打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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マルコ・ポーロのイベントメモ

始めてみたマルコ・ポーロのライブイベント。
かなり大量の情報をプレイヤーに考えさせるあたり、
これまでのイベントとやや毛並みが違う感じで、これはこれで面白い。

ナポリ宝石商

答えは次週でるのかな?
ちょっと楽しみです。

取り合えず全員から情報聞いてあとは2~3人に伝える所まできたのでメモ残しておきます。
つうかこれ判断いまだに悩む・・・。
※激しくネタバレになるのでこの先は追記へ。
  見たくない人はやめときましょうね。


つづく。

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 ←応援くりっくよろしくです~。
(イベント情報の考察)

01.ヴェネ:船員(赤)>×? (最終判断保留中)
船員>なんてったって、奴はここヴェネツィア出身の商人だしな。なんでも、幼い頃に母親を亡くしちまったんだが、父親はその頃、遠い東の国にいたらしい
船員>父親と再会したのは、10年以上経ってからって話だぜ。しばらく離れ離れで暮らしてたせいか知らんが、東方への憧れを抱いたのは、父親の影響に間違いねぇだろうな

これまだ情報採用してません。
母親が亡くなったのはマルコが13~14歳あたりなのですが、それを『幼い時』というのか判断迷う。
あと、『父親と再会』ってのは???
父が出発した(1253年)のはマルコが母親のお腹の中にいる時(マルコは1254年生まれ)なので、
初めて会ったのはモンゴルから帰還した時。だから厳密には違うと思う。
それだと、『しばらく離れ離れ』 どころか最初っから会った事も暮らした事もないって話に。
ただ、一方で6歳の時に別れたって説もあるのよねえ・・・。
これはニコロとマッフェオが1260年にヴェネツィアからコンスタンティノープルに着いたっていう訳本の逆算かと。訳本によって微妙に序文が違うのがやや混乱する。あとコーエーの日本語間違ってなきゃいいけど・・。
それから、『東方への憧れを抱いたのは父親の影響に違いねぇ』 とかは、
この船員の主観入ってるので判断保留。
(全体的には合ってるっぽい情報と見せて、よく読むと引っ掛けって話かな?)


02.ヴェネ:船員(青)>×
船員>マルコ・ポーロっていやぁ、東方の国に行ったってのが有名な話だよな。なんでも、父親と一緒に教皇に謁見し、東方の国のフビライ・ハンって皇帝の要望を伝えたって話だ
船員>宣教師を派遣して欲しいってことだったらしいんだが、そいつらを連れて東の地へ向かったそうだ
船員>その旅には、父親や叔父も一緒だったって話だ。宣教師も大勢連れていったらしいし、相当険しい旅だったんじゃないか

確かマルコ本人は教皇には謁見してない。
ただこれも見聞録の序文と一般に言われる伝記との誤差がある。
東方見聞録のある訳本にはアクレの全権大使がその後教皇に選出されて、
出発時に3人で祝福を受けた、というような記述になってるけど・・・。
宣教師が大勢~ってのも、当初の計画の話で、実際に出立したのは2人だけ。
なので惜しいけどここは×判定に。


03.ヴェネ:船員(黄)>×
船員>商人だと? そんなわけはねぇ。奴はヴェネツィア出身の貴族って話だったと思うぜ
船員>教皇にも会ったって話だが、そんなヤツぁ身分の高い奴に決まってるじゃねぇか。貴族出身には間違いねぇだろ

まあ、貴族じゃあないですよね。なので×判定。


04.ベイルート:宣教師>×
宣教師>マルコ・ポーロはホルムズという街から陸路で東へ向かったそうですが、ホルムズまで特に危険もなく着くことができたそうです
宣教師>当時のあの辺りでは戦争が起こっていたようですが、連れていた宣教師達も欠けることなく、旅を続けることができたなんて、まさに奇蹟のようです
宣教師>旅も半ばでしたが、ホルムズについても一行は人員の欠落もなく、旅は順調だったと聞きました
宣教師>それほど厳しい旅ではなかったのでしょうか

