打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

イスパニア物語 その12

レコンキスタ初期の激突


今回から本格的に記述してゆくイベリア半島のレコンキスタ。
しかし彼らの再征服活動は最初から手痛い敗北を伴う厳しいものでした。

(アルフォンソ6世の再征服)
さて、前回までに登場してくる各勢力の成り立ちを見て来た中で、カスティーリャ=レオン王国を再統一したアルフォンソ6世についてちょっと触れましたよね。このアルフォンソ6世、若い段階で兄弟間の争いを勝ち残って1072年に再統一した後、分裂していたイスラム勢力下のイベリア半島中部~西部を従属下に置き始めます。

(トレド陥落!)
その後1080年に入り、大西洋岸一帯は妻の血縁者であるブルゴーニュ家のアンリのいる一軍に任せて、アルフォンソ自らはおよそ1万の軍を率いて半島中央部に進出します。このあたりはけっこう丘陵・山岳が続く周辺と孤立しやすい地形だったこともあって各町を拠点とした小豪族が点在する特性を持っており、一応大都市トレドに拠ったズーヌーン朝がこの地域の盟主となっていました。アルフォンソはこの年、トレドの王カーディルが内紛により追放され、反カーディル派を操っていた西の隣国バダホス王国の影響下に置かれるといった勢力争いに介入する形で出兵したのでした。
その後、軍勢を率いたアルフォンソはカーディルを復位させる事に成功しますが、これに対抗する形で反カーディル派はターイファ諸国の大国、セビリャとサラゴサをも味方に付けて抵抗した為かなりの長期戦となります。が、政戦両略を駆使して包囲戦を戦うアルフォンソの前にターイファ諸国の援軍も撤退が続き、1085年になってトレドはカーディルがバレンシアと引き換えに開城することを決め、足掛け約5年近くの長期戦ののちに降伏したのでした。

このトレド、その後カスティーリャ王国の一応の宮廷所在地となります。
1560年代にフェリペ2世がマドリードに遷都するまで建築や学問の一大拠点として繁栄を続け、移転後も美術地図でおなじみのエル・グレコなどはここに住んでいました。今でもまあ歩けば文化遺産にあたるという感じで町ごと世界遺産になってるくらいですから、将来スペインに行く機会があったら一度はここ見ておきたいですね。


(ムラービト朝の進出)
さて、内陸の重要都市トレドの陥落によりイスラム勢の勢力圏がイベリア半島の中央部を横断するタホ川(河口にあるのがリスボン)まで後退させられた事で、他のターイファ諸侯は危機感を募らせます。このうち次の標的となると思われたのが、トレドの下流域にあるメリダ・バダホス・リスボア、そしてトレドからまっすぐ南下した所にあるかつての首都コルドバとその下流域にあるセビリャ王国、更にその南のグラナダまでも射程圏に入っていたでしょう。
このような情勢下ではアンダルシア地方の最強国セビリャといえど安穏としてはいられず、翌1086年になると残るターイファ諸侯の大国、バダホス・グラナダ各国もセビリャに同調してこの頃北アフリカ・モロッコで急速に勢力を拡大させつつあったムラービト朝のユースフ王にそれぞれ救援を求めます。
『豚の世話をするよりはラクダの世話をするほうがマシだろう』
とはこの時セビリャ王のムータミドが吐いたものとして伝わっている言葉ですが、
彼らベルベル人もモロッコ人を完全に信用してはいなかったのでしょう。
しかしこの要請に応える形でユースフ王は1万強の軍勢を率いて自ら出陣し、
ジブラルタルを渡ります。

一方アルフォンソ6世の次の目標はトレドからタホ川沿いに南西に下ったところにあるメリダ・バダホス方面でした。その後、イベリア半島に上陸してセビリャを主力とするターイファ諸国の軍と合流したユースフはこれを迎え撃つ形で北上し、1086年10月23日、遂に両軍はメリダのやや西にあるタホ川河畔の平原で遭遇します。

