打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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スルタン・バヤジットの悲劇

稀有な悲劇の王者


今回取り上げた人物は史上でも稀な形での最後を迎えます。
洋の東西を問わず、歴史上の人物や国家の興隆~衰亡にはいくつかの一定のパターンがあり、そう外れたケースでの推移は見られないと思っているのですが、この人の代でのオスマン・トルコは稀なサンプルと云える推移を見せました。




バヤジット1世 (1354~1403 1389年~オスマンの第4代)


(オスマンの興隆)
バヤジットは1354年、既にある程度拡大していたオスマンの君主ムラト1世の子として生まれます。
オスマン朝の起こりは、13世紀のモンゴルの拡大によって周辺遊牧民の玉突き移動が発生した流れの中の事でした。そのうち、中央アジアから移動してきたオグズ族の中の分家とも云えるオスマン部族は、当初はアナトリア地方(トルコ)の北西ソウト地方の小国でしかありませんでしたが、13世紀末の族長オスマン1世の登場により、次第に周辺部族や領主を支配下に置いて行きます。
こうして1326年頃までにはオスマン君侯国と呼ばれる中規模の国家が成立します。更に2代目のオルハンはビザンティン帝国の皇帝ヨハネス6世との同盟に成功し、その後オスマンの軍事力に頼るビザンティンの窮状にも付け込んで、バルカン半島北部のトラキアや小アジア半島のニケーア・ブルサといった諸地方をじわじわと侵食し始めます。また、コンスタンティノープルの至近、ダーダネルス海峡~マルマラ海の沿岸部に要塞を築いて影響力を拡大させてゆきます。
更にオスマンの拡大が決定的になるのが3代目のムラト1世の時代で、アドリアノーブル・マケドニア・ブルガリアなどを奪取し、更に精強で知られたイェニチェリ軍団の創設など、彼の代でいよいよ帝国と呼べる陣容が整ってきます。バヤジットが生まれたのは、正にそんな活力にあふれた拡大期のオスマンでした。またムラトの代で中央集権・行政管理も整備されてゆき、質実共に国力を固めてゆきました。
ところが、1389年のコソヴォの戦いにおいて、バヤジットの父ムラト1世は、セルビア王国を始めとしたバルカン諸国・周辺諸侯の連合軍を撃破しその優位を決定的にしますが、残念ながらムラトは終戦直後にセルビア人貴族によって暗殺されてしまいます。

(バヤジットの即位)
こうして既に35歳になっていたバヤジットが跡を継ぐ事になります。
ここまで優秀な君主を続けて輩出し、拡大基調に乗ってさぁこれから!といった感のあるオスマン帝国。しかもバヤジットは更に輪を掛けて優秀な軍人でした。
即位後のバヤジットは小アジア内の諸侯国をほぼ制圧し、更にセルビア・ボスニア・ブルガリアにとどめを刺します。また1391年にはコンスタンティノープルを包囲するまでになっていました。バヤジットのその豪気にして迅速な戦いぶりは 『稲妻・雷光王』 と恐れられ、遂に境を接することになったヨーロッパ諸侯は震撼します。特に隣国のハンガリー王ジギスムントの怖れは大きく、彼は西欧諸侯に救援を求めます。

(ニコポリスの戦い)
こうしてハンガリー王の要請に応じて参集した連合軍、主力はフランスのブルゴーニュ公ジャン率いるおよそ2万のブルグンド軍団に、ドイツ・イングランド・バルカン諸国と当然ハンガリー王ジギスムントの軍勢で構成された、もはや十字軍でした。またフランスの著名な元帥ブシコーもこの戦いに参加しています。
こうして1396年、ブルガリア北部ニコポリスの戦いで両軍は激突します。
この戦いで川を背負った形で布陣した十字軍は、左右からオスマンの騎兵団に撃破されてゆき、最後は中央のハンガリー王の陣も破られて敗走し、その豪気さで『無怖侯』と呼ばれたブルゴーニュ公ジャンすら捕虜に取られる完敗を喫することになります。
最終的にバルカン諸国はオスマンの勢力下に入り、バヤジットはイスラムのカリフからスルタンの称号を得ます。

