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インド洋~東南アジアの交易船 その2

超大型ジャンクとダウの邂逅

前回インド洋を代表する交易船としてダウを取り上げてみました。
今回はその東、中国から東南アジアを席巻したもう一つのロングセラー船、ジャンクについて見てみたいと思います。この船、恐ろしく長く使われている点においてはダウといい勝負で、長江の中流~下流域辺りの漁船では現在も当然のように使う人もいます。また一方では歴史のトピックとなる事件・事跡にも登場し、交易船はもとより海賊船や鄭和の長距離航海用まで、基本設計はそのままに大きさもバラバラに作れてしまう万能船といってよい存在でした。
ただまあ、西洋人が一括りに 『ジャンク』 と呼んでるだけでもう少し分類出来るのかもしれないので、そこら辺はその分類の影響受けている私たちなども見直すべきなのかも知れません。
基本的な特徴を見る前に、ちょっとジャンク船の資料を見つけましたので、これを見つつ進めます。

ジャンク01
(外洋交易用の中型ジャンク) この形だとせいぜい100~150トン前後の中型でしょうか?

【ジャンク船の特徴】
ジャンクの基本構造の特徴は、やっぱり帆と船体に集約されるでしょうか。
マルコ・ポーロの東方見聞録にもその記述があり、
①船体の材質は松orモミの木で甲板は中型が一層・大型が二層船体だったとあります。
②船体は12~60の隔壁に区切られて浸水に備える構造をしていたといいます。
③船底は竜骨はありますが平底です。
※ここらがジャンクの最大の特徴といっていいかも知れません。
④マストは3本でこれに補助マストが+1~2本あり、更に4人櫂が備えられていたようです。
⑤帆は横帆の一種ですが、帆桁の材質が竹+添え木。帆は粗い木綿で作られています。

これはイブン・バトゥータ(1304-1368年)の『三大陸周遊記』にも記述があり、カリカットに入港した中国のジャンク船隊の模様を残しています。それによると船は3種類に分類され、大型のものから順に 『ジャンク』・『ザウ』・『カカム』 と呼ばれていたそうです。その中でも最大のものは船員1000人・4層甲板だったと言いますから、これはもう14世紀の中頃には超大型ジャンクがインド洋に到達していた事になります。
こうした報告でも分かる通り、15世紀中盤までの中国は世界でも屈指の造船大国で、特にザイトンは世界でも有数の外洋船を建造できる造船都市でした。なにせ試算では超大型ジャンクの大きさは1000トンを軽く超えていたと言う研究者もいるくらいで、平底の船がそんなに大きく出来るのか謎ですが、実際にインドに到達して複数の記述が残っているのですから、1000トンはともかく数百トン級の船が存在していた事は間違いなさそうです。(5000トンとかいうムチャクチャな記述もあるけどね・・・)
※ちなみに、ネルソン提督の旗艦で100門以上搭載の戦列艦ヴィクトリー号は3556トンで、
現在の大航海時代Onlineで作れる戦列艦だと2000トン前後って所でしょうか。

【ダウとジャンクの交易センター】
さて長くなってきましたが、ここで注目なのが、インド洋のダウと中国のジャンクの交易圏がどこで交わるかと言う点です。東南アジア辺りでは完全に2つの交易圏の船、つまりダウとジャンクが入り乱れて活動しているのですが、交易上の中継点で見るとインド南部の港町クーロン(DOLだとコチンの少し南)と、中国で『三仏斉』と呼んだシュリヴィジャヤ王国の中心地パレンバンが、双方の積荷を換える中継港となっていました。特にクーロン港はダウ交易圏とジャンク交易圏の邂逅点で、ここではそれこそ世界中の通貨と荷物が行き交う交易センターとなっていました。

【海賊の武装ジャンク】
ここで余談ですが海賊のジャンクについても簡単に触れておきます。
(そのうち海賊特集組んだ時にでもまとめて書きたいと思っていますが)
でもまあ、海賊も交易船も基本的には同じジャンクw 
ですが商船を転用した中型船はともかく大型の海賊船は大きく方向性が変わってきます。
まず、外洋も航行できる 『ヤン・チュアン』 と呼ばれる大型の海賊ジャンクともなると、大砲20~30門・搭載人員300~400人といいますからかなりのものです。これが18世紀末~19世紀初頭になると大砲62門搭載なんていう重武装の大型ジャンクが登場してきますので、後にフランスやイギリスと戦った時の艦隊はこの位はあったかもしれません。
更に少し中型の 『ハイ・チュアン』 と呼ばれるものでは長さ12m・幅4m・砲12~25門・搭載可能人員は200人前後で、このクラスでもヨーロッパだとスクーナーやブリッグと互角の対艦性能を持っていました。まあ、だいたい150~200トン級の船ですね。といっても大航海時代前半のポルトガル船は50~100トンあるかないかですから、15世紀の西ヨーロッパに持ってきたら大型船ですねえ。
もっと小型の河川用ジャンクもあるのですが、これは手漕ぎ兼用のボートとの中間みたいな船で、それでもだいたい20~80人は搭載できました。
18世紀の中国南部では海賊衆がいくつかの集団で連合を成し、大型~中型だけでも600~800隻の海賊船を保有するなど、恐るべき武力を持っていました。

東南アジア海域がもう少し追加されたら、ジャンクNPC海賊が出現したり、
造船で超大型ジャンクが作れるようになるのでしょうかねえ。。。


おしまい。

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  1. 2006/12/24(日) 10:29:38|
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