打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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エンリケ物語 その7

世界の果て

主にエンリケの家臣たちによって始まったポルトガルの西アフリカ探検、これの実施に当たってはエンリケ1人の主導によるものではなく、王家の人々を始めとした様々な人々の支えによって成立した部分は大きく、中には意外なところからも支援が有りました。
今回は探検の進行と共にちょっとこの辺の側面もみてゆきます。


ペドロの大旅行
1418年、つまりセウタ攻略の3年後にあたるこの年、
エンリケの兄ペドロが突然国外へ旅行に出てしまいます。
それも10年の長きに渡って。
セウタ攻略を成し遂げた一員でもあったペドロはヨーロッパ各地で英雄として迎えられ、様々な人の支援を受けます。例えばカスティーリャ王に面会したあとドイツ・ハンガリーでは神聖ローマ皇帝に従って各地を転戦し、ペドロに惚れ込んだ皇帝からヴェネツィア近くに領地を賜わったと言います。北イタリアで拠点を得たペドロはそこからヴェネツィア商人の船に便乗して東地中海に渡り、なんとコンスタンティノープル攻撃中のトルコのスルタンにも面会し、そこからカイロ・アレクサンドリアを経てイェルサレムにまで到達したといいます。その後、北イタリアからフランス・イングランドと回ってイングランドではガーター騎士団員に叙任されたと言いますが、どこまで真実かは不明としても、中世の王侯貴族の行動としてはかなり突飛だったのは間違いないでしょう。

ただこれ、一応ポルトガル王族の旅行ですから随伴として最小限の家臣たちも同行する必要が有り、長期の旅行となればかなりの資金が必要だったでしょう。実はこの資金、父のジョアン1世がセウタ攻略で国庫がほとんど空っぽになってしまっていた為に私財を処分してなんとか工面していたとも言われます。公的な地位では弟のエンリケに騎士団長職や拠点セウタの総督職など軍の要職を与えていた一方で、兄のペドロには親王としての公爵位のほかは特別みるべき職責を負わせていなかった背景には、この大旅行で不在だった事が影響していたんでしょうね。

しかしもともと英明な資質と社交的な性格をしていたペドロ王子、単に放蕩旅行をしていたわけでは有りませんでした。10年の大旅行によりペドロは 『中世人として旅立ち、近代人として帰ってきた』 と後世の歴史家に評される成長を見せたのです。
前述した神聖ローマ皇帝に北イタリアの領地を与えられたあと、ペドロはここを拠点としてヨーロッパ各地からもたらされる情報の収集と最新の金融・政治学・物理・数学・地理・工業技術などを入手していました。なにしろ15世紀初頭にヴェネツィア近郊にいれば、ヨーロッパでは最先端の情報・技術・学問が集積できたでしょうから。そして滞在先から兄ドゥアルテに向けて 君主の統治方法に関する考察を手紙にして送るなど、旅行期間中にもその成果はポルトガル本国にもたらされていました。

更にこのペドロ王子、イスラム世界のアレクサンドリアを訪れた事で、プトレマイオスの地理学や世界地図マッパ・ムンディ、アラブ人の航海技術など中世ヨーロッパ人よりはるかに広い見識に基づいた情報にも接した可能性が有ります。また、帰国直前の1428年にはヴェネツィア共和国の元首からマルコ・ポーロの東方見聞録を進呈され、更にヴェネツィア秘蔵の地図を複写してもらう為にエンリケに出費を要請する手紙を送った記録が残っています。

これらの情報・技術がエンリケに送られていたとしたら・・・。
まあ想像する分には自由ですからw

しかし実際、そこらへんの関連性の真偽はともかく、ペドロが帰国する1430年代以降、西アフリカ探検は急速に進みます。しかもポルトガルはその過程で緯度の測定方法や遠洋航海の技術・新型船の投入などを洗練させて行き、エンリケの事業が終わる1460年頃にはほとんど正確にアフリカからポルトガル南端のサグレス岬に直接帰って来れる様にまでなっています。

アフリカ図1434年
1434年時点の西アフリカ探検図


軌跡
1426年、ゴンサロ・ヴェリョがカナリア諸島東のノン岬を回航し、
ボジャドール岬の手前数百キロまで到達。
1427年、エンリケの家臣ディオゴ・シルヴェスによってアソーレス諸島が発見されます。ヨーロッパからかなり遠いこのアソーレスにも後に入植が行われ、小麦や染料が産出されるようになります。後にこのアソーレスを足がかりにして更に西へ航海する試みもなされ、北米大陸の手前で引き返すと言う実に惜しい挑戦もありました。もし、もう少し航続距離の長く、逆風にも強い高性能船に乗っていたらアメリカ大陸到達は数十年早くポルトガル人によって成されていたかも知れませんね。



限界
そんな順調に見えた西アフリカ探検ですが、1420年代も後半になってくると、
ある地点から先には全く進めなくなります。

ボジャドール(ボパドル)岬。

ジブラルタル海峡から南下すること1600km、
カナリア諸島から160~200km程に位置していた、
サハラ砂漠から大きく突き出した長い長い岬の先端。
当時のヨーロッパ人が考える世界の果てがそこでした。
そこから先は、
『海は沸騰し、怪物が棲む泥沼となり、血の色をした川が流れ込む』

こんな通説が本気で信じられていた時代でしたから、
いくらエンリケが船団を派遣しても、
そこから先に挑戦する航海者はいなかったのでした。
こうして、エンリケの探検事業は停滞したまま数年が経ちます。



挑戦
1434年、
業を煮やしたエンリケは遂に家臣ジル・エアネスを呼び寄せて
『何事にも惑わされず、何としてもボパドル岬を越えてくるように』
と厳命します。
主君の決意の程を感じ取ったエアネスは、
こうして世界の果てに挑戦する探検に出たのでした。

バルシャ船で・・・。



おしまい。


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↑次回、エアネスの運命や如何に!?

テーマ:大航海時代Online - ジャンル:オンラインゲーム

  1. 2008/11/12(水) 21:37:23|
  2. エンリケ物語
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
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コメント

Σ

バルシャなの!?
キャラベルとかこのころはまだないのかな?
  1. 2008/11/13(木) 01:17:18 |
  2. URL |
  3. トホ #-
  4. [ 編集]

えっ!?
バルシャ??まぢですか・・・笑
  1. 2008/11/13(木) 08:05:12 |
  2. URL |
  3. アンチャ@ #-
  4. [ 編集]

ついにボジャドール岬越えのチャレンジ開始ですねー。そういえばジル・エアネスの話が出てくるクエありましたよね。海事の情報収集クエだったかな…

この岬、名前だけはよく聞いていたんですけど、実は具体的な位置を知りませんでした。今回の記事でやっとイメージが掴めました。
今の観点で見ると「まだこんな所なのか!」って思っちゃうけど、当時の状況を鑑みるとそれもやむなしか…

とはいえ、この手探りで進んで行く感覚にはワクワクさせられるものがあります。次回が楽しみ~♪

  1. 2008/11/13(木) 22:36:14 |
  2. URL |
  3. サラバント #phaeMvmk
  4. [ 編集]

トホミティさん>>
アンチャさん>>
キャラベルはこのちょっと後で登場してくるのでその時書きますね。この次で書いたけどバルシャと言っても大きさまちまちなので、いまDOLで出てくるものでイメージするとちょっとずれるかも。


サラバントさん>>
一応地図に書いた場所で合ってると思うのですが、研究者によってはこの先にもっと航行が困難な岬があるので別の場所とする人もいますね。

  1. 2008/11/14(金) 14:09:52 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

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