宣教師は2人ついて来たけど、紛争とかで途中で逃げます。
なので×判定。


05.ファマガスタ:宣教師>×
宣教師>マルコ・ポーロに関する情報を教えてほしいと? ええ、聞いた話でよろしければ、東方へ向かった手段についてお教えしましょう
宣教師>彼らは、海路で東方へ向かったと聞きます。それがなぜかというと…
宣教師>理由は2つあったそうです。まずは、東方へ向かう船がすぐに用意できたということがあるようです
宣教師>そして、頑丈に作られた船の安全性を信頼していたようです
宣教師>陸路より、海路が安全だと彼らは判断したのでしょう

行きは陸路で帰りが海路~陸路だった。
帰りが頑丈な船だったのは記述にあるので逆ですね。なので×判定に。


06.ヤッファ:宣教師>○
宣教師>……マルコ・ポーロに関する情報を調べているですと? ふむ、知っている範囲でよければ、彼が東方へ向かった時のことを話してあげましょう
宣教師>マルコ・ポーロはホルムズという街から陸路で東へ向かったそうですが、ホルムズにたどり着くまでにも色々あったようです
宣教師>当時のあの辺りでは戦争が起こっていたそうで、連れていた宣教師達は危険のあまり、逃げ帰ってしまったそうです。しかし、それでも一行は旅をやめなかったのです
宣教師>旅はまだ半ばでしたが、ホルムズに着いた頃には、マルコ・ポーロとその父親、叔父だけの3人になっていたといいます
宣教師>厳しい旅だったことは容易に想像がつきますね

これは諸々の記述や当時の情勢どおり。04と05の反対の事言ってますし、ここは○で判定。


07.カイロ:宣教師>○
宣教師>マルコ・ポーロに関する情報ですか? うむ…。私が聞いたことがある範囲で、東方へ向かった手段についてお教えいたしましょう
宣教師>彼らは、陸路で東方へ向かったといいます。それがなぜかというと…
宣教師>理由は2つあったそうです。まずは、待っていた船がなかなか到着しなかったということがあるようですね
宣教師>そして、安全性の問題もあったみたいです。「東方見聞録」でも言及されている通り、当時の船は鉄製の釘を使用しておらず、航海中に沈んでしまうこともあったとか
宣教師>航海に出る以上、危険はつきものだと思いますが、そうした事情で海路を避けたのですね

これはそのまま記述アリ。ルクレさんとこにも書いてますね。


08.トルコ西岸:冒険者>×
冒険者>マルコ・ポーロについてだって? そういえば、数年ほど前に、マルコ・ポーロが立ち寄ったとされる土地に辿りついたことがあるんだ
冒険者>そこで聞いた話なんだが、彼は東方にはなんとか無事にたどりついたものの、現地ではそれほど歓迎されなかったようだ
冒険者>彼はそれまでの旅を通じて得た見聞を、東方を治める皇帝、フビライ・ハンに伝えたんだけど、どうやら気に入られなかったらしい
冒険者>結局現地のことはあんまり知ることができなかったようなんだ。せっかく東方まで行ったのに、なんとも悲しい話だ

見聞録では歓迎され・フビライに気に入られた事になってるから全然違いますね。


09.トルコ北岸:冒険者>×
冒険者>マルコ・ポーロについて? 旅の途中で何度か話を聞いたことがあるから、東方での行いについて教えてあげるわ
冒険者>彼は長い間、東方の国に留まっていたようね。ただ、どんな待遇を受けていたかどうかはわからないから、あんまり色々と見て回れなかったんじゃないかしら
冒険者>せっかくはるばる東方の国へ行ったのに、とんだ災難よね
冒険者>でも、あんまり東方について知識を吸収できなかったってことなら、どうやって「東方見聞録」をまとめたのかしら

あんまり色々見てないとしたら根本的に成り立たないので×判定。
実在の人物じゃないとか、途中まで行っただけであとは空想と伝聞で書いたとかの説もあるけど、
それだとほかとの整合性取れないよねえ・・。そもそもヴェネ一座のシナリオが成り立たないw


