打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

イングランド海軍黄金期の汚点

カリブで行われていたN鯖の大海戦。

視点を変えれば現在この海域には膨大な数の戦列艦・フリゲート艦・その他小艦艇が終結しているわけで、 実際に戦列艦の時代にあれだけの規模で海戦やったらどう考えてもイスパニアに勝ち目はないのですが(対抗できるのはむしろフランス艦隊が主体かも)、この世界では全く逆の結果が出てしまったようです。

今回は、イングランドがカリブ方面へ勢力を伸ばしに掛かった18世紀初頭、
ちょうど300年前のある艦隊内での出来事をちょっと見てみます。

17世紀末~18世紀初頭、時代は名誉革命後のスペイン継承戦争のさなかで、当時のイングランド王はオランダのオラニエ家のウィリアム3世と、その後に続くアン女王の頃でした。
この、自身が優れた戦略家であった王のもと、外交面も含めたスペイン継承戦争の実質的な勝利だけでなく、ジブラルタルの奪取と周辺の確保などをはじめ、この時期のイングランドは後世にまで及ぶ業績を残します。
この頃、王の戦略を支える政戦両略の大黒柱にはゴドルフィン伯とマールバラ伯チャーチルという巨頭がおり、特にマールバラは軍の総司令官としてその偉大な才を存分に発揮し、後に公爵家を起こす程の功績を立てました。残念ながら王家の完全な信頼を得ることが無かったのか、マールバラ公は後に失脚してしまうのですが、歴史家たちからは今でも絶大な評価を受ける一人です。これは余談ですが、マールバラ公の血を引く者の中には首相として第二次世界大戦を乗り 切ったあの サー・ウィンストン・チャーチル卿や、先年亡くなったダイアナ元皇太子妃など、現代まで影響を及ぼす人物が出ていますね。


(西カリブ海の海戦)
さて、前置きが長くなりましたが、スペイン・フランスとの戦いにおいてウィリアム3世が目をつけていた戦略上の要地に、カリブ海の南岸マラカイボの西にあ るカルタへナという町がありました。カルタヘナはもともとカルタゴのバルカ家が『新カルタゴ』という意味で建設したスペイン南部にある町の名ですが、コロンビアにも同じ名を持つ街が存在します。
ここは新大陸の銀を積み出す重要港で、現代でも人口100万を数える大都市ですね。つまり戦争を継続する資金を根源から絶つ戦略で、ここにイングランド海軍はベンボウ中将率いる10隻の艦隊を派遣します。

1702年8月、ベンボウ提督率いる7隻のイングランド艦隊とドゥ・カス伯率いる6隻のフランス艦隊がマラカイボの西300kmほどの所にあるサンタマルタという町の沖合いで遭遇し、海戦となります。戦いは3日に及ぶ激戦で、ベンボウ提督自身も右足を負傷しながらも戦い続けたのでした。
ところが、イングランド艦隊のうち実際に戦闘に参加していたのは旗艦を含む2隻だけで、あとの5隻は離れたところからの散発的な砲撃をするのみでまともに参戦しません。
それでも長時間にわたる砲撃の末にフランスの艦隊は戦意を喪失して離脱を図る所まで行くのですが、ここで追撃を命じたベンボウ提督の命に対して海戦に参加しなかった5人の艦長はこれを拒否し、遂にベンボウ提督は追撃を断念してジャマイカに帰投を余儀なくされました。

当然ながら、この事件は軍法会議になり、5人の艦長のうち2名が銃殺、1名は禁固刑、そして2名が停職処分となりました。しかもベンボウ提督自身は負傷し た右足を切断した後に翌年亡くなってしまうという、これはイングランドの海軍史上でも屈指の不名誉な事件となってしまったのでした。
この話にはある背景があったとされています。
この時、最も強硬に追撃戦を拒否した艦長との間にどんな関係があったのかは不明ですが、どう考えてもそれ以前からうまく行ってなかったことは予想できますね。で、その理由の一つにはベンボウ提督自身の生い立ちが影響していたんじゃないかと云われています。
ベンボウ提督は元々皮なめし職人の家に生まれた水兵の出身で、一からの叩き上げで中将にまで出世した偉大な人物なのですが、こういう身分階層を出身とする上官に上流階級出身の艦長たちがどれだけ協力的に任務に就いてくれたかはちょっと疑問がある、というところなのでしょうか。
階級社会でありながらも、ちゃんと実力主義な部分も導入していたイングランド海軍ではありますが、末端まで同じ思いだったかというとまだまだ未成熟な部分も残していた、そんな時代の一幕だったかとも思います。それにしても、水兵から中将にまで上がるなんてのは、小説のトマス・キッドじゃないですが中々できることじゃないですよね。
(そういえばキッドは元カツラ職人という設定だったけど似てるかも^^)

※追記
後にベンボウ提督の名はイギリスの戦艦の名前となって度々使われることになります。
http://bravebenbow.tripod.com/id17.html 
上のURLには歴代のベンボウ号の資料がありますのでぜひどうぞ。
有名なところでは第一次大戦後のワシントン軍縮会議で廃艦となった戦艦ベンボウ号、更に帆船小説ファンではリチャード・ボライソーの乗艦だった戦列艦ベンボウ号なんかは記憶にあるんじゃないでしょうか。



おしまい。

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