打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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蒼き狼の末裔たち その4

西に行った蒼き狼たち-3

さて、プレステ・ジョアンのイベントを機会にモンゴルについて記述していたらいつの間にかもう4回目。イベント自体はひっそりと終了していますが、このシリーズはのんびり書いてる関係でここら辺からが本番かも。そう、いよいよDOL世界に関係する地域の話となってきます。
ところで、ふだんは門外漢なジャンルのことを書いてるため、自宅にある資料はもちろん書店などでもモンゴル関係や中東の資料をあちこち当たるのですが、家の奥から資料引っ張り出したついでに『蒼き狼と白き雌鹿Ⅳ』も出てきちゃいまして(しかもパワーアップキット付で)、もう遊びたくなっちゃって困る困るw
個人的にはあれ、コーエー作品の中でもベスト5に入る名作と評価しているもので・・。
どうも脱線気味なのでそろそろ本編へ~。


(大遠征)
1218年にホラズム・シャー朝へのモンゴルの使節が襲われたことを機に両国の関係は一気に緊張化し、チンギス・ハーン以下の主だった将兵は直ちに準備に掛かります。後に元朝秘史で『四狗』・『四駿』と言われた主な将帥たちも、金国遠征の司令官だった『四駿』の名将ムカリを残したものの、まだ健在だったジェベ・スブタイ・クビライやボオルチュも参戦するなど、金国への遠征軍を除くほぼモンゴルの全軍が投入されます。特にジェベとスブタイの両将軍は、結局ホラズムどころか遠くヨーロッパにまで侵攻する事になるのですが、この時点では誰もそこまでは予想していなかったでしょう。

※さすがにスケールがでかくなってきたので地図を作ってみました。
色々違う部分もあるでしょうが、白地図から書き込んだ部分は自作なんでお許しを^^);
モンゴル勢力図01
(13世紀初頭のユーラシア大陸)

こうして1219年、早くもモンゴル軍はアジアの果てまで続く西への大遠征を敢行します。
この時当然ながら以前から西部・北部方面の平定を担当していた長子ジュチも主力として期待され、右翼の司令官として参加したのでした。しかも彼が最初の目標としたのは、戦役の発端となったオトラルの攻略だったのです。ですがまあ、既にモンゴルでも有数の武将に育っていたジュチは弟らと共にあっさりここを攻略します。その後ジェベ・スブタイらモンゴル軍の将兵も更に軍を進め、多少手こずったり揉めた場面もあったようですがサマルカンド・ブハラ・更にウルゲンチといったこの地方の最重要都市をも次々落として、なんとホラズムは2年足らずでほぼ壊滅してしまいます。

それにしても、壊滅したホラズムとて決して弱い国だったとは思えません。
それどころか周辺との比較で言えば、1210~20年当時のホラズムは中央アジアから中東にかけては最も勢いのあった国でしょう。その興隆期の、しかもそれなりに英明な君主が治める国をわずか2・3年で壊滅させてしまったモンゴルの破壊力は、ちょっと歴史上ほかに類を見ないものだったかもしれません。また、『ホラズムの急速な瓦解は君主ムハンマドが無能だったから』とか書かれる事があるのですが、彼の時代に東ではゴール朝を攻略してアフガニスタン方面を支配下にし、西はアッバース朝を侵略してイランどころかカフカス方面まで勢力を伸ばし、更に北はカラ・キタイを圧迫してホラズムの勢力を最大版図まで拡げているのですから、これはちょっと疑問です。

(諦めの悪いホラズムの息子)
ところで、対ホラズム戦はまだ終わっていなかったのです。
この時のホラズムのスルタンだったムハンマドは主要都市が落とされても西へと逃げに逃げて、んでもって最後はカスピ海の海上まで逃げてそこで病死するのですが、彼には更に輪をかけて諦めの悪い息子が居たのですねw
この息子の名はジャラール・ウッディーン。(長いので以下ジャラールで記述)
彼は後を継いでホラズムの第8代スルタンとなると、勢力下に置いていたアフガニスタン方面まで逃げてそこで兵を集め、追討してきたモンゴル軍の先遣隊を迎え撃ってこれを破ります。
これを聞いたチンギス・ハーンは自ら本軍を率いてアフガンへ侵攻し、ジャラールの軍を次々と破って遂に彼をインダス川まで追い詰めます。ここで決戦を挑んだジャラールですが衆寡敵せず敗北し、遂にジャラールも最後のときを・・・迎えません。
だって諦めの悪い男ですからw
ここでジャラールはなんと残った側近と共に騎馬で濁流渦巻くインダス川に乗り入れ、
流されながらも渡り切ってインドへ逃げ延びたのでした。
元来勇気あるものには敵でも敬意を払う草原の民モンゴル人たちですから、この時のジャラールが見せたあまりの見事な逃げっぷりに感嘆したチンギス・ハーンが彼を褒めた話は結構有名ですよね。その後、ジャラールはインドからイラン方面へ渡り、再度そこで兵を挙げ、またしても撃破されて→逃げて→再起・・・を繰り返し、どんどん西へ逃げては再起してを続けてゆきます。最終的にジャラールはイランからカフカス地方を経由してトルコまで逃げ、残念ながらそこで命を落とすのですが、モンゴル相手にそこまで戦い続けた男はちょっといません。
普通なら降伏せずに抵抗するものは最初の一撃でほぼやられるのですからねえ・・・。