10.トレビゾント:冒険者>○
冒険者>マルコ・ポーロ? ああ、オレがホルムズにいたときの噂話があるが、東方での行いについて聞いてみるかい?
冒険者>彼はフビライ・ハンという皇帝に召し抱えられたそうだ。フビライが治める国だけでなく、周辺の国々にも派遣されたという
冒険者>十数年も仕えていたそうだから、東方の地については相当詳しくなっただろう
冒険者>恐らくその時に体験したことが、後に「東方見聞録」って書物にまとめられたんじゃないかな

これは東方見聞録に関する基本的な情報、一般に広く膾炙している認識なので○判定に。


11.黒海東岸:冒険者>○
冒険者>マルコ・ポーロに関する情報が知りたい? ふむ。オレはマルコ・ポーロについて研究し、当時彼が旅した道を辿って冒険したこともある。そこで、彼がどのようにもてなされたのかという噂を聞いた
冒険者>彼は東方へやっとの思いでたどりついた。使者からの歓迎と途中で出会った官吏の世話を受け、マルコ・ポーロ一行は無事に到着することができたんだ
冒険者>そして、その地を治めている皇帝フビライ・ハンに自分達の旅の見聞を伝えた。フビライは文武の官吏を集め、盛大にもてなした。若いマルコ・ポーロは大層気に入られたという
冒険者>東方の地での縫製業や紙幣の流通、石炭の使い方など、色々と現地の経済についての知識を蓄えたそうだ

織物・紙幣・石炭に関する記述は見聞録にあり。
それから歓迎され・気に入られたというのも信じてここは素直に○判定。


12.マルセイユ:事情通>○
事情通>彼は長い間、祖国に帰りたいと願っていたみたいだけど、仕えていたフビライの許しがなかなかでなかったのよ
事情通>そんな時に、彼に舞い込んだ話が、ペルシャへと嫁ぐお姫様の護送。フビライの元を離れるチャンスだったってことね
事情通>彼はその任務をなんとかやりとげたわ。だけど、東方へは戻らず、その足で、そのまま故郷に向かったって話よ。よっぽど戻りたかったのね

このエピソードは私のブログ(408)にも書いてる。なので素直に○


13.ジェノヴァ:事情通>○
事情通>故郷に戻ってきた彼は、「イル・ミリオーネ」と呼ばれたらしい。東方の話を何事も大げさに答えたからだの、東方の品々で大もうけしたからだの、諸説あるみてぇだがな
事情通>さらに悲惨なのはここからだ。奴は戦争に巻き込まれて、牢獄に放り込まれちまっちまったんだ。まさに地獄だぜ
事情通>だが、その獄中でルスティケロってやつと知り合ったんだ。そいつは、マルコ・ポーロの話を聞いて、俗にいう「東方見聞録」をまとめた凄いやつだぜ

これはWIKIほか複数の書籍にもそのまま載ってますね。
私の手元の資料にも書いてあったので○判定へ。


14.ナポリ:宝石商>×? (最終判断保留中)
宝石商>東の地から戻ったマルコ・ポーロの知らせを受けた故郷では大騒ぎとなったそうです。彼は綺麗な服を着て宴席を用意し親族を招待し、モンゴル人の習慣によって服をバラバラにして皆に配ったんだそうです
宝石商>宴会が終わった後、彼が東の地から持ち帰った服が破れ、中からダイヤモンドなどが出てきたんだそうです。それを見た人々はたいそう驚いたといいます
宝石商>帰国後、マルコ・ポーロは有名な富豪となったのですが、ジェノヴァとの戦争中に捕らわれてしまった不運な人物でもあります。私が以前取引の際に、東の国の者から聞いた話は以上となります

ここは判断悩む。
帰ってきたとき誰か分からなくて東方の宝物見せて納得してもらったというのは記述にある。
また、『大騒ぎとなった』って記述を除くと、誰か分かってもらえなかったので宴会を計画し、上記のようなことをしたと言うのが東方見聞録の付属資料にほぼ同じエピソードが載っています。
あとは『モンゴル人の習慣によって』って部分が記述内に確認できないのと、
帰ってきた時に大騒ぎってのをどうとるか・・。
ここはたぶん×判定でいいと思う。
東方見聞録に付属したこのエピソードを信じるなら全体としては○の可能性も。
ただしここもほかの伝承と異なる部分があるのでどっちを信じるか・・・。
例えばこの元ネタと思われる記述には、バラバラにした服を配ったのは皆=親族にではなく、
召使にとあるのでいろいろ怪しい点が・・・。
でもこんな重箱の隅をつつく必要あるのか疑問w


