打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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エンリケ物語 その12

権力闘争


1440年代後半の時点でサハラ砂漠を越えてギニアに入るなど順調に進んでいたポルトガルの西アフリカ事業。民間からも多数のキャラベル船が建造されて大規模な交易・探索が行われるようになるなど活況を呈していた一方で、ポルトガル本国では静かに・そして根深い反感が生まれつつありました。

今回はこの1440年代におけるポルトガル本国での権力闘争を見る事にします。というのも、この結果が史実はもちろん、現在のDOL世界でのポルトガルの登場人物にも直結する重要な契機となっていたからです。


アフォンソ5世
エンリケの父ジョアン1世、兄のドゥアルテ1世が亡くなった後、ポルトガルの王位に就いたのは当時わずか5歳だったドゥアルテの遺児アフォンソでした。これがアヴィシュ朝第3代の王アフォンソ5世となります。幼少のアフォンソ5世の摂政となったのは始め母のレオノール、次いで叔父のペドロが就いていました。このペドロが摂政となった事で、エンリケはアフリカ事業における支援と権限を与えられ、その結果が1440年代の進展に繋がっていたのです。また、これに先立ってエンリケはアフォンソ5世の弟フェルナンドを養子に迎え入れています。


反感
エンリケの父ジョアン1世に始まるアヴィシュ王朝が、旧来の貴族だけでなく民衆と新しい騎士階級を取り込んで成立したのは以前書きましたね。このうちエンリケのアフリカ事業で成功し・利益を得ていたのは、主にリスボンなど都市の商人と新たに取り立てられた比較的身分の低い騎士階級でした。

一方、旧来の土地領主である古い貴族たちは、アフリカ事業の成功によって外部から流入する資本・商品とそれを支持する摂政ペドロの商業優先の政策により、商品・貨幣経済の進展の中で危機感を募らせてゆきます。これらの旧貴族派の領袖が、エンリケやペドロの異母兄であるバルセロス伯でした。

元々バルセロス伯はアフォンソ5世の摂政だった母レオノールに近く、都市階級の代表であるペドロとは反目する関係にありました。ペドロとレオノールの権力闘争の際にはペドロ優勢と見ていったんは和睦したものの、レオノールが引退した後はこのバルセロス伯が反ペドロ陣営の代表と見られるようになって行ったのでした。

また摂政となっていたペドロは当時のヨーロッパの王侯の中でもかなり優秀な人物だったでしょうが、それだけに物事の決定にはやや専横的な所があり、その姿勢もまた旧来の貴族の反感を買う一因だったかもしれません。
ただ、このペドロもいたずらな反目は望んでいなかったようで、バルセロス伯との当面の対決を避けるべく、1442~43年頃にはバルセロス伯にある公爵位を授けて懐柔を図っていました。
その爵位とは、

ブラガンサ公爵。

聞き覚えありますよね?
そう、このエンリケとペドロの異母兄であるバルセロス伯とは、
今DOL世界でポルトガルのリスボン王宮の真ん中で爵位をくれたり海戦時には『その方の進言を聞こうか』 とか言ってるあのブラガンサ公爵の直系の先祖だったのでした。


ブラガンサ公爵家
エンリケの異母兄バルセロス伯を初代とするブラガンサ公爵家は、15世紀末のジョアン1世の時代にいったん衰退するものの、16世紀になると勢力を回復してポルトガル屈指の大貴族として権勢を振るいます。そして16世紀後半にポルトガルがイスパニアとの同君連合となっていったんアヴィシュ王朝が滅んだ後、1640年に再独立した際にはブラガンサ王朝を開いて自ら王家となります。
このブラガンサ王朝は19世紀にナポレオンに侵攻されていったんブラジルに亡命した後も命脈を保ち、ブラジル帝国の君主として、また20世紀まで続いたポルトガル王家の最後の王朝として、第一次世界大戦の直前まで存続していました。


ブラガンサ公の謀略
1446年、アフォンソ5世は14歳となり成人を迎えます。
普通ならこの時をもって摂政役のペドロは役割を終えるのでしょうが、若年のアフォンソ5世にとってはいきなり親政しろと言っても無理な話で、ペドロに引き続き側近として助言を与えてくれるよう要請します。そしてこの若年のアフォンソ5世に、ブラガンサ公爵が親族衆として接近して来たのでした。
ブラガンサ公の最初の狙いはアフォンソ5世に王妃として自分の孫娘を嫁がせることでしたが、これはペドロの娘(つまりアフォンソのいとこ)が決定する事で断念します。(まあこれで更にペドロを恨むわけですが・・・)
更にブラガンサ公はアフォンソに対し、母レオノールの死にペドロが関わっていたと吹き込みます。恐らく全く無関係ではなかったのでしょうが、こんな感じでアフォンソとペドロを引き離そうとするブラガンサ公の策謀は次第に効果を上げてゆきます。

