打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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イスパニア物語 その2

バルカ家の伸張と第二次ポエニ戦争


イスパニアの歴史を振り返るシリーズの第2回。
前回はイベリア半島の歴史への登場から紀元前3世紀にカルタゴのバルカ家が進出を始めたあたりまでを見てみました。今回はその発展と、彼らの前に立ち塞がることになる最大の敵についてを振り返ってみます。

ところで、
イベリア半島の通史を見ていると気付くのが、その支配者の変遷の激しさ。
日本のように、古代期に大陸勢力の影響が見られた以外はほぼ同一の民族内で政権交代が繰り返されていたのとは異なり、イベリア半島では民族・宗教の両面で何度もその支配層は変遷を繰り返してゆく事になります。これは世界の辺境だったヨーロッパ地域としては格段に多く、それこそシリアやトルコあたりと比較すべき位に変化に富んでいました。

この状況はイベリア半島を大きく地図上で俯瞰(ふかん)するとなんとなく納得できます。東はピレネー山脈と地中海・西は大西洋・南はアフリカ・北はビスケー湾から北海方面と、東西南北すべてが違う地域に区分される、まさに文明の十字路に位置しているのがこのイベリア半島なのですから。


(バルカ王国)
そうした中でイベリア半島史上で最初の本格的な統治者となったカルタゴのバルカ家、紀元前237年に軍を率いて移住を開始してからわずか10年足らずでその支配領域はイベリア半島の南半分に達するまでになっていました。
特にこれまで及ばなかった内陸部分への影響力の浸透は顕著で、現地のイベリア人やケルト人部族とは抗争を繰り広げつつも確実にその領域を拡げていました。この時期、バルカ家の経営で特に目立つのが銀山の開発でしょうか。
こうした急速な勢力拡大と資金力の増強により、当主ハミルカルが亡くなる紀元前229年頃までには、イベリア半島におけるバルカ家の収益はおよそ年4000タレントにも達していました。
この収益は第一次ポエニ戦争で失ったシチリアでの権益を上回るばかりでなく、ローマとの講和時に締結した賠償金2200タレントの分割返済(10年払い)を一括で完済可能なほどの資金をカルタゴ本国に送金するまでになっていました。地中海随一の勢力を誇っていたカルタゴ本国のアフリカでの歳入がだいたい12000タレント程でしたから、バルカ家のイベリア半島経営はその3割以上に相当する資金力をわずか10年足らずで稼ぐようになっていた事になります。これほどまでの成長によりバルカ家の支配地は次第に独立王国の様相を呈するようになって行きましたが、面白い事に本国カルタゴだけでなく敵国ローマもこの状況には特に警戒する姿勢を見せませんでした。

(ちなみに1タレントは古代ギリシャだと銀貨6000枚に相当し、銀貨1枚が日当とするなら4000タレントともなれば兵員6~7万人分の年収に相当する額という事に。これほどの財力を地中海でも屈指の武将が持っていたのを警戒していないのは、かなり政治的な危機感が欠如している気がしないでもない・・)


スペイン地図BC220 ちょっとここで関連地図を作ったので参考にしつつ進めます。
図の緑色の範囲がバルカ家によるカルタゴの勢力圏になります。
※原寸は800×600なのでクリックしてみて下さい。



(後継者)
わずか10年足らずでイベリア半島の南東部に確固とした拠点を築きつつあったハミルカル・バルカですが、紀元前229年頃に現地部族との抗争で戦死すると、娘婿のハズドルバルが後を継ぎ、その事業を継承してゆく事になります。
しかしバルカ家には既に優れた後継者が育ちつつありました。
ハミルカルの長男は当時まだ18歳。
若過ぎたゆえにすぐに後を継ぐことにはなりませんでしたが、
その頭脳から繰り出される芸術的なまでの戦術指揮は後世この青年を、
『古代史上最高の戦術家』 として記憶させる事になります。
そう、ハンニバル・バルカですね。

