打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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ダービーのお話。

今週は日本ダービー(東京優駿)が行われますね。

最近クラシック路線をほとんど追いかけていないので今年がどうなっているのかさっぱりです。
今回は日本でのことでなく、本家イギリスでの 『The Derby Stakes』 について。

ダービー(Derby)が、もともと地名なのはご存知の方もいると思います。
ブリテン島のど真ん中にあるこの地は、15世紀にはここの古い貴族だったスタンリー家が薔薇戦争時に功績を立てて伯爵家として立ったとされ、現在ではロールスロイスの本拠地としても知られる所です。
スタンリー家が伯爵位を得た1485年といえば、これはもう大航海時代の黄金期。
ディオゴ・カンがナミビア(アフリカ南西岸のカリビブのある国)に到達した年で、更にバルトロメウ・ディアスがアフリカ探検に出る2年前に当たりますね。

さて、現在まで19代を数えるダービー卿ですが、競馬の世界だけでなく軍人・政治家としても代々大物を輩出してきていることでも知られた家です。近世以降だと、ランカシャー州の総督だった11代ダービー卿は、エドワード殿下の配下が亡命していたスコットランドから侵攻してきたときには民兵を率いてボロボロになりながら当地を守った人ですし、14代では首相、15代は外相、16代がカナダ総督と続き、17代では陸相・海相を歴任した後にチャーチル卿の政権下でも戦時担当大臣になり世界大戦を乗り切っています。しかもこの17代ダービー卿は名馬ハイペリオンの馬主としても知られる名馬産家の一人ですね。(この話はいつか書きたいかも)
そして現在の19代ダービー卿はというと、昨年に所有馬のヴィジャボードをジャパンカップに参戦させたときに来日し、3着に入ってすごく大喜びしている姿が撮られていましたね^^


さて競馬の本家ダービーが最初に行われたのは1780年5月4日。
まだカントリー競馬場でしかなかったロンドン南部近郊にあるエプサムで行われます。
この当時はまだ短距離の1回勝負というのは珍しく、数マイルもの長距離でしかもヒート競争(数回走って勝った回数で優劣を決める方式)が多く、中央に当たるニューマーケットのジョッキークラブで1回勝負が行われだした時代でした。

前年に3歳牝馬による1回勝負のレースとしてオークスを開いて成功させていた第12代ダービー卿は、この3歳牡馬レースもぜひ成功させたいと思ったのでしょう。ダービー卿は、当初レースの冠名にジョッキークラブの会長だったバンバリー卿の名を付けてもらうように要請します。一方でバンバリー卿はまだ良くわからない草レースに自分の名が使われるのを好まない意向もあって(とはいえ既に政界で無視できない存在だったダービー卿の申し出を断るのも問題があって)、最終的にコイントスで決めることなり、結局ダービー卿自身の名が使われることになりました。
 『ダービー』 が後にいろんな競争の代名詞として使われるようになったことから考えると、
この時のコインの表裏は実に重要なものだったのですね^^

そんなこんなで行われた第一回ダービー。
ダービー卿が声を掛けまくったおかげか実際に出走してきたのは9頭なものの、登録数は36頭も集まり、その中にはバンバリー卿の持ち馬で評判の高かったダイオメドの名もありました。レースの途中は記録に残っていないのですが、結果はダイオメドが優勝し、第一回ダービーの勝ち馬として歴史に名を刻むこととなりました。
このダイオメド、血統表をみると時代を感じさせるものがあり、父の父がヘロド、母の母はゴドルフィン・アラビアンとフライングチルダーズの孫に当たるという素晴らしい馬でした。
この3頭は調べればすぐに出てくるくらいの重要な馬たちですね。

特に3大根幹馬ヘロドの子孫はトゥルビヨンを通して後に日本に渡って大成功し、
シンボリルドルフ→トウカイテイオーやメジロマックイーンが出現するなど、
世界でも希少な血を受け継いでいます。


その後、ダイオメドは成績不振もあってアメリカに渡って種牡馬となります。
しかも超安値で。
ところがこの子孫たちから、アメリカンエクリップスやレキシントンなど、後のアメリカ競馬史に重要な足跡を残す馬たちが生まれてくるのですから、なんというか人生万事塞翁が馬というのを地でいくというべきなのでしょうか・・。

(ほとんどDOLと関係ない内容ですまんです)


おしまい。

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  1. 2007/05/23(水) 11:44:46|
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