打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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エンリケ物語 その1

航海王子の誕生

といっても元スペイン代表のルイス・エンリケとは関係ないお話。
(そういえば彼ヒホン出身らしい)

大航海時代の扉を開き、ポルトガル黄金時代の礎を築いたとされる偉大な政治家。セウタ攻略に参戦し、北アフリカにヨーロッパの旗を立て、騎士団長を務めた勇敢な軍人。レコンキスタの勢いそのままにキリスト教国探求に燃えた宗教家。大領主として数々の航海者を支援し、同時に植民地の開発にも着手した実業家。今ではいくつかの事柄が疑問視されるなど実像が大きく変わりつつある謎の人物。そう、航海王子と呼ばれたポルトガルの第三王子、ドン・エンリケがこの話の主役です。

って事で、今回から珍しく大航海時代ど真ん中の人物を取り上げてみようかと思います。普段の打倒ブログは歴史テーマと言っても、誰?どこ?クエ出てたっけ?なくらい大航海と関連薄いマニアックな話ばかりですから、たまには普通の人でも関心湧く内容で書いてみようかな、と。併せて、年代でいうと1350~1500年あたり、彼の生きた時代の前後で大きく飛躍してゆく事となるポルトガルの背景や周辺の事も書く予定で構成立てましたが、まあいつもどおり途中で脱線すると思うのでそこら辺は適当です(ぇ

さて、彼の生きた時代を見る前に、それ以前のポルトガル及び周辺の情勢からエンリケの生まれる前までを振り返って見ます。


混迷のポルトガル
まずエンリケ航海王子の出自から。
エンリケの父は当時のポルトガル王ジョアン1世(1357~1433)。
父ジョアン1世は庶子ながら若い頃には騎士修道会の団長を務めていた優秀な軍人でしたが、庶子がポルトガル王となった経緯はだいたい以下のような流れから。
まず、ジョアン1世が王となる以前のポルトガルは隣国カスティーリャ王国に対してかなりの劣勢で、1370年代に結んだ協定では 『ポルトガル王に嫡子がない場合はカスティーリャ王妃がポルトガル王位を継ぐ』 というような状態でした。
そして、前王でジョアンの兄フェルナンド1世が1383年に早世すると、当然ながら隣国カスティーリャ王国が介入し、協定により新たにカスティーリャ王妃ベアトリス(フェルナンドの娘)がポルトガル王位を継ぐと、これに反対するポルトガル国民との対立により国内は大混乱に陥ります。

ここで、混乱状態に陥ったポルトガルで圧倒的支持を受けてカスティーリャ勢に立ち向かったのが、既に27歳に達し、テンプル騎士団の流れを汲むアヴィシュ騎士団の総長となっていたジョアンでした。ジョアンはカスティーリャ勢を撃退する事で翌年ポルトガル王に推され、ジョアン1世として即位します。その後もジョアン1世はポルトガルに侵攻してきたカスティーリャ・フランス連合の大軍を寡兵で撃退するなどしてポルトガルの独立を守ります。エンリケ航海王子や他の王子が見せた軍人としての才能は、間違いなく父ジョアン1世の血を受け継いだものだったでしょう。



父ジョアン1世の即位前後の動き
1384年
リスボンに侵攻して来たカスティーリャ軍を撃退。

1385年
ポルトガル王に選出される。
同年秋、3万の大軍で侵攻して来たカスティーリャ・フランス連合軍を、わずか6千のイングランド・ポルトガル連合軍で迎え撃ち、アルジュバロータの戦いで完勝、これを撃退する。

1386年
ポルトガルがカスティーリャ王国に対抗する為イングランドと同盟を結ぶ。

1387年
イングランドのランカスター公ジョン・オブ・ゴーントの娘フィリパと結婚。



エンリケ誕生
その後、ジョアン1世と王妃フィリパは1391年に長男ドゥアルテ・1392年に次男ペドロをもうけます。そして1394年、エンリケがポルトガル王の三男として生まれたのでした。(実際には5番目の子ですが、上2人が早世した為に実質三男。また、エンリケの下には後に聖人となるフェルナンドという弟がいました。)
ちなみに、母方の祖父ランカスター公の息子ヘンリー4世、孫のヘンリー5世、ひ孫のヘンリー6世はそれぞれ後にイングランド王に就きますから、エンリケ航海王子は当時の歴代イングランド王とは叔父・従兄弟など非常に近い血縁だった事になります。更にランカスター公の血を引いたマーガレットという女性のひ孫が後のエリザベス女王となってきますが、後世イギリス国内でエンリケ航海王子が非常に高い評価を受けてくるのは同じ海洋国家の先駆者としてだけでなく、血縁的な親近感もあったかも知れませんね。



さて、英傑ジョアン1世とイングランド出身の母から生まれたポルトガルの3王子、
エンリケ自身もそうですが上の兄二人も非常に優秀でした。
まず後継者としてポルトガル黄金期の政務を執った長兄ドゥアルテ、ヨーロッパ中を外交兼視察の大旅行をして対外関係を強化すると共に貴重な情報を持ち帰った次男ペドロ、そして兄王子二人の成果を元にアフリカ・大西洋に打って出た三男エンリケ。
両輪どころか三輪体制で15世紀を迎えたポルトガルは飛躍を始めます。

ただしこのポルトガルと言う国、
ジョアン1世と彼の息子の世代でゼロから急激に発展した新興国というわけではありませんでした。
次回はエンリケ以前の、海洋国家として発展してゆくポルトガルを見てゆきます。




おしまい。


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テーマ:大航海時代Online - ジャンル:オンラインゲーム

  1. 2008/11/02(日) 11:29:32|
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