打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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打倒ローマへの道 第3日目

海の民 カルタゴ


だんだん大きくなりつつあるこのテーマ、このペースだとまとまるまでに全部で何話になるかちょっと不安に・・・。 今回から、問題点②『カルタゴ本国の支援不足&現場への無理解』 の検討に入っていきます。


(前段)

第二次ポエニ戦争時点でのカルタゴ本国の動きを考える前に、カルタゴそのものについて少し整理しておきたいと思います。(検討する対象が政治・経済・外交・文化に絡むと思われますので)
ただし厄介なのは、フェニキア人が現在のアルファベットに発展する文字(字母)を持ちながら文献として残さなかったため、現在に伝わるフェニキア人への記述はすべてギリシアやローマ人の著述家によるものしか残っていない点です。
歴史の必然ですが、後世に残るのは基本的に 「勝者が残した歴史」 です。滅ぼしたライバルへの記述は悪意のフィルターが掛かっていて不思議が無く、逆に高い評価を与える場合は 「自分たちを苦しめた程の人物だから」 と自分たちを貶めない為の相対評価の結果だったりする事があります。
そういうものも含めても僅かな記述しか残っていないため、「幻の民族」 的な見られ方がほとんどなのも仕方ないのかもしれません。
彼らは何処から来て、何をしていた人たちだったのでしょうか。習慣は?性質は?
こういうシリーズ記事を組まないとまず考える機会がないと思いますので多少なりとも上げて行きたいと思います。

古代東地中海01
           (古代東地中海沿岸部)

(成立-海の民)
地中海東部沿岸のレバノン地方辺りのフェニキア人諸都市、ビブロス・シドン・テュロス等のうち、テュロスを主体に地中海西部への植民都市建設の動きがありBC814年頃にカルタゴが成立したと言われます。彼らは海洋の通商民族であって農耕を生業とする人々ではありませんから、建設した町も島というか湾を抱えた半島部にありました。この場合何を東地中海への商売道具とするかですが、それは主にヒスパニアの金・銀・銅・錫・鉄鉱石といった鉱石でした。そしてそのために前進基地として建設されたのがカディスなどです。彼らの中にはジブラルタル海峡を越え、北はブリテン島から南はアフリカ西岸のシエラ・レオネまで到達した者もいました。(伝説としてはアメリカ大陸に到達していた、なんていうのもあり、『紀元前の大航海時代』とも考えられます)


(発展)
中継貿易で勢力を拡大させていったカルタゴが次に進出したのはシチリアでした。しかしここはシュラクサイ(シラクサ)を始めとしてギリシア人の植民都市が多く点在する所で、シチリアへの通商/権益拡大はギリシア人との衝突を意味します。BC3~5世紀はシチリアを巡って激しい抗争が繰り返され、西部から次第にカルタゴが勢力を伸張させてゆきました。
※但し植民都市の建設・拡張の動きはギリシア人のほうが激しく、カルタゴの動きは自発的なものでなく対抗措置的だったかもしれません。


(経済)
生来の活動である通商が主要な経済活動で、農耕を営む者も多少はいたようですが統治権を持つほどの勢力ではありませんでした。BC5世紀頃には地中海世界で最大規模の通商国家となり、西は北アフリカのモロッコ・リビア、イベリア半島・バイアレス諸島やサルデーニャ島、東はシチリアの半分とマルタ島などを領し、西地中海では断然の経済圏を持っていました。確かにローマは個々の戦争には強かったかも知れませんが、こと通商や植民活動の熱意や才能においてはカルタゴが断然上を行っています。
※現代では 『ローマ』 と冠されるともうダントツの強国と思ってしまうかもしれませんが、もし外交的・経済的・平和的にフェアに競っていたら、没落しているのはローマだったかもしれません。その意味では、軍事に訴えて滅ぼす動機はローマ側にもあったといえます。
またカルタゴがその経済力を本気出して軍事に振り向けていたら、イベリア・ガリア・ヌミディアなど傭兵の調達は思うがままですから、20~30万の兵を集めても不思議ではありません。