1448年、遂にアフォンソ5世は摂政ペドロを解任します。
その命令の影にはブラガンサ公の策謀があった事をペドロは感づいていましたが、賢明なペドロはむやみに反抗することなく、この時おとなしく領地コインブラに戻って引退します。
しかしブラガンサ公の策謀はこれで終わりませんでした。
『親王ペドロに謀反の気配あり』 
ペドロが去って旧貴族派が発言権を強めていったポルトガル王宮でこんな噂が流布し始めます。これを疑ったアフォンソはペドロに出頭命令を出しますが、このいわれのない嫌疑に対してもペドロは従い、リスボンの王宮に出頭しようとします。ただ、この時はさすがに無実の罪に落とされようとしているペドロの窮地を救う為に両者の仲裁としてエンリケが動き、ペドロとブラガンサ公は共に引いて領内に戻ったといいます。

この後、ブラガンサ公によるペドロ離反の謀略はアフォンソだけでなくエンリケにも及びます。ペドロが翻意を抱いているから注意するようにと言う文書をエンリケに送るのですが、元々ペドロと仲の良いエンリケがこれを信じるはずもなく、逆にペドロの元に赴いてその手紙を見せたといいます。


ペドロの最期
あの手この手を使っても謀略に乗ってこないペドロに対し、
ブラガンサ公はいよいよ強引な手段に出始めます。
『コインブラ公領へポルトガル軍が通過するから認めるように』
ポルトガル軍と言っても実際はブラガンサ公の手勢です。そもそも公爵領は最高裁判権など一部の王権を例外としてその公爵にすべての権限を認めた特別領であり、一個の国に近い自立権を有していました。そこに謀反の嫌疑が掛かっていたとは言えブラガンサ公の息の掛かった軍隊を通過させろと言うのですから、これはペドロにとってもかなりギリギリの命令だったと思います。

おとなしく従えば事故に見せかけて襲われる危険がありますし、
拒否すればそれを謀反の証拠として逮捕されるのが目に見えていました。
この命令に対し、ペドロは遂に兵を挙げます。
ブラガンサ公としてはしてやったりでしょうが、ポルトガル国内の権力闘争は遂に内戦にまで発展してしまったのでした。

それにしても、ブラガンサ公爵のこの辺の余りにもミエミエで強引な謀略ぶりは、徳川家康が秀吉亡き後の豊臣家を滅亡させるまでのプロセスに酷似していて日本人としてはちょっと興味深いところ。

1449年5月、ポルトガル軍とペドロのコインブラ軍は現アルヴェロカ近郊のアルファルロベイラまで進軍し対峙します。
緊張感が高まる中、突如ペドロの手勢とポルトガル軍の間で戦闘が始まってしまいます。しかし元々少数に過ぎないコインブラ公軍はポルトガル軍に押され、ペドロの周辺は彼が意図しないまま戦場となっていました。
そしてこの混乱の中、一本の矢がペドロを貫きます。
57歳のあっけない死。
主君を失ったコインブラ公軍は離散し、戦場に放置されたペドロの遺体はその後近くの小屋に運ばれますが、初夏にも関わらず3日以上もそのままだったので腐敗して悲惨な事になったといいます・・・。


戦後
ペドロに掛けられていた嫌疑は全く根拠のないものだったことが明らかになります。
そしてこの内戦によるペドロの死に対して、彼を知るヨーロッパ諸国では非難の声が上がります。
中でも激怒していたのが、ペドロの妹を妻としていた 『善良侯』 ことブールゴーニュ侯フィリップ。
ペドロの遺児2人をブールゴーニュ侯領内に保護すると、
一人はキプロス島の王女と結婚させてアンティオキア公に、
もう一人をリスボン司教から枢機卿にまで育て上げたと言います。

一方、権力闘争に勝利したブラガンサ公爵家。
ペドロの死後アフォンソ5世の摂政として権勢を振るいます。
エンリケに対しては特別敵意をもたなかったブラガンサ公はエンリケのアフリカに置ける権益には手を付けませんでしたが、最大の支援者だったペドロを失ったエンリケのアフリカ事業は1449年以降やや停滞を余儀なくされます。その方向は新規の探検よりも収益性が重要視され、冒険者より商人の時代に入りつつありました。

尚、ポルトガルがアフォンソ5世から母方の祖父にペドロを持つジョアン2世の時代に移ると、祖父ペドロを謀略をもって死に追いやったブラガンサ公爵家は粛清の対象となります。そして、ブラガンサ公爵家が再び親族衆の重鎮として政権内に復帰するのがちょうどいまDOL世界が展開している16世紀前半だったのでした。


いかがだったでしょうか。
ブラガンサ公、極悪ですね。
ちょっと長くなりましたが、リスボン王宮内の真ん中にいるあのお方の先祖と、
エンリケ航海王子の世代のポルトガル王家の間には、これほどの抗争があったのでした。



おしまい。


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  1. 2008/11/22(土) 18:43:40|
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