打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

海賊さん?私掠さん?の歴史5

地中海の海賊と周辺の国の話 その1

今まで大西洋を中心とした海賊/私掠活動について見てきましたが、それよりはるか以前から海賊行為が行われてきた、先進地域『地中海』についても考えてみたいと思っています。 古代地中海については、(海賊さん?私掠さん?の歴史1)で述べていますが、その後、中世~大航海時代にかけてはどうだったのでしょうか?


(海上政策の選択肢)
地中海世界はその地勢上、海上権の確保が不可欠ですので、海賊の活動も国家間のパワーバランスに大きく関係してきます。

対海賊の政策として考えられるのが、
①自力で海賊を掃討する。
②海賊を従属または協定させる。
③他国や傭兵の力を利用する。
④国家間で協定又は同盟を結ぶ。
⑤他国の通商破壊のため海賊を利用する。
⑥自国の勢力圏内のみで活動する。
⑦掃討も協定もせず、民間のことは民間任せ。

大きく分けるとこんな所でしょうか。(足りないかな)
まあ一般的な政略とほとんど同じで、海洋国家の場合はその後の戦略が違います。

このうち、
『①自力で海賊を掃討する』は、古代ローマのポンペイウスが行った方法です。
『②海賊を従属または協定する』というのは、オスマン帝国がバルバリア海賊とやっています。
『④国家間協定・⑤他国の妨害に利用』は、フランスとオスマンの間で成され、特に対イングランド・プロテスタント政策として行われました。

※『⑥自国の勢力圏内のみで活動』は、これやってたら貿易なんか出来ませんので完全に衰退します。
※『⑦民間のことは民間任せ』は、最低でも自国の圏内は保護しないと為政者としての人望を失います。 
以上の理由で⑥と⑦についての考察は取りあえず除外します。

②・④・⑤は関連性の高い政策なので、次回以降で見てみます。
さて、③も使った国のサンプルはと言うと・・・

ヴェネツィア でいってみよう!

(ヴェネと海賊)
さて、残った『③他国や傭兵の力を利用する』ですが、政略としてはちょっと情けないし、かなり問題があります。
マキャベリが『君主論』で述べていますが、君主の重要な役割は軍事であって、なおかつそれは自前の軍隊であるべきだと言います。(軍事は君主にしか出来ない事の最たるもので、傭兵はギリギリのところでは当てにならない戦力ですし、他国の力を借りる場合は前提として自国でもそれ以上の軍事力が無ければ付け込まれる元になります。)

強国に従属するしかない弱小国ならば分かりますが、これを他の政略と併用してやっていた地中海の有力都市国家があります。それが、「ヴェネツィア」や「ジェノヴァ」を主とするイタリアの都市国家群でした。地中海でヴェネツィアほどその時代時代で栄枯盛衰を味わった国はちょっと見当たりません。しかもそれが完全に不幸とは言い切れない、自国の政略の結果としてでした。

(ヴェネツィア前史の概略)
①古代ローマ時代は河口の浅瀬と小島に過ぎませんでした。
②ローマ衰退による蛮族の侵入といった戦乱の時代に、容易に攻め込まれない浅瀬の孤島に、避難民や政治的な敗者が逃げ込んで集落を形成し始めます。
③697年、東ローマの支配から脱して共和制統治を開始します。
④828年、アレキサンドリアから聖マルコの遺骸を運び出し、守護聖人に奉ることに。 (ドロボーさんか?ちがうよね)
⑤東ローマの影響のもと、アドリア海で勢力を伸張させる。またイスラムとは地勢上干渉しないので比較的良好な商業関係を築きます。
⑥1082年、東ローマの軍事的協力者として特権的な地位を得ます。(居留区の獲得・帝国内の主要港で関税なしでの交易)この特権によって東地中海へも勢力を拡大していきます。 

ここまでが非常に大雑把な流れですが、この辺から、ヴェネツィアのやってることは大局的にどうなのか微妙になってきます。
1204年、十字軍を使い、なんと東ローマ(ビザンツ帝国)の首都であるコンスタンティノープルを攻撃させ、これを陥落させます。戦後、ヴェネツィアはクレタ島やコンスタンティノープルの一部を奪い拠点を築きます。(この頃からが絶頂期でしょうか)

※東ローマの対イタリア政策の転換や帝国内部からの手引きもありましたが、今まで特権を許されていた国へ攻撃し、弱体化させるというのは、どうなんでしょう。

1204コンスタティノープル陥落
      (コンスタンティノープルの陥落)

1350年以降、シチリア島やマルタ島を根拠地とした海賊が勢力を拡大し、ヴェネツィアやジェノヴァの商船に大きな被害が出てきます。ヴェネチアは自国の戦力で海賊討伐を行いますが大きな成果は上がってきませんでした。
1453年、コンスタンティノープルがオスマンの包囲の末に陥落し、東ローマが滅亡します。
この結果かどうか、15~16世紀以降、ヴェネツィアは少しずつ衰退します。これは、それまで東ローマという大国の傘の元で発展してきたのが、その滅亡によって地中海のパワーバランスが崩れたためといえるかも知れません。

ヴェネチア武装商船
  (ヴェネチアの武装商船) ↑これじゃ人多すぎダロ

16世紀には、海賊による
ヴェネツィア商船の被害が25~30%にも及び、保険料もハネ上がっていきます。
原因としては、1571年のレパントの海戦の後、スペインは対イギリス、オスマンは対ペルシャという当時の2大国がそれぞれ地中海以外で敵を抱えたことにより、地中海での治安が非常に悪化した為でしょうか。

ここで
ヴェネツィアがとった対応が、決定的に事態を悪化させます。
まず、
ヴェネツィアが友好関係を結んだのがオスマンでした。オスマンの力を借りて交易の安全を確保しようとしたのです。
しかしオスマンは西の神聖ローマ帝国と完全に利害対立する存在です。
この結果、神聖ローマ帝国はアドリア海のウスコク海賊に援助を行い、
ヴェネツィア商船に更に大きな被害をもたらしました。
手詰まりとなったヴェネチアが海賊対策に用いたのはイギリス・オランダの傭兵達でした。
ですが劣勢な者を本気で助ける程、古来より傭兵とは頼りになる存在ではありません。

結局
ヴェネツィアは神聖ローマ帝国と政治的に和解しますが、地中海での地位はハッキリと低下してしまいました。そして、大航海時代の後に世界の交易が大西洋・インド洋に移る中、ヴェネツィアは世界史の第一線から消えてゆくことになります。

※但し、商業国としてのヴェネツィアは、経済史に大きな足跡を残します。現在の商取引・会計でも基本となる『銀行』・『為替』・『複式簿記』・『保険機構』は14~15世紀のヴェネツィアを中心とした北イタリアで生まれました。また、最高の純度を誇ったドゥカート金貨は、現在のドルのような『基軸通貨』として長く地中海に君臨していました。

(とりあえず今回はここまで)   ※「ツィ」を一発で打つにはどうすればいいか最後まで分からなかった。
  1. 2006/05/11(木) 23:47:12|
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  1. 2006/05/12(金) 17:13:55 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集]

銀河さん>>
なんも面白みのないマニアックな記事でよければ、どうぞどうぞ、自由に取り上げて下さい。
  1. 2006/05/13(土) 07:07:27 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

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