(政治)
政治機構の細かいところは不明ですが、BC6世紀頃までは貴族政(特にマゴ家による支配)、後に共和政に移行したようです。共和政と言っても少数の権力者が実権を握る寡頭政といってよく、国家の元首にあたるスーフェトス(Sufets/ショフェットとも)=司法権と行政権を取り仕切る長官職が複数いて統治に当たっていました。(ヘブライ語の「schofet」と同じ語) このスーフェトスに選ばれるのは小数の名家・貴族からがほとんどで、更に貴族たちからなる最高会議(百人会)を構成していました。また、市民集会もある程度の立法権を持っていたようで、スーフェトスが市民集会から選ばれた例もあります。(第二次ポエニ戦争後の復興に当たったハンニバルは市民集会の支持によりスーフェトスとなっている)

※カルタゴ人は、後世からは劣悪で浅薄な性質の国民として見られています。
結果として政治的な判断がまずかったり、敗軍の将に対する残酷な扱いや、功績を挙げたのにもかかわらず罷免される将軍がいるなど、ちょっと???な話が多く残るのも事実です。

ただし、カルタゴ人は危機における政治や経済面の改革については断行できる国民だったようです。

①第一次ポエニ戦争後の復興とイベリアの開発
※シチリアの権益をすべて失い、サルデーニャ島もドサクサ紛れにローマに取られ、なおかつ賠償金を課せられたカルタゴですが、結構頑張って復興しています。イベリアにはバルカ家のハミルカルが勢力拡大を図って短期間に統治に成功、カルタゴ本国に大きな収益を献上し続けるようになります。また、カルタゴ本国で政治的指導者の立場にあったハンノ家のボミルカルは北アフリカ内陸や沿岸部への開発に乗り出し、シチリアを失う前以上の収益を短期間に上げるようになります。
(この経済的復興はその後のローマと対照的です。ポエニ戦争後のローマはシチリア・サルデーニャといった大規模な穀物生産地を手にしますが、一方で中核となる中産階級の自作農が競争力を失ってゆき、小作化・離農が起こったり、生産物が小麦からオリーブやワインなど付加価値が高く・傾斜地でも生産できる農産物へと変化してゆきます。そしてこの問題がグラックス兄弟が提起した政治問題へと発展・混迷してゆきます)

②第二次ポエニ戦争後の税制・政治体制の改革と北アフリカ開発
※戦後ハンニバルが市民に推されてスーフェトスに任命され、汚職の排除・貴族優遇な税制や財政の改革を行っています。(但し急速にやりすぎたハンニバルは暗殺の危険に晒され亡命)この結果収益の無駄や不正の一掃に成功し、莫大な賠償金を早期に完済してしまう程に復興します。また、唯一残った拠点の北アフリカの農園開発にも一層力をいれます。豊かに産出したカルタゴのイチジクをみたローマの大カトーは急速に復興するカルタゴに懸念を示し、演説の最後に必ず 『だからカルタゴは滅ぼすべきである』 と締めくくったと言われています。


(軍事)
指揮権
カルタゴ軍の将軍は、当初は最高権力者自ら戦場に立っていたようですが、ギリシア等との戦いを通して段々と現場責任者というか本国から任命された部将が指揮する形になって行ったようです。また配下も高官こそカルタゴ市民ですが、下士官も含めた一般の兵は傭兵で構成され、一定の期間のみ報酬により雇用される者たちでした。

ポエニ戦争時におけるカルタゴのスーフェトスとローマのコンスル(執政官)の大きな違いは、ローマでは軍事の現場で最高司令官(インペラトール)も務めた点かもしれません。なにしろローマは毎年のように外に出て戦っている民族ですから、2人選んだ執政官のうち片方はほとんど外征に出ている状態でした。
カルタゴの将軍が戦いに敗れると直ぐに本国に召還され、下手をすると死刑に処される事がありますが、この辺は責任と権限の所在、更には戦術上の足かせとなって関係してくるかも知れません。

『自分が責任を持って当たらないと他人事』、というのは何となく分かる話です。
重要な分岐点、例えば後にハンニバルがカンネーの戦いに勝利した際に、報告と援軍の要請に 本国に戻った弟のマゴをあしらってイタリアで無くスペインへ派遣してしまいます。こういった辺りに、この時のカルタゴ本国の政治家には致命的に現場の空気が読めないと言うか本気にならない体質的なものも伺 えてしまいます。