後世、『サラカの戦い』 と呼ばれる事になるこの決戦、あんまり大軍同士の会戦が少なかったレコンキスタ史上では最大規模の会戦となったのでした。
しかもカスティーリャ王国のアルフォンソ6世とムラービト朝のユースフ、共に興隆期にあった強国の君主自身が出陣して正面から決戦に及ぶと言うのは、長いレコンキスタの歴史においても一つのトピックだったでしょう。

カスティーリャ軍=約15000人(公称6万)
イスラム連合軍 =約30000人

実数では劣るカスティーリャ軍、開戦当初に当たったセビリャ軍との序盤戦は互角以上に戦っており、むしろ数度の突撃によりカスティーリャ側が押してるほどでしたが、ユースフが主力のモロッコ兵、そしてガーナ方面から連れてきた黒人の重装歩兵を投入すると戦況は一変します。新手の、しかもこれまで見た事のない黒人兵の大軍が接近してくるのを見て取ったアルフォンソ6世はここで陣形を横隊から正方形の密集隊形に変更してしまいます。方陣は防御力が高いとはいえ、相手のほうが倍近く数が多いのですから、これでは左右に出来たスペースに相手が前進する余地を与えてしまいます。案の定、左右からモロッコ兵の攻撃を受けたカスティーリャ軍は大損害を受けて壊滅します。損耗率は実に9割近く、アルフォンソの後継者だったサンチョが戦死し、アルフォンソ自身も重傷を負うという大敗を喫してしまったのでした。


スペイン地図1110年

その後、アルフォンソは何とか数百の騎兵に守られてやっとの事でトレドに帰還しますが、追撃してきたユースフ及びセビリャ勢によりトレド他各地では激しい防衛戦が繰り広げられる事になります。この時連戦連敗を続けていたアルフォンソを救ったのがレコンキスタの英雄エル・シド。後に叙事詩にまでなる騎士エル・シドの活躍でカスティーリャはようやく一息入れ、トレドを守り切ります。

しかしユースフ率いるムラービト朝はその後も1088年・1090年と続けて遠征を繰り返し、1094年までにセビリャ・グラナダ・バダホス各王国などアンダルシア地域の大半が征服され、更に1102年までにエル・シドが拠ったバレンシアをも制圧、1108年にはユースフの後を継いだアリー・ユースフが内陸東部の大国サラゴサをも制圧して、ムラービト朝は旧アル・アンダルスの大半を勢力下に入れたのでした。

以後、カスティーリャ=レオン王国の南進はトレドを拠点として13世紀になるまでひとまず停滞します。しかし今度は他のキリスト教国が名乗りを上げてきます。イベリア半島東部のアラゴン・カタルーニャ地方では12世紀になってようやくレコンキスタの流れが加速し始めたのでした。
次回、彼らの西進が始まります。



おしまい。

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  1. 2009/01/23(金) 00:30:30|
  2. イスパニア物語
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

大学生の時に『わがシッドの歌』を読みました。
ちゃんと突撃する時に「サンティアゴ!」って叫ぶんですね。

その時歴史的背景についても少々調べてみたのですが、
当時の錯綜した勢力関係は中々に興味深いものがありました。

地中海の駆け出し考古学クエで何かあるといいですね。
バレンシア行ってシッドの伝承なり遺品なり探すような。
  1. 2009/01/23(金) 01:06:25 |
  2. URL |
  3. サラバント #phaeMvmk
  4. [ 編集]

サラバントさん>>
エル・シドってカスティーリャを追放されたあとイスラム圏のサラゴサに仕えたりまた戻ったり、最後はバレンシアで建国したりと、宗教的な観念では捉え切れない人物で面白いですよね。

そもそもエル・シドって名前自体がアラビア語で貴人を意味する 『サイイド』 から来てると言いますが、彼のような人物・生き方がむしろイスラム支配下のイベリアでは普通なのかもしれません。こうした背景を冒険クエストの連作ものに盛り込めたら確かに面白いですね。
  1. 2009/01/24(土) 16:17:18 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

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