打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

歴史視点の天皇賞 その1

今週の日曜日は東京競馬場で天皇賞・秋が開催されます。
条件となっている東京競馬場の芝2000mはレイアウトの関係で過去にも有利不利が働いた事もありますが、中距離での基本能力を見る場としては日本でも屈指のレースとなっています。
今週の打倒ブログは普段と変わり、本番まであと4日ありますので有力な馬を・・・ではなく、歴史記事の一環としてその背景となっている祖先たちをテーマにちょっとつらつら書いて見ようかと思います。

さてこの天皇賞、回数にして既に136回を数え、比較的歴史の浅い日本競馬の中では最も古いレースのひとつで、天皇賞の前身は1905~06年に創設された帝室御賞典、更に1880年代から行われていた御下賜品が授与される各賞典に当るらしいですね。
一方、世界の競馬の歴史でこれに良く似た事例を見てみると、例えばイギリスでは『キングス(クイーンズ)・プレート』などと現代では呼ばれる、イギリス王家からプレートが贈られる競馬が17世紀から存在していました。1675年にチャールズ2世が王室杯を贈った『ニューマーケット・タウンズ・プレート』などは、距離4マイル・負担重量76kg以上という過酷なレースだった事からも、馬産の後進国だったイギリスが国家事業として育成を奨励して行った側面が伺えます。1675年というと、3頭の根幹種牡馬で最も早くに生まれたバイアリー・ターク号が1679年前後の生まれですから、まさにその時代ですね。(ちなみにトウカイテイオーの25代父がバイアリータークです)

このように、サラブレッドが種として固定される以前から競馬はヨーロッパの貴族の間で行われており、例えば大航海時代の君主ではエリザベス女王の競馬好きは有名で、自ら王家の牧場を追加して馬産を拡大させたと言いますから、16~17世紀の時点では競馬後進国のイギリスでも既にそれなりに行われていたようです。
ただこれ、視点を変えるならば別の見方も出来るかも知れません。
重装騎兵の戦いだった14~15世紀までは、数10kgもの重い甲冑を着込んだ騎士が騎乗しても耐えられるような頑健な馬が求められていたのでしょうが、鉄砲や大砲などの火器が普及して機動力と火力の集中運用で戦場を制圧していく戦術に進化してゆく過程で、軍用馬にもスピードを要求して行く必要が出てきたとも考えられます。
例えば、先程のプレート・レースの負担重量76kgは現在の常識からすれば過酷でしょうが、重装騎兵がフル装備したら体重も合わせると優に100kgとかになって来ますから、軽装で火器を装備した騎兵の重量と考えると丁度そのくらいな気がします。んでそうなると、いわゆる『軽種馬』の重要性が時代が下ると共に増し、サラブレッドなどのスピードに優れた馬の品種改良にも繋がったとすると何となく納得できるんですけどちょっと飛躍気味かな・・・。

長くなりましたが、こうして見てくると日本の競馬・日本の天皇賞もそこら辺を参考にしている気がします。明治・大正時代の馬産は政府や有力な財界人の手による軍馬の改良・育成を目的としていた側面があり、中でも現在成田空港となっている土地の多くはかつて宮内省管轄の下総御料牧場だったわけですし、今では乳製品のブランドとなっている小岩井牧場が、かつては日本で最高レベルのサラブレッド生産牧場だったのは良く知られているところです。
王室が優秀な馬にプレートを下賜するなど深く関わっていたイギリスの近代競馬と、帝室御賞典を前身とする現在の天皇賞で授与されるのが『天皇盾』ですから、両者は非常に似ているのに気付かされ、前者がルーツと見るとなんとなくしっくり来るんですよね。



おしまい。

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  1. 2007/10/24(水) 17:52:48|
  2. 歴史ネタ
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  4. | コメント:2
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コメント

天皇賞をはじめ英国競馬の流れからというのは、ある程度正しいのではないでしょうか。
回が多いのはご存じの通り春と秋をそれぞれ1回ずつ数えるためですが、現在は春→3200m・秋→2000m ですよね。

ですが、昔は秋も3200mだったんです。ただし国際的には短距離の比重が高くあったため(たしかMr.CBのが優勝した)秋の天皇賞が2000mになりました。(ちなみにさらに云えば、天皇賞は一度優勝すると、その後出走できない規定がありました)

とはいえ、国際的に見れば日本では、今でも長距離での勝利が短距離よりステータスと見なされがちなのは、特に内国産馬を作るために閉鎖的な日本だったのでステイヤー血統が選ばれやすかったことと、ハミルさんの「飛躍的な」分析に通ずるDNAがあるのではないかと思います。
  1. 2007/10/25(木) 10:17:45 |
  2. URL |
  3. リンク #qFOAt1D2
  4. [ 編集]

リンクさん>>
私が子供の頃に競馬見た一番古い記憶がシービーの天皇賞かルドルフの菊花賞でして(ルドルフの時はちょうどその日に来航していた帆船、日本丸か海王丸を見学に行った帰りだったので良く覚えている)、その1984年のグレード制導入で一気に1600~2000mの路線が整備されたんですよね。

という昔話はともかく、20年以上も前に天皇賞・秋が中長距離馬だけでなくマイラーでも底力があれば挑戦できるギリギリの距離に変更されたのは、今から見たらかなり先見の明があったと思います。
その後は否応なしに国際化・開放化していった中で、早い段階でスピード路線自体を整備する事で産業としての日本の馬産の競争力が追いついて来るのを助けた側面も今にしてみれば感じるところがあります。

とはいえ、個人的には長距離馬の5代母とかに内国産の古い血脈見つけるとかなり嬉しいのが本音ですが・・・。
んー、なんだかDOLとはほとんど関係のない話になってきてるなw
  1. 2007/10/25(木) 18:57:31 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

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