打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

エンリケ物語 その4

初陣

今回から、いよいよポルトガルの対外進出を描いてゆく事になります。
大航海時代の先駆者となった15世紀のポルトガル、
その第一歩は発見ではなく征服で幕を開けることとなったのでした。


発端
1411年、ジョアン1世の上3人の息子たちはそれぞれ成人に達していました。
長男ドゥアルテ20歳・次男ペドロ19歳・三男エンリケ17歳、ポルトガルでは14歳になった時点で成人と見なされ、王子たちはそれぞれ領地と家臣を与えられる事になります。この慣例に従い、王位継承者である長男ドゥアルテは別として、次男ペドロ・三男エンリケ共に親王家の主としての自立を始めていました。
そしてこの年、長年抗争が続いていたカスティーリャとの和平協約が締結され、これを機に王子達の騎士叙任を受けさせるべく、大規模な騎馬槍試合を開催しようという提案が持ち上がります。この提案にはジョアン1世も王子達も乗り気でしたが、これに待ったを掛けたのが財務長官のジョアン・アフォンソ。

『そんなものに出費を割くようなら、代わりにムーア人の土地でも奪いに行ったらどうですか?
 北アフリカのセウタなど格好の目標と思うのですが。』
 と。

確かに当時のセウタはアフリカ内陸で産出する金が北アフリカから地中海へ流通する主要なルートの一つであり、位置的にもジブラルタル海峡を押さえる意味で非常に重要な戦略港でした。


遠征計画
そしてこの提案、国王ジョアン1世よりも3人の王子たちが食い付きます。
模擬試合よりも実戦で腕試しをしたいという事でしょうか。
また新たな領土の獲得は、レコンキスタの完了とカスティーリャとの和平が実現した状況下では、騎士たちにとっては貴重な武功を上げるチャンスであり、リスボンなどの商人達にとっても市場開拓の機会と受け止められ、1年足らずの間にこの提案はかなり発言力を持つようになっていました。但し、決定者であるジョアン1世はセウタよりもむしろイベリア半島で唯一残っていたイスラム勢力のグラナダ攻略に関心を持っていたようで、カスティーリャ王国へ連合してグラナダ攻略をしてはどうかと打診しています。
しかしこの提案はカスティーリャ王に拒絶されます。
グラナダはDOL世界で言うとマラガから東に延びる海岸線に沿って割拠していますから、現在のDOL内では完全にイスパニア領内です。ここにポルトガルの影響力が及ぶのはカスティーリャ王としては避けたいのは言うまでもありませんでした。こんな事もあり、ジョアン1世の視線の先には次第にセウタが映るようになって行ったのでしょう。

1412年頃から、ポルトガル国内では攻撃先が決定されないまま、対イスラム勢への侵攻計画がスタートします。エンリケら王子たちもそれぞれ分担して各地方へ回って戦費調達の新税を集めに掛かり、造船所ではフル稼働で軍船・輸送船の建造が始まります。また同時に武具・馬具・革職人や縫製職人なども戦時の武具の生産に入るなど、ポルトガル国内では遠征に向けた準備が国を挙げて進行しつつありました。もちろん増税は一般市民にとって負担になりますし、このセウタ税はこれ以降も継続して徴収されるようになりますから、反対する声ももちろんあったでしょう。
しかし実際のところ、セウタ攻略戦に投入された人員は兵員だけで2万人以上、200隻以上の軍船・輸送船が使用されており、人口100万人そこそこの15世紀初頭のポルトガル※ではそれこそ国力の大部分がこれに投入される一大計画となっていました。(※16世紀の人口で140万人程度)

しかし、これ程までの軍備増強は周辺諸国を警戒させる事になります。
同じキリスト教国のカスティーリャやアラゴンなどは使節を送って確認する事ができたでしょうが、イスラム教国のグラナダやモロッコ、そして目標のセウタは攻撃ある事を想定して防備を固めに掛かるなど、1414年頃には既にジブラルタル海峡周辺では緊迫の度を増していました。



