打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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海賊さん?私掠さん?の歴史3

海賊さん 私掠さん あなたのスタイルどれですか? その3
   (アウトロー化していく私掠船)

※前回プライヴァティアPrivateerの紹介の冒頭で、「私掠船と海賊は区別されるものです」 とし、その定義・特徴として以下のように書きました。
(区別)
①私掠船=国家の承認を得て,敵対国に対して通商破壊活動に従事した武装商船。
②海賊 =いかなる国家の許可も得ず、無差別に海上で略奪行為を行う海の強盗。
③国家に所属する軍艦が行う場合は戦闘行為。
(Privateerの特徴)
①スポンサーの存在 ②忠誠心と愛国心・名誉といった傾向 ③プロテスタント対カトリック国という宗教面。


大体こんなところでしょうか。 今回は、海賊との境界が曖昧になっていく17世紀以降のカリブの海賊/私掠船について見てみます。

及びオレンジネームの皆さん、自分はどれだと思いますか?』


<その3:『バッカニア』Buccaneerとは>

同じ私掠でも 『バッカニア』Buccaneer とはどういった人たちだったのでしょうか?
「パイレーツ」と並んで非常に知られた言葉ではありますが、生まれていった経緯や特徴などは案外曖昧な気がしますので、順に見て生きたいと思います。

(プライヴァティアの存在意義の低下とバッカニアの誕生)
16世紀のイギリスなどは、当時の海軍強国スペイン・ポルトガルに手持ちの軍艦だけでは対抗できないため、民間の武装商船を「私掠船」として運用しました。 ところがドレイクやホーキンスといった代表的な私掠船長はその期待に大いに応えたものの、大多数の船長はもともと海賊行為と商船活動をごっちゃにしたような者たちの集団ですから、当初から独善的な行動を統制することが困難でした。(例えば、アルマダ海戦の様な国の存亡が掛かった時ですら、一部の私掠船長たちは他の民間船を襲うために離脱してしまうことがありました)

こうした状況の中で、17世紀を迎えるとヨーロッパ各国の軍事バランスは大きく変化していきます。
1588年のアルマダ海戦で一挙に海上の覇権がイギリス・オランダに移ったわけではありませんが、17世紀以降スペインは斜陽を迎えつつありました。一方イギリスやオランダは商業の発達を背景とした海軍力・造船力の増強により、大西洋・インド洋・東南アジアへと影響力を伸張させてゆきました。

イギリス・オランダに自前の海軍力が整ってゆく中で、大西洋から私掠船は徐々に締め出されてゆきます。その結果彼らの多くはカリブ海に逃げ込み、そこで生活を始めます。その中には植民地経営から逃げ出した現地人や犯罪者たちも合流してゆき、サントドミンゴ付近に徐々に集落そして根拠地が築かれていきました。バッカニアの有名な根拠地がトルトゥーガ島です。

西インド諸島地図03


(バッカニアの語源)
下の絵では肉を焼く海賊が描かれていますが、この肉を焼く木製の網のことを「ブカン」と言いました。つまり、バッカニアの語源の有力な説の一つが「ブカンで肉を焼く人」だったりします。彼らは単に私掠行為を生業としているだけでなく、猟銃で獲物を仕留め、燻製の肉料理を作り、大西洋を渡ってくるイギリス・オランダ・フランスの航海者に提供していました。そして引き換えとして武器・火薬・酒といった物資を手に入れていたのです。(バッカニアの中には自分達の事を「フィリバスター=自由に略奪する者/自由な冒険者くらいの意」と呼ぶ者もいました)

ブカンを焼くバッカニア
       (「ブカン」で肉を焼くバッカニア)

(海賊と私掠のはざまで)
本来私掠であればどこかの国の権威を認め、国王や総督の特許状を下付されるべきです。ですがそうした者だけでなく、単にオランダやイギリス政府から対スペインの通商破壊政策として武器弾薬や船舶の供給を受ける海賊も存在しました。かれらは各主要港に情報員を置き、スループ船やブリガンティンと言った高速船を用意して、出航したスペイン船に襲い掛かったりしていました。こうなると私掠と海賊行為の境界はどんどん無くなって来ます。唯一の共通項は「敵はスペイン船」なのですから。

バッカニア船
           (バッカニアの船)

一方、一部の有力な者の中には、イギリスやフランスの権威を認め、植民地化に協力する者も現れます。(根拠地を制圧されたバッカニア達は、1664年にフランスの権威を受け入れています)
この時代の有名な海賊のなかに「モーガン」や「ロロノア」の名前が登場してきます。
「ロロノア」は1666年にマラカイボに攻撃を加え、
「モーガン」は1670年にパナマを占領します。
※後にモーガンはイギリスに帰順し、なんとジャマイカの副総督としてカリブ海に赴任しています。


また長くなってきましたが、DOLにおいて(バッカニア)の船長になりきるにはどうすれば良いでしょうか。前回とも比較してやって見ます。

Buccaneerのあるべきスタイル
(なーにやってんだか、な)

さて次回は、「スター登場!」 でいってみます。
乞う、ご期待!
  1. 2006/05/07(日) 17:42:21|
  2. 歴史ネタ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

バッカニアといえば・・フランス国籍を想像するわたしはフランス国籍!!
  1. 2006/05/08(月) 01:12:25 |
  2. URL |
  3. めけ #-
  4. [ 編集]

めけさん>> お帰りなさい&商会どうぞよろしくお願いします。
私、スペイン商人なんですけど・・・・ 頼むから襲わないでね!
  1. 2006/05/08(月) 06:52:32 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

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