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大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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草原の興亡(仮題) その3

草原の文化

エルミタージュ美術館にある 『黄金の間』 と呼ばれる特別室。
ここには、ロシア皇帝ピョートル1世が収集を命じたことで盗掘による被害から逃れ、
奇跡的に残存していたスキタイ美術の粋が集められています。



(上の写真はWIKIにあるやつ)
とにかく、写真資料を見ただけでもハッとするその造形美。
そして資料のページを繰るとともに湧き上がる思い。
これほど表現豊かで独自性に富み、しかも黄金輝く豪華な装飾品や馬具や調度品を、
2300年以上も前に身につけていた騎馬民族がいたとは・・。

いったい彼らはどこから来て、何を残したのか。
そして与えた影響は?
早朝の眠い目をこすりつつ引き込まれるようにつらつら調べ始めると、MMOをベースに広いジャンルを取り扱うブログではとてもじゃないですが踏み入れてはいけない気がしつつあります。まあ長編覚悟のシリーズなので踏み込むんだけどw


前回ちょっと書いたように、スキタイを扱った資料や伝説はまずギリシア人の手によるもの、
ついでペルシア方面の遺物からと、ある程度特定の地域に限られます。
確かに彼らの動きが活発になる紀元前5世紀頃においては、東地中海~オリエント世界が先進地域のひとつであり、少なくともスキタイの一部族は黒海東岸~カスピ海北岸というそのすぐ近くの地域にいたわけですから、これはまあわかる話です。
実際、ギリシア的な意匠を取り込んだ後期スキタイの遺物は多く見つかっており、先の写真に挙げたエルミタージュに収蔵されている美術品の大部分は黒海北岸の草原地帯の墳墓から納められたもので、中にはギリシア的な意匠が伺えるものも多く含まれています。

そして実際の歴史上でも、ペルシア帝国の前に存在したアッシリア、そしてそれを滅ぼしたメディア王国の成立期には既にスキタイの影がちらつき始めており、メディアはスキタイの支配下に置かれていた時期もあったのですね。研究者の中にはメディア王国やその後のペルシア帝国の一部にはスキタイの部族も含まれていると見る向きもあり、紀元前5~6世紀には既にイラン高原~トルコに至る一帯で大きな軍事的影響力を及ぼしていたのでした。

ではそれらの連想から、彼らが残した美術工芸品はギリシア・オリエントなど西方からの影響で花開いたのかというと、そうとは言い切れません。確かに以前は西方起源説が有力だったものの、むしろ最近の研究結果は逆の答えを示し始めているのが面白いところだったりするんですね。
それでは近年の調査結果では、彼らのルーツはどこを示しつつあるのでしょう。

実は1970年代以降になって、そのヒントのひとつになるかもしれない手掛かりが黒海・カスピ海とはまったく別の地域から発見され始め、今も次々と発見され更新されているのです。まさに現在進行形の考古学と言ったところ。
その地域は、南シベリア、そしてモンゴル高原。
この地域で紀元前8~9世紀という最も古い時代のスキタイ系と思われる墳墓の調査が始まり、そこからスキタイ文化を特徴づける動物文様の遺物が出土し始めたのでした。そして最近の年代測定でその時代が紀元前800年前後という結果が出るに及んで、スキタイ東方起源説は一気に有力なものとなってきたのでした。

これ、武器や馬具など実用性に優れたものは伝播力が強いですから相当に離れた地域でもそれほど時間が掛からず浸透してゆきます。一方でモチーフや風習などは伝える必要性は薄いわけで、例えば埋葬品や武器の柄などの飾りにはその地方・民族独自の物が残りやすいのですね。本当にスキタイ文化が西方起源なら、最も初期に遥か数千kmも離れた東方の草原地帯で特徴的な遺物が出るでしょうか?と。

特にモンゴルの西にあるアルタイ山脈付近で発見されたアルジャン遺跡群は、
その規模・出土品の特徴・時代の古さなどから中央アジアの研究者に衝撃をもたらします。
そして21世紀に入り、エルミタージュ美術館とドイツの共同で調査が始まったアルジャン2号遺跡では、
更に色々な発見がなされるにつれ、いまでは西方説は地元のカザフスタン系の学者など唱えるもの少数となるに至っています。
しかしこれ近年になってから調査が進んだってのは、これは偶然ではないですよ。
90年代以降の共産圏の崩壊により、国境付近での調査や各国の先端技術を用いた合同調査が可能になるなど、大きく政治的な要因が動いた結果といえるでしょう。


こうして、
今では南シベリア~モンゴルなどアルタイ山脈以東からの起源説が有力となりつつあるスキタイ文化、
このスキタイ文化の大きな特色といえるのが動物文様です。
初期スキタイではこの動物文様、主に鹿や馬が意匠となり装身具・馬具・武器・墳墓の副葬品などに取り入れられています。そして紀元前4~5世紀にかけての後期には、主に西方で鷲と獅子を合体させたグリフォンなどギリシア系のモチーフも多く取り入れられるようになり、その造形・意匠は複雑さを増して登場してくるようになります。歴史書や石版など文字としての記録に現れ始めるのがこの紀元前5~4世紀の後期と言うわけなのでしょうね。

スキタイ文化圏01
(スキタイ文化の影響地域)

最後に、スキタイ文化の影響地域を地図に出してみます。
こうしてみると、ほぼ中央アジア草原地帯の全域がおさまって来ますね。
彼らの後に続く東の匈奴・西のトラキアやサルマティアなど、
スキタイはその後の遊牧民の文化にも大きく影響を残したのでした。

さて次回はいよいよというか、古代における最大規模の騎馬遊牧民、
匈奴について見てみようと思います。
古代はほんと資料が少ないから話を展開するのに苦労するのですが、
この匈奴についてはそれこそヘロドトス以上の大物歴史家が、
必要に迫られてか詳細な記録を残してくれていたのでした。
ええ、たぶん皆さんも漢文で読んだことある書だと思いますよ。



そろそろカテゴリ分けする時期なのでシリーズ名を決めないとなのですが、
さて何かいい名前ないでしょか?



おしまい。

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テーマ:大航海時代Online - ジャンル:オンラインゲーム

  1. 2008/05/16(金) 18:10:02|
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