リスボン出港
1415年春、遂にポルトガルの軍備が整います。
ポルトガル北部での準備を担当していたエンリケ王子(当時20歳)などは70隻もの船を建造し、数千の軍勢を率いてリスボンに入港してきます。
そしてここで初めて、父ジョアン1世からエンリケに最終目標がセウタである事が明かされます。この戦いでジョアン1世はエンリケに先陣を任せるつもりでいました。真っ先に真意を伝えたのも、王子の中では軍人としての資質を見せ始めていたエンリケに最も期待していたからでしょう。

1415年7月23日、大船団がリスボンを出港します。
この時の陣容は次の通り。

国王ジョアン1世、
次男ペドロ、三男エンリケ、エンリケの異母兄バルセロス伯、
(長男ドゥアルテは国王代理としてポルトガル国内に残留)
国軍総司令官でジョアンの盟友のヌノ・アルヴァレス、
海軍と陸軍の両司令官、
またポルトガル国内の各騎士団長もみずから参戦。

そしてこれら首脳陣の指揮下に兵員2万、
イングランドから送られた長弓兵1千、
国外の騎士団員なども参加します。

合計すると兵員が計21000~22000人、
軍船が約60隻、
輸送船が約65隻、
補給船が100隻以上と、
中世末期のヨーロッパとしてはかなりの大艦隊だったことがわかります。
しかもこの頃の軍船の主力はガレーですから、
漕ぎ手と帆船の水夫も入れると総員3万人近い規模だったかもしれません。



セウタへ!
ところがあまりの大艦隊であった事と途中で無風状態に見舞われた為、最初の船がリスボンを出港してから船団がジブラルタル海峡東側のアルへシラスに集結するまでに、既に2週間以上が経っていました。こんな状況ではジブラルタル海峡から北アフリカ沿岸で暴れていた海賊たちが活動できるはずも無く、この異常な動きはセウタ・グラナダにも伝わってしまいます。間もなくセウタでは近隣のイスラム領主へ救援要請が飛び、城外では援軍が集結しつつありました。

一方のポルトガル軍、8月中旬になっていざセウタへ向かって出撃したはいいものの、
途中でまたしても荒天に見舞われ、艦隊はセウタのすぐ手前で大混乱になってしまいます。
しかし、ここでジョアン1世が無理をしなかったことが幸運を呼び込みます。
いったん攻撃を延期して機会を待つことにしたポルトガル軍、
嵐がおさまって艦隊が再集結するまでに更に1週間近くが掛かったものの、
その間に攻撃は諦めたと見たセウタの警戒体勢はいったん解かれていたのでした。

既にリスボンを出港してから1ヶ月近くが経った1415年8月20日の夜半、
ジブラルタルにいたポルトガル艦隊は再び対岸に向けて出撃します。
翌朝、セウタを目前にした大船団の先頭には、
先鋒として一番乗りが認められていたエンリケ王子の姿がありました。



おしまい。


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テーマ:大航海時代Online - ジャンル:オンラインゲーム

  1. 2008/11/08(土) 08:18:07|
  2. エンリケ物語
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

戦費に匹敵する騎馬槍試合がむしろ気になります!

それはそうと国王の子供すらバタバタ夭折していく前回記事を読んで、先月みた映画“ブーリン家の姉妹”の暗い演出を思い起こしました。なんというか、王族といえどみんな必死だったんだな~と。
  1. 2008/11/08(土) 21:16:57 |
  2. URL |
  3. 小雨心 #Lhrj2Pbg
  4. [ 編集]

教授>>
国外から著名な騎士を招いて開催すればある程度の出費が出るのでしょうが、この逸話は『ギネー発見征服誌』を書いたアズララの創作とする説も根強いですね。

それと、幼児の死亡率は確かに異常に高いのが判りますねえ。衛生面や食事などで最高の水準にあったと思われる王家ですら、半分近くが成人できないと言うのはちょっと驚きです。おまけにこの時代はペストが周期的に襲ってきますから、成人してもいつ死ぬか判らない部分があったでしょう。
まして一般庶民となるともっと厳しかったでしょうから、それこそ神にすがりたくなる気持ちは現代人では中々わからないだろなあと思います。
  1. 2008/11/09(日) 11:32:19 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

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