打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

草原の興亡 その26


前回の流れで行くとそろそろアッティラの時代を書くのですが、その前にやや変化球で。
いま書いてる3~6世紀あたりというのは古代から中世への転換期なのは一つありますが、実は馬具についても大きな転換期に当たっています。古代においてはこれまで騎馬遊牧民などの特殊技能だった騎乗が、農耕民族にとっても敷居の低いものとなるいくつかの発明・改良がこの頃あったのですね。今回ちょっとその辺を押さえて置こうかなと。


【鞍と鐙(あぶみ)】
まず鞍。
古代にはほぼ軟式の鞍だったものが、3世紀頃になると中国で硬式の鞍が登場してきます。これによって鞍には色々なものが取り付けられるようになり、馬上で移動・生活する事の多い草原の遊牧民にも一気に広まってゆきました。また、ローマやペルシアでもほぼ同時期に大型で安定性に優れた鞍が採用されていたらしいのですが、この時点でもまだ鐙は一部の例外を除いて発明されていませんでした。

ところが今から8年ほど前、日本の箸墓古墳(奈良県)の周囲の濠からいきなり木製の鐙が出土します。箸墓古墳の年代は諸説ありますがだいたい3世紀末~4世紀前半で、これは今まで国内最古の出土が5世紀だったのが一気に50年以上さかのぼる発見でした。しかもこれ世界的に見てもかなり早い年代・・・。人によっては箸墓古墳本体の年代と出土した鐙とは年代が違う可能性も指摘されている位ここはまだ考古学上でも疑問とされる部分らしいですが、仮に4世紀前半に日本で鐙が埋葬されていたと言う事はそれ以前に大陸(中国)から鐙は伝わっているわけで、伝播する距離と時間を考えると鐙はそれ以前の3世紀末から4世紀初頭には中国で発明されていたと見るべきでしょう。実際、中国では4世紀初頭の西晋時代の遺跡から出土した鐙が現在最古の物として確認されており、鐙の発明は西晋時代(西暦280~316年)が有力と考えられています。

鐙の発明が騎馬遊牧民ではなく中国と推定しているのは、基本的に遊牧民は子供の頃から馬に乗っているので騎乗するときは飛び乗る技術が非常に優れており、片足を掛けて馬に乗るなんて道具はあまり必要なかったからです。しかし農耕民族が馬に乗るというのは特権階級や軍人になって必要になってくるものですから、馬具の開発はこちらの方が切実だったと見て良いと思います。

しかしこの鐙という馬具の機能は、何も地面から騎乗する際の足場としてだけではありませんでした。実際に馬に乗った後、固定された硬式の鞍から下げた鐙に両足を掛けると、両手を離しても非常に乗りやすく、しかも踏ん張る姿勢を取ることができる事がわかったのですね。つまりこれは、馬上で弓を引く・槍を投げる・突く・剣を振るなど、戦闘時の動作がかなり楽になる事を意味していました。ところで現代の競馬のジョッキーはこの鞍から下がった鐙をかなり短くして使用しており、足首の側面で体を支えて騎乗する『モンキー乗り』というスタイルをとっています。しかし当然ながら誰でもこんな曲芸みたいな乗り方ができるわけではなく、普通の乗馬は鐙を長めに取って鞍に乗っていますよね。
ちょっと脱線してるな・・。

で、武器のように軍事的な発明は伝わるのが早いというのは今も昔も変わりません。
こうして5世紀になると中国から中央アジア・ペルシアにまで一気に両鐙は伝わり、ヨーロッパでは6世紀ごろに東ヨーロッパに侵入したアヴァール族を介してフランク族などがこれを採用し始めます。
ただ、4~5世紀前半ごろのフン族騎兵の装備は両刃の剣・三角の矢と反った弓・木製の鞍・革の鞭など、ペルシャ系の装備とアジア系の装備が混在している記述があるのですが、これまで残っている資料・記録には彼らが鐙を装着していたというのはありません。これは記録する側のヨーロッパ人(の歴史家)にその知識が無いのも影響してるでしょうか。恐らく鐙のない状態でフン族騎兵は騎射していたと思われますが、それだけに襲われたほうのインパクトは強烈でした。ほとんど失速しない状態で馬上から正確に弓を射られたら、それは脅威以外の何物でもありません。後世、モンゴル騎兵が世界を席巻した原動力のひとつが圧倒的な騎射技術ですから、古代期にこれに近い事をやられたら同じ騎馬の習慣を持つゲルマン系の部族も対抗できなかったのはなんとなく判る気がします。

さて、これら新しい馬具の発明と実用化は騎兵に大きな変化をもたらします。
古代においてスピードとパワーでは歩兵とは段違いのはずの騎兵が、戦力としていまいち活用しきれなかったのは、使いづらい・純粋に兵種として未成熟だったと言うことも無視できないと思います。むしろ用途としては斥候や情報伝達としての手段の方が重要だったかもしれません。それだけに、古代の名将は揃って騎兵を戦術の中に組み込んで結果を出した人たちだったからこそ、後世まで名を残したとも言えそうです。
これが、ハミと鞍・そして鐙という馬具三点セットが揃って以降、その戦闘力は歩兵を圧倒し始めます。槍と金属鎧で武装した重装騎兵や、投げ槍と連射に優れた短弓を装備した軽騎兵の登場はその典型と言えるんじゃないでしょうか。更にここから、騎兵は各地域で独自の発展を見せてゆく事となります。

そしておよそ800年後、それぞれ独自に進化したヨーロッパの重装騎兵・モンゴルの弓騎兵・それから槍術と弓術に優れたイスラムの騎兵が13~14世紀になると激突する事になるわけですね。その後、経済基盤の整備によって常設の歩兵や弓兵による集団戦法が生まれ、更に銃や大砲などの火器を使用した戦術が実用化される中世末期~近世まで、騎馬遊牧民の騎兵たちはユーラシア大陸最強の兵種として君臨し続けたのでした。んでまあ、最終的には弓の代わりに火器で武装した騎兵なども登場してきますが、この辺はこのシリーズの最後のほうでまた取り上げると思います。


次回はいよいよ5世紀のヨーロッパを席巻したフン族の最盛期を見てゆきます。


おしまい。


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  1. 2008/09/21(日) 12:58:41|
  2. 草原の興亡
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

成る程(@_@)

いつも何気無しに歴史物を見ていますが、そこら辺を気にして見てみるとニヤソとしながら見れますね(笑)

先は長いでしょうががんばってください。(^_^) (無理はしない程度で・・・苦笑)
そういえば・・・だいぶまえにあったローマの歴史物・・・三点セット装備していたような・・・あれ? 笑
  1. 2008/09/23(火) 08:17:27 |
  2. URL |
  3. アンチャ@乙鯖 #-
  4. [ 編集]

アンチャさん>>
BBCとかの製作だと結構その辺しっかり対応しているドキュメンタリー作っていたりしますが、昔のアメリカ映画とかはかなりいい加減なのもありますね。馬具とかもそうですが、一般兵が高級染料使った装備してたり後代導入された武器をもってたり。あと登場人物の名前とかはわかりやすさで付けられた感じで、時代混ざりまくりなのも逆に面白い。
  1. 2008/09/24(水) 04:56:20 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

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