紀元前221年、義兄ハスドルバルが暗殺されると、ハンニバルは26歳でバルカ一門の当主となります。既に指揮官として優れた資質を見せていたハンニバルはカルタゴ本国の承認も受けてイベリア半島の南半分の支配者となりますが、この頃既にローマとの対決はほぼ避けられない所まで来ていました。
これより先の紀元前226年、ハスドルバルはローマとの間に『エブロ川以北には勢力を拡げない』という協定を結んでいました。エブロ川は地図で見ると分かるとおりイベリア半島の付け根に位置する大河で、その後ハスドルバルの堅実な拡大政策によってカルタゴの勢力はハンニバルが後を継いだ翌紀元前220年にはそれがエブロ川にまで達していました。他方ローマ軍もその頃には東側にあるガリア南部の平定が完了しつつあり、紀元前220年には両者の勢力圏は接触する直前まで来ていたのでした。


(第二次ポエニ戦争とその経過~前段~)
今回ここを詳述する目的ではないのであまりのめり込まない様に注意しつつ書いて行きますね^^);
ここに至るまでの話とか書き始めたらまるまる1回費やさないといけないので自重自重。

とにかく結果としてハンニバル率いるバルカ家とローマの対決は、紀元前219年のサグントゥム攻略戦をきっかけとして第二次ポエニ戦争に突入する事になります。サグントゥムの町はローマの同盟市ではありましたが、一方でこの町はハスドルバルとの協定により境界と定められたエブロ川のかなり南側、今のバレンシア近郊に位置する、完全にバルカ家の勢力圏内に孤立する町でもあったのでした。

その後、ハンニバルが取った戦略は陸路アルプス山脈を越えてイタリア半島に直接攻撃を掛けるという物でした。海洋史的には海の民であるカルタゴ人が海路を最初から捨てていたのが戦略上なんとも苦しい所ではありましたが、古代最高の戦術家・ハンニバルに対抗できる武将はまだローマ側に存在していませんでした。
この戦役の経過を追うと、紀元前218年のティチーノの戦いから始まり、トレッビア・トランジメーノ・そして紀元前216年のカンナエの戦いまでの間にローマ軍の出した犠牲者は10万人を数え、その後イタリア南部を10数年に渡ってハンニバルに占拠されるという苦境に立つことになります。

一方イベリア半島では、ローマからはプブリウスとグナエウスのスキピオ兄弟が率いる軍団が派遣されていました。これに対しハンニバル遠征中の本拠地カルタゴ・ノヴァを守護していたのはハンニバルの弟のハスドルバル(義兄のハスドルバルとは別人)。
この両者の戦いの結果はというと、紀元前211年にハスドルバルがグアダルキビル川(セビリアの町中を流れている川)で行われた会戦でこのスキピオ兄弟を戦死させ、ローマの2個軍団を壊滅させるという大戦果を上げます。(ここわざとカルタゴ視点)

この事態に驚愕したローマの元老院が取った対応策は実に意外なものでした。
しかしこれが第二次ポエニ戦争を大きく変動させる事になるとは、
この時はまだ誰も予想していなかったのですが・・・。

長くなりそうなので続きは次回に。



おしまい。


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次回は軍神対軍神!

テーマ:大航海時代Online - ジャンル:オンラインゲーム

  1. 2008/12/21(日) 21:01:28|
  2. イスパニア物語
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<イスパニア物語 その3 | ホーム | イスパニア物語 その1>>

コメント

面白いです~。
1から読みはじめています(まだ2ですが)。

しかし、ハミルさんがバルサを作ったのにバルサを
支配することはできてなかったんですね。
  1. 2009/02/03(火) 15:44:49 |
  2. URL |
  3. psycho #-
  4. [ 編集]

彩子さん>>
どもども。(私が作ったわけじゃないけどw
地理的にはエブロ川の東側となるバルセロナ(バルチーノ)は恐らく勢力圏にぎりぎり及ばなかったんでしょうね。いったん港として拓いたものの協定によって川の北に出ないということになりますから、BC.220年代で放棄したか既存の港として維持を認められたかで考えると、前者の方が可能性高そうです。
  1. 2009/02/05(木) 17:03:57 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

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