打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

古代ローマと東南アジア??

どー考えても関係なさげですが・・・

そうとも言えない記録が更に別なところで残ってたりすることもあります。
今回はそんな、信憑性がありそでなさそな昔話をひとつ。
古代ローマ帝国の五賢帝時代の最後の一人といえば、哲人皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス。この人と思われる人物の事績が遠く離れた中国でも記されていて、しかもその舞台は東南アジアだったりして。
その名が『大秦国皇帝 安敦』 (この辺は世界史ででたしょ、アントンw) 
彼が記載された書物、後漢書・西域伝の大秦国伝・巻78ですが、ここには安敦(アントニヌス)が派遣した使者が当時後漢の従属国だった日南郡(ヴェトナムあたり)に到着して、
貢納品をもたらした事が記されているそうです。
つまりインド洋~マラッカ海峡を渡ってローマの使者がはるばる到着したのでしょうが、その際に象牙・タイマイ・犀角をもたらしたらしいと記録されています。
(ただ、その辺で入手できるものを貢納??って、間違いだかなんだか良く分かりませんね)
ここではローマの商人若しくは使節が遥か東南アジアを廻って漢との直接交易を望んだ大きな理由についても書かれていて、当時地中海>インド>中国と続く陸上・海上ともに交易路が成立して大きな利益を上げられるにもかかわらず、この通商路を最大のライバルだったパルティアが妨害したため、生糸や絹織物など、ローマ人にとってもっとも貴重な輸入品が中間収奪を受けたからだと考察しています。
確かにローマにとっては漢との直接交易が実現すれば利益率も安全性も全然違うでしょうが、
パルティアにとっては交易上でも外交上でも東西の大国が繋がるのを防ぐのは当然かもしれませんね。
いずれにしても、既にこの頃から生糸と絹織物はローマ人垂涎の交易品な訳で、1400年後を舞台とするこの世界でも☆に群がるヨーロッパ人というのはなんとなく分かる構図です^^
そういえば、ヤーディン(今のヴェトナム_ホーチミン市のあたり?)でも生糸出たんだったな・・・。



おしまい。

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  1. 2006/12/20(水) 23:15:16|
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