打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

オランダ対イギリスの時代へ その1

災い転じて福となす?

今週から冒険者に転じたのですが、なかなか記事で紹介するほどのクエをやっておらず、
おまけに昨日は突発的に機動型ガンボート作りの手伝いなどしていました。
という事でこないだまで書いていた東南アジアの勢力争いについてもう少し書き進めてみます。

17世紀の前半にはポルトガルの勢力をほぼ駆逐する事に成功したオランダですが、この地にはまだ新興勢力と呼べる国の影響が迫りつつありました。
そう、イギリスですね。ちょっとこの国の東南アジアにおける動きを見てみます。
16世紀の時点では2流国でしかなかったイギリスですが、17世紀になるとスペインとの海戦の勝利を象徴として次第に世界各地で影響力を強めていくようになってきます。
ところで16~17世紀のイギリスの探検といえば北方航路(北西航路と北東航路)の開発というのがあったことは良く知られていますね。これはスペインやポルトガルの勢力範囲を通らず直接アジアに行こうという試みなのですが、17世紀になってこれが実質不可能な事が判明してくると、東回り航路の開発によるアジアでの勢力拡大がテーマとなってきます。
(ちなみに、1553~54年に北東航路に挑戦してロシアまで行ったチャンセラー氏は、大航海時代Onlineでロンドンにいるジョン・ディーさんの知り合いだったりします)

1591年、アルマダ海戦にも参加したレイモンドとランカスターの率いる船隊がケープ回りでアジアに向けて出港します。不幸なことに途中で嵐に遭ってレイモンドは遭難したものの、残るランカスター提督はなんとかセイロンにたどり着き、そこから更に東に向かってベナン島に到達します。この最初の探検航海では目ぼしい交易品を積んでいなかった為、ここでポルトガル商船を襲うなどで一定の成果を挙げたランカスターの船隊はなんとか帰国します。

更に色んな船隊が派遣されてやたら苦労をしつつも、その一方で1600年にはイギリス東インド会社が設立されるなど次第に体勢が整ってきます。その後初の東インド会社の船隊が出港するのですが、この時の司令官は経験を買われてランカスターが就任していました。
1601年に出港したランカスターはジャワ島のバンタム港に着き、ここに東南アジアにおける最初のイギリス商館を設置することに成功します。その後1610年代までに10数回の船隊が派遣されることになり、着実に成果を残しつつあったイギリスの活動ですが、ここでその後の進路に重大な影響を与える事件が勃発します。

1623年、アンボイナ島に駐在するイギリスの商館がオランダ側の襲撃を受け、
イギリス人10名をはじめ日本人9名・ポルトガル人1名とともに殺害される、
いわゆる 『アンボイナ事件』 の発生でした。
それまでにもオランダとイギリスは香料貿易の権益を巡って激しく争っていて、1619年に協定が結ばれてなんとか事態を収拾しようとしますが現地ではこれに従わず、一触即発の状態となっていた矢先の出来事でした。それにしてもこの事件には日本人の傭兵が深く関わっているあたり、世界の歴史に日本人が登場してくる一つの先例なのでしょうか。
ともあれこの事件を契機としてイギリスの東南アジアでの勢力はバンタムなどの一部の商館での香料の取扱いを残してほぼ撤退し、それまで交易品が比較的大陸向けだったこともあってインドに重心が移ってゆくことになります。
これは、この地域では香料に貿易の主眼が置かれていたオランダとはあまり利害衝突するものではなかったので、この点で両者は別々の方向で成長してゆくこととなりました。
まあ、事件として発生はしましたが、この時点でのオランダの造船・海運力は世界中でイギリスを圧倒していましたので結果としては順当なのかもしれません。
更にその後の結果は皮肉なものでしたが・・・。
 (まあ、単に交易品を買付けして売るだけじゃ成長ないですからねえ。)


ここまで書いてくると、次回以降のこの関連記事は、インドでのイギリスの成功と、
遂に対決する事になるイギリスとオランダについて書いてゆくことになるのでしょうか。。。
なんだか教科書みたいな切り口はいやなので、ここはちょいと工夫がいるかも。


おしまい。

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  1. 2007/01/11(木) 10:16:43|
  2. 歴史ネタ
  3. | トラックバック:0
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コメント

イングランドは、進出時期に恵まれ、オランダとの敗戦によって結果的にさらなる利益と権益を手にすることになるんだよねー。
世界の列強になるには、かなりの運が必要ですのお。
中世のフランス、ローマもそうだったように・・。
  1. 2007/01/11(木) 13:02:20 |
  2. URL |
  3. めけ #-
  4. [ 編集]

めけさん>>
イングランドにとっては目の前にいい教師がいたという所なんでしょうかねえ。しかもその前にいた競争相手をある程度蹴落としてくれていますしw
ただ、いずれにしても相手のいい所を取り込む柔軟さや前向きさがあって初めて時運にも恵まれた好例かなって気がします。(理不尽に成功しちゃう場合も多いけど)


東南アジアの動きから何となしで書き始めたこのシリーズですけど、書く方も面白いようでどうやら結構続く気配です・・・。
  1. 2007/01/12(金) 12:04:45 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

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