに起動環境設定も色々変更して見ましたが、こちらは初期設定以上に画質落としてもあんまり良化しなかったのでそのままにしています。

次回はこれで海に出てみます。
あと戦闘も。
実は能力の他にも問題あるから、
海事はさすがにちょっとどうかと思うんだけど・・。


おしまい。

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  1. 2008/02/05(火) 08:21:00|
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DOL版アイン・ジャールート

前回まで書いていた 『アイン・ジャールートの戦い』 の本編を書くきっかけになったのは、昨年10月の新クエでこれが登場してきたからでした。書いちゃっておいて今更ですが、実際にDOL内で今日ようやくこのクエストまで辿り着いたので早速やってきました。まあ、第二次モンゴルシリーズも後はまとめと周辺の話に移る所で、肝心な部分が終わった直後ですからタイミングとしては丁度いいのかも知れませんね。

DOLアイン01

一応、クエの進行はネタバレ要素になりますので、
この先は 『続き』 からどうぞ。
[DOL版アイン・ジャールート]の続きを読む

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  1. 2008/02/03(日) 20:37:45|
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