15.ナポリ:料理人>○? (最終判断保留中)
料理人>マルコ・ポーロは料理の世界においても多大な貢献をしたらしい。東方各地を遊歴していた際に様々な料理製法を身につけ、薬膳の製法まで学んだそうだ
料理人>故郷へ帰国の道中、いろんな困難にも遭遇したが、前もって東方からたくさん漢方薬を購入し、薬膳の研究も続けたせいか、病気にならずにヴェネツィアに戻ることができたみたいだよ

ここも悩む。
薬膳持って帰ったのは記述にあるけど、それをマルコ本人が身に付け研究していた~の文章は不明。
無事に帰ってこれたのは事実なので全体としては○判定かなあ。
ちょっと調べてから答えることにする予定。


16.ナポリ:植物学者>×
植物学者>私はマルコ・ポーロが言及した「茶」について、今までも研究を続けています。「茶」について、「香りによって人を包み、酔わせる魔法のような飲み物である」と彼は語っていたそうです
植物学者>マルコ・ポーロは東の地で、「茶」を植える方法も学びました。帰国後栽培しようとしましたが、失敗したらしいです。私の調査結果によると、気候と土の違いによる原因が考えられます

東方見聞録に茶に関する記述がないのはかなり有名な話。
実在説を疑う原因ともなるくらいなのでここは×判定。



ということで現在のところ、
結論済みは○が6個で×が7個
保留中のは、○が1個で×が2個

ヴェネ船員(赤)の話が一番引っかかる。
これが○なら○×両方8個なのでバランスいいんだけど、
だけど文章を精査するなら完全に×。
やっぱり○7-×9かな。
もうちょっと調べて更新します。

追記)
いくつか更新。
伝記その他の資料と、手元にある東方見聞録の訳本が微妙に違ってるのが判断に迷います。
特に旅行全体を書いている序文。
ほかのバージョンの訳本も見てみようかと検討中。
つうかコーエーのイベント製作者がどの訳本と情報を採用してるかって話なのかも・・・。

で、伝記とかは無視して東方見聞録の訳本ベースで決めるなら、
ヴェネ船員(赤)=○
ナポリ宝石商=○
という線もあるのでまだ保留。

6/2追記)
最終的には、ヴェネ赤=○ 、ナポリ宝石商=× 、ナポリ料理人=○ で回答しました。
○=8個、×=8個でしたね。

テーマ:大航海時代Online - ジャンル:オンラインゲーム

  1. 2008/06/01(日) 18:57:53|
  2. 歴史ネタ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
<<マルコ・ポーロ研究の先駆者 | ホーム | 連想>>

コメント

これは久々に面白そうなイベントですね~

一瞬つづきのリンクが見つからなくて焦ったのはないしょだw

問題ものっけてくれるとうれしいなーヽ(°▽、°)ノ
  1. 2008/06/01(日) 21:48:00 |
  2. URL |
  3. がぶ。 #-
  4. [ 編集]

がぶちゃ>>
本文書いたよ!
これでますますネタバレですが・・。
  1. 2008/06/01(日) 22:26:37 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

イベント実はまだやってないのだけど…。
ハミルカルさんが判断迷うような代物じゃ
あたいにはとても出来そうもナイワ…。コマッタ(`ω´;)
  1. 2008/06/02(月) 14:51:45 |
  2. URL |
  3. pepe #-
  4. [ 編集]

pepeさん>>
いろいろ調べてたら、記述の細かい差とかどうでもいい気がしてきたw
色々ある内のどの記述を採るかで答え違うのとかもうね・・。
だからまあ深読みせず素直に答えていけばいいんじゃないかと。
  1. 2008/06/02(月) 17:57:07 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

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