海上戦力
カルタゴは「海の民」ですから、通商活動を妨害するものの排除は艦隊戦力をもって行います。そしてカルタゴの海軍はBC3~4世紀には地中海で最強といっていい規模を持っていました。その中核は3~5段漕船という巨大なガレー船で、兵士・漕ぎ手あわせて1隻あたり300人以上も必要な船を主体に300隻以上は動員できる(つまり10万人規模)だけの大海軍国でした。(DOLの世界ではガレアスでも250人強が限界ですから、300人以上乗れるガレー船の巨大さが分かる?)
その海軍力の前では、BC3世紀まで抗争をしていたギリシアも度々打ち破られる程でした。そのカルタゴ海軍に、今まで海軍を持っていない内陸都市ローマが海戦で度々勝っているのは相当に意外です。(ローマの急速な海軍整備には何となくギリシア人の支援と言うか遠謀が伺えなくも無い)

陸上戦力
研究者の見解では、カルタゴの人口は最大の予想で70万、奴隷その他も入れて普通40~50万人程度だったと見られています。この人口ベースで考えると、登録した市民だけで70万人以上、家族や奴隷・及び同盟都市の人口はその数倍いたと思われるローマよりはるかに少ないので、傭兵主体の戦力構成になるのも当然でしょう。他には、カルタゴの西にあるヌミディア・マウリタニアといった地域は騎兵の有力な産地で、カルタゴ軍にも騎兵隊を提供、というか参加したりしてしています。
(しっかし、カルタゴ人を現代的に1人当たりGDPとかで考えると、とてつもない生産性というか経済力だったといえます)
※カルタゴの兵は絶対に傭兵のみ、かと云うとそうでもありません。特に拠点防衛の際などでは市民も協力した守備軍が編成されることもあったようです。


(民族・文化)
後世にはカルタゴの野蛮な文化として幼児を犠牲にする習慣が紹介されていますが、これはカルタゴを貶めるための創作だとする説もあり不明です。それよりも、前出していますが人口の少なさというのは、カルタゴに限らず相当にネックです。これはポルトガルやオランダなどの海洋国家の発展が息切れしてしまう原因でもありますので。


※とりあえず一通り記述して区切りが良いので今日はここまでとします。(まだ本題入ってないですが)


しっかし、今日の記事 長過ぎて終わんないよおおおおーーー。
読んでる人ゴメンなせええーーー、ゲホッ・・・ゲホゲホ・・・
・・・
・・・ バタッ。


おしまい。


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ぶろぐらんきんぐさんかちゅう くりっく おねがいです。
  1. 2006/06/20(火) 20:16:55|
  2. 打倒ローマへの道
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

カルタゴはローマにとって許せないイデオロギーを持っていた国だったんだろうねえ。
だから、悪辣にかいてるのかな。

ローマの統治は、固く深い統治
カルタゴの統治は、ゆるやかな共生する統治
経済的に見ると、カルタゴの統治のがはるかによかったわけで(軍事的にはローマのがよかったのかな?)。
いろいろ文献を見てみると、ローマ人は経済活動がすごく苦手だったのかもしれない。
だから、経済活動が上手だった(洗練されていた)カルタゴを否定する必要があったし、否定しきらなければならなかったんじゃないかなあ。
兵として当時この地方で最強だったのは、個人的にはローマでなくスパルタ兵かなあと。
第一次ポエニ戦争で活躍したクサンティポスをはじめ優秀な人材もそろってたんじゃないかなあ。
  1. 2006/06/21(水) 02:13:13 |
  2. URL |
  3. めけ #-
  4. [ 編集]

めけさん>>
ローマ →農民・法治国家・徴兵制
カルタゴ→商人・自由主義・傭兵制  こんなイメージ・・・こりゃウマが合わないですな。

どうもローマのやたら単純な税制とか収益構造見てると、商人からキッチリ税をとる感覚が欠けてる気がします。 
対してカルタゴは更に農民や属国からもキッチリ年貢納めさせ、ついでにスペインの未開人だまして貴金属とかでぼろ儲けしてますから、『あいつら許せん(うらやましいぞ)』 と思うのでしょうか?

あとクサンティッポスは、なんでツマランことで罷免しちゃったのかなあ。
ああいうプロの軍人をあと1~2人呼んで、10年頑張って海軍も見てもらえれば、ハミルカルも楽になると思うんですががが。
  1. 2006/06/21(水) 11:31:04 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

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