(東方の英傑)
この頃、東方のイラン方面ではバヤジットにも負けない英傑が出現していました。
ティムール。
既にチャガタイ・ハン国、イラン高原、次いでバグダードを制圧していたティムールは、バヤジットの勢力拡大に恐怖していた小アジア東部の諸侯の要請に応じる形で西進を始めます。
こうして、バヤジットとティムール、この時代の軍事的天才同士の直接対決という史上でも屈指の戦いに発展してゆくことになりました。

(アンカラの戦い)

1402年、バヤジットとティムールの両軍はトルコ高原中央部のアンカラで激突します。
兵力はバヤジット軍12万、ティムール軍20万とも言われますが定かではありません。とにかく、この時代では僻地でしかないヨーロッパなどでは不可能な、大軍同士の決戦だったことは間違いなさそうです。しかも、双方共に興隆もしくは最盛期という活力溢れる時期での激突ですから大変なことでした。この戦いの推移ですが、バヤジット側に立てば残念ながら戦略段階から既にティムール優勢に進みます。まずコンスタンティノープル包囲軍を解いたバヤジットはティムールの進軍に合わせてアナトリアへ渡り、ティムールを迎撃しようとします。ところがティムールは目前で進路を南に変えて、機動力に優れた騎馬軍団の利点を生かして先にアンカラ北方に布陣します。歩兵主体のバヤジットは遅れて向かい合う形で到着しますが、途中で離脱が出るくらいに疲労感の大きい状態でした。数・機動力・士気に劣り、更に随伴した諸侯に裏切りが出て、それでもティムール相手に炎天下でほぼ丸一日戦い続けるバヤジットの軍はさすがですが、さしものバヤジットも最終的には後退を余儀なくされました。そして左に布陣した軍団の壊滅という局面でも近衛のイェニチェリ軍団は最後まで戦い続けますが最後には壊滅し、バヤジットも撤退途中で捕虜に取られてしまいます。
そして残念ながら翌年バヤジットは捕虜のまま死去し、オスマンは内紛もあって、一時的ですが滅亡と呼んでも良いくらいに停滞を余儀なくされます。




普通、興隆期の国家、それも英雄クラスの君主が率いた状態で直接外敵の侵入を受けて壊滅するというケースはめったに起こりません。逆に大国でも斜陽期であれば格下の軍に惨敗するというのはよくあるのです。そういう点ではこの時点では拡大期にいったん滅亡し、更に10年後に復活してより大帝国を築くオスマンは偉大ですが、そのオスマンを一度は挫折させたティムールの存在は驚くべきものがあります。
ですが、ティムールの死後急速に瓦解してゆくティムール帝国と、バヤジットの跡を継いで復興させたバヤジットの子メフメト1世・更に孫の代で遂にビザンティン帝国を滅亡させるオスマンは組織としての継続性に決定的な差が見られると思います。




おしまい。

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  1. 2006/10/08(日) 12:07:13|
  2. 大航海な人物伝
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

興隆期で滅亡する国家というのは本当に珍しい。
チンギスに滅ぼされたホラズムとかが当てはまるのかな?
パッと思いつくのはそれくらいですのお。
騎馬民族の圧倒的な戦闘能力をよくあらわすのが、ホラズムとオスマンの破壊かとおもわれます。
  1. 2006/10/08(日) 18:01:07 |
  2. URL |
  3. めけ #-
  4. [ 編集]

めけさん>>
たしかに共通するのは中央アジアの騎馬民族ですねぇ。
それも13~14世紀で火器がまだ登場してくる前の事って所でしょうか。騎射スタイルでなおかつ騎兵の構成率がやたら高いってのも他の民族の騎兵団と異なる所っぽいです。それと、ティムールの興隆と瓦解は騎馬民族に突如英傑が出た時のパターンに沿っていて納得ですが、モンゴルは形を変えつつ長いこと存続する辺りがちょっと毛並みが違うんで興味湧くところです。
  1. 2006/10/09(月) 15:51:46 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

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