(西へ西へ)
さて、思いのほかに時間をとられたモンゴル軍ですが、ここで再編成を行います。
まず、ムハンマドとジャラールを追っていたジェベとスブタイの両将軍が率いる左翼軍。
サマルカンド→イラン→イラク→カフカス南部と来て、ここで遂に黒海とカスピ海の間を東西に伸びるカフカス(コーカサス)山脈を越えて、黒海の北側にあるキエフ大公国領へ侵入します。そしてここはもう東ヨーロッパの一角と呼ぶべき地方になる訳ですが、迎え撃ったキエフ始めルーシの諸侯軍と平原地帯で激突し、これを破ります。更に西へと進路をとって東ヨーロッパの中央部まで迫った事もあり、当初イスラムを破って進軍する東方のキリスト教国かと期待していたヨーロッパ諸国を恐怖の底に叩き込みます。
そしてチンギスの長子ジュチらの右翼軍。
ホラズム諸都市の攻略後に、今のカザフスタンに当たるバルハシ湖~アラル海~カスピ海の北側へと広がる中央アジアの草原地帯を『切り取り次第に』与えられたこともあって、ジュチの軍は北西方面へと進みます。そして瞬く間に広大な草原地帯を制覇して行き、後にキプチャク・ハン国の土台となるカスピ海北部を支配下に置くことに成功します。最終的にはこれもヨーロッパ圏のルーシ諸侯国へとぶつかるのですが、ここでジュチの身に重大な問題が発生します。

(発病)
若くして父チンギスのもとで経験を積み、いつしかモンゴル屈指の武将に成長して一軍を任されていたジュチですが、中央アジア西部への遠征途上で発病し、実質動けなくなってしまいます。その後、帰還を命じても従わなかったと誤解?した父チンギスは怒り、反逆を疑われて追討軍を起こされる手前まで行ったようで、そこにはジュチの微妙な出生の経緯も影響していたのかもしれません。
そして残念ながら反逆でも何でもなく、この騒動は遠く西域から知らされたジュチ急死の報をもって沈静化します。長男が自分より先に死んだことを知ったチンギスの落胆ぶりは想像する他ありませんが。


幸いと言うか、早世したジュチのもとには跡を継ぐべき息子たちが育っていました。
ジュチのもとには諸子も入れて数十人の子がいたとされており、
しかも中には偉大な父にも劣らないモンゴル史上でも屈指の武将がいたのです。
ヨーロッパ史から見れば全然ちがう視点なのでしょうが・・・。



おしまい。

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 ぽちっとどーぞ!
  1. 2007/07/11(水) 22:17:39|
  2. 蒼き狼の末裔たち
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5
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コメント

ホラズムは史上稀有な国家だよね。
内部的活力を失って滅亡というパターンでなく、純粋に外部から壊滅させられた国。
このことから、チンギスとモンゴルのすごさがわかるかなあと。
後にも先にもホラズムとティムールが一時的に壊滅させたオスマンのみがこのケースですよね。
  1. 2007/07/11(水) 23:13:31 |
  2. URL |
  3. めけ #-
  4. [ 編集]

いつも楽しく読ませていただいています
私は乙鯖の人間なのでお会いできないのが残念ですが
これからも面白い歴史ネタをきたいしてますー^^
ではーノシ
  1. 2007/07/13(金) 00:54:43 |
  2. URL |
  3. アーチャー. #-
  4. [ 編集]

めけさん>>
どうも最近思ってることで、モンゴル系民族の見せた歴史の常識を覆す力については、単純にモンゴル騎兵が戦闘力や移動力・組織形態に優れていた、とか言う表面的な部分だけのレベルの話じゃないようなものを感じています。それが何なのかの見解の一つは今後書いていければいいかなと思うんだけど表現するのがちょっとしづらい・・。


アーチャー.さん>>
コメントありがとうございます、乙鯖の方なのですね。他鯖へはごくたまにキャラ作って遊びに行くくらいなのですが、打倒ブログは歴史ネタ以外にも鯖関係ないこと書いてることが多いですから、今後ともどうぞ宜しくです^^
  1. 2007/07/13(金) 07:04:29 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

ハミルさん>>
わたしも書くかもしれないけど、主観的な見解としては、
1、絶対的な戦闘力
2、他の文化圏とかかわりがなかった。(無知であった)
この二つの要因が強いのかなと。
2について書くとなると長い文章がいりそうだー。
  1. 2007/07/18(水) 11:48:19 |
  2. URL |
  3. めけ #-
  4. [ 編集]

めけさん>>
取りあえず1は次回以降にちょっと書く予定ですー。
なんといっても軍としての機能の仕方が明らかに他国と違いますからねえ。
  1. 2007/07/21(土) 06:37:39 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

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