打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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蒼き狼の末裔たち その5

西に行った蒼き狼たち-4

前回はチンギスの西征で中東から東ヨーロッパの入り口まで席巻した武将たちを見ました。
この時の遠征は、右翼軍を担当していたチンギスの長子ジュチの早世と、先に帰国して1227年に西夏の攻略中だったチンギスが死去することで、残留していた将たちも一時撤収する事となります。ですが、もちろん終わったわけではありません。

その後、跡を継いでモンゴルの大ハーンとなったのは3男のオゴデイでした。
オゴデイは比較的に温厚な性格だったようで親族・部将らの信望も厚く、厳格な兄チャガタイとも仲が良かったと伝えられています。(一方で酒色も同時に好む辺りは大人物っぽいですね)
さて、チンギスの息子たちへの相続自体はというと、先に死んだ長子ジュチ家にはカスピ海北部の草原地帯が(後のキプチャク・ハン国)、次男のチャガタイにはかつてのカラ・キタイとホラズムが支配していた中央アジアの肥沃なオアシス地帯が(後のチャガタイ・ハン国)、三男のオゴタイにはかつてのナイマン部族が支配していたアルタイ山脈近辺の草原地帯が与えられます。そして、本拠地であるモンゴル高原はというと、モンゴル族が末子相続を習慣としていた事もあり末弟のトゥルイに与えられます。(大まかには別図参照)
ちょっとここでまた地図を。

バトゥ05c
(1234~36年頃のユーラシア大陸です。)
これ見るときれいに遠い所から長男・次男・三男・末弟と相続されているのが分かりますね。
→※サイズ他色々変更・あと海の色付けて修正しました。


(金国滅亡)
大ハーンとしてのオゴデイによるモンゴル全体の最初の目標方針はというと金国遠征でした。
対金国戦では、相手にもわずか数百騎で数千人のモンゴル軍を破った完顔陳和尚などの名将もいて実際にはかなりの時間と被害が出たものの、外交交渉で南宋の援軍を取り付け、最終的に金の首都開封を包囲しなんとか落とすことに成功します。
ところで、この首都攻防戦の時のモンゴル軍ですが、これに備えて金国が開発したある新兵器による攻撃を受けたのではないかと言われています。
『巨大な臼砲が天を走る雷のように咆哮した』
記録によれば、城壁を前にしたモンゴル軍が壊滅の危機にすら瀕したとされるこの兵器、
恐らく中国で開発され、その後14~15世紀に中東経由で東ヨーロッパへ伝わった大砲の事ではないでしょうか。そして騎馬民族であるモンゴル軍がなぜか意外に攻城戦に長けているのは、『町=城壁を持った要塞都市』であるこうした中国への遠征を経験して技術や兵器を吸収しているからではないのかとも思えますね。

こうして1234年に金国を滅ぼしたオゴデイは、次の戦略を図るべくクリルタイを召集します。
そしてこの1235年に開かれたクリルタイこそが、モンゴルだけでなく16世紀まで影響を及ぼすユーラシア大陸史上でもかなり重要な決定がなされた場となったのでした。


(大征西軍)
大クリルタイで決議された最も重要な案件、それは、
チンギスの死去によって途中になっていたユーラシア大陸西部への侵攻計画だったのでした。
クリルタイの席上では、実際に先鋒として西域へ攻め込んだ名将スブタイが計画の可能性が高いことを熱弁し、更にチンギスに見出された耶律楚材がかなり重要な発言をしたとされています。
ところでこの時のクリルタイが非常に重要と言うのは、単純に西へ攻め込む計画だけでなく、
その後のモンゴル帝国の統治全般についてもかなり綿密に取り決めを行ったからなのですが、一方で壮大と言うかなんと言うか、この時の計画では東ヨーロッパの各国だけでなく、どうやら西ヨーロッパの一部も視野に入っていたらしいのですね。(行けるところまで行く、だと最終的に大西洋に出ちゃいますがw)

そして遠征軍の陣容、これはもうモンゴルの本気度が伺えるものとなっていたのでした。
『各王家・親族家・有力貴族は長男を出兵させよ!』 
簡単に書くとこうなります。
実際、本家であるチンギスの息子たちは、この戦いに跡継ぎとなる者を立てて送り出します。

ジュチ家   →長男オルダと次男バトゥ (他にも王子数名)
チャガタイ家 →チャガタイの嫡孫ブリー  (更に叔父でチャガタイの子バイダルが参戦)
オゴデイ家 →長男グユク
トゥルイ家   →長男モンケ
補佐:『四狗』スブタイ・『四駿』ボオルチュの跡継ぎボロルタイなど

そして全軍の総司令官には、この地域と隣接するカスピ海北部の『ジュチ・ウルス』を領有するジュチ家から、武勇に優れ実質的なジュチ家の後継者である次男バトゥが選ばれます。
(兄のオルダは病弱だったらしく、母が高い地位出身でもあったバトゥがジュチ家を差配した)
こうして1236年には遠征軍が編成され、まずジュチ家の本拠地のカスピ海北部へ出発します。
各王家・親族・有力部将だけでなく中級以下の家もこぞって跡継ぎとなる者を参陣させた事もあり、この遠征軍は人数以上に装備・兵の質ともに当時のモンゴルの最精鋭が送られたのでした。

※かなり長くなったので続きは次回に。



おしまい。

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  1. 2007/07/17(火) 08:13:49|
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コメント

初めて書き込みさせていただきます。
乙鯖で活動しております文天祥と申します。
以前、船舶の解説記事を読んで以来拝読させて頂いております。
小生も井上靖先生の蒼き狼や戦国モノ、西域モノが好きで、ハミルカム様の記事を読んでいると、なんと申しましょうか刺激的に感じました。どうぞ、これからも頑張ってくださいです。

  1. 2007/07/20(金) 22:57:03 |
  2. URL |
  3. 文天祥 #-
  4. [ 編集]

文天祥さん>>
どうも初めまして。お名前、南宋の『あのお人』からとなると今回のシリーズも無関係ではないですね。まだまだ稚拙な文章で恐縮ですがどうぞ宜しくです~。
  1. 2007/07/21(土) 06:49:54 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

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