打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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イスパニア物語 その13

アラゴンの西進


レコンキスタの歴史を追っていて面白い点の一つは、11世紀中盤に本格化してから13世紀中盤でほとんど趨勢が決まるまでのおよそ200年間、あんまり目立つ停滞期がない所。キリスト教国側とイスラム教国側、どちらかがどこかの地域で強勢になって絶えず動きを見せていたのですね。特にキリスト教国側は11世紀でだいたい体制が固まって以降は入れ替わり立ち代りに攻勢を掛けてゆくので追っかけるだけでもあちこち飛び回って記述してゆく必要があるほど。そしてイスラム側もたびたび支配者層が入れ替わりつつも、さすがにイベリア半島で最も豊かなアンダルシア地方を押さえていた事もあって、結構反撃しているんですね。当然、200年も戦乱が続けばそれだけイベリア半島の荒廃が進んでしまう事にもなりますが・・・。

さて、前回は11世紀後半にレコンキスタの先陣を切ったカスティーリャ=レオン王国の南下がトレドで止まり、イスラム側でモロッコから台頭したムラービト朝がカスティーリャを破って逆にターイファ諸国を制圧し、半島東部まで勢力を拡げた所までを見ましたね。
今回、そのムラービト朝が手痛い反撃を受けることになります。
そしてそれは更なるアル・アンダルスの再編に繋がる変動に発展したのでした。


(アルフォンソ1世の登場)
1110年、イベリア半島の東を流れるエブロ川中流域にある重要都市サラゴサがムラービト朝によって制圧された頃、隣接するアラゴン王国では新たなレコンキスタの指導者が育ちつつありました。
このアラゴン王国、まず1030年代に初代アラゴン王ラミロ1世が立った後、息子のサンチョ・ラミレスは1076年に本家と言うべきナバラ王家に侵攻します。これに異を唱える形で介入してきたのが前回見たカスティーリャ=レオン王のアルフォンソ6世。
この両者はナバラ王位を巡って政戦両面で争い、最終的にアルフォンソ6世の宗主権を認める代わりにサンチョ・ラミレスがナバラ王位を兼ねる事になります。その後、サンチョの後を継いだペドロ1世はターイファ諸侯の大国サラゴサがムラービト朝の進出に動揺していたのを機に父サンチョの手がけたサラゴサ方面へのレコンキスタに着手し、1096年には南に隣接するウエスカという町を制圧します。
そしてこのペドロ1世が1104年に後継者を持たないまま亡くなった為に後を継ぐことになったのが、弟のアルフォンソ1世でした。
このアルフォンソ1世は兄ペドロより軍事的才能に恵まれていたのでしょう。
その治世は30年ほどでしたが、彼の代でアラゴンはその後の大躍進の土台となる成果を上げてゆきます。


(アラゴン西進す)
即位したアルフォンソはまずエブロ川以南への進出の障害を除くべく、カスティーリャ=レオン王アルフォンソ6世の後継者となった女王ウラーカと結婚します。もし両者の結婚が順調に行っていればアラゴン・ナバラ・カスティーリャ・レオン各王位を持つものの同君連合が実現しますから、この時点でイベリア半島最大の政権が生まれるはずでしたが、結局これはウラーカの最初の夫との子供・後のアルフォンソ7世との確執を生み、この結婚は解消されます。

その後、アルフォンソはサラゴサ攻略を進めるべく南フランスの各貴族も動員し、1118年遂にムラービト朝の支配下となっていたサラゴサを陥落させます。このサラゴサ攻略戦では第一回十字軍にも参加していたベアルン副伯が持ち込んだ攻城機が投入されるなど、既に軍事面でも大きく地中海のパワーバランスや異文化との抗争の中で生まれた軍事技術が影響し始めていたことが伺えますね。
さて、サラゴサの失陥に驚いたムラービト朝は1120年に大軍を動員してサラゴサ奪回に動きます。しかしこの遠征軍は逆にクタンダの戦いで迎え撃ったアルフォンソ1世の前に大敗を喫し、アラゴンの勢力圏はエブロ川を越えて南下し始めたのでした。
しかもこのクタンダの戦いではムラービト朝を思想面で支える多くのマーリク派法学者が戦死し、アル・アンダルスでのムラービト朝の影響力が大きく揺らぐ遠因ともなります。
1120年代に入ると、勢いに乗るアルフォンソはアンダルシア地方へのレコンキスタに乗り出します。まず地中海沿岸の重要都市バレンシアに至るメディナセリ・ソリア・カタラユなどの各都市を制圧して、そこにアラゴン王家の家臣やレコンキスタに参加していた南フランス貴族を配置していくつかの騎士団を編成させて軍事拠点とします。
更にそこを足掛かりとして1125年、遂にアルフォンソ1世の遠征軍はアンダルシア地方南東部の大都市グラナダ城下にまで達します。この時グラナダはさすがに落ちませんでしたが、アルフォンソは制圧下にあった多数のモサラベ(キリスト教徒)を連れ帰り、アラゴンはバレンシア近くまで勢力圏を拡げる事になったのでした。

しかし、こうしたアラゴンの急進はカスティーリャ=レオン王国やバルセロナ伯など他の諸国の警戒を招く事になります。カスティーリャやバルセロナはアラゴンの北にある南フランスのトゥールーズ伯と画策してアラゴンを北・東・西の三方から封じ込めに出る姿勢を見せるようになったのですね。こうした情勢の中、アルフォンソは1134年のムラービト朝との戦いで破れると、遠征を中止してそのまま亡くなります。


スペイン地図1150年
※1150年頃のスペイン情勢地図を作ってみました (拡大すると800×650)


(アラゴン連合王国の誕生)
1134年のアルフォンソ1世の死後、アラゴン・ナバラ王国内は弟のラミロを推す一派とそれに反対するナバラ貴族との間で対立し、結局アラゴン王位をラミロが、ナバラ王位をかつての王家の傍流だったガルシア6世が継ぐ事で、この両国の同君連合は解消されます。
その後、アラゴン王位を継いだラミロ2世は敵対していたトゥールーズ伯家から妃を迎えて北辺の安定に努めるなど、政略をもってアラゴン王国を導いてゆきます。即位時点で既に50歳を迎え、元々聖職者としての道を歩んでいたラミロ2世、後背を安全地としたあと、更に政治的な手腕を発揮します。
当時エブロ川東岸の重要都市タラゴーナを奪回するなど同じく西進を始めていた東のバルセロナ伯ラモン・ベレンゲール4世に接近し、まだ1歳ほどだった娘ペトロニラを嫁がせたのでした。その後、1137年にラミロ2世は娘婿であるラモン・ベレンゲール4世にアラゴン・バルセロナ両国を託して引退し、ここにアラゴン・バルセロナの同君連合が誕生する事になったのでした。

しかもこのラモン・ベレンゲール4世もまた軍事的才能に恵まれていました。
1148~1149年にかけて、ラモンはエブロ川下流域に残るトルトサ・レリダを制圧してカタルーニャ地方のレコンキスタを完了させると共に、1147~48年に掛けて行われた第二回十字軍も支援し、更にカスティーリャからバレンシア及びムルシアの征服権を認められることでアラゴン・バルセロナの同君連合の勢力圏はピレネー山脈の南からバレンシア一帯にまで及ぶ広大ものとなったのです。その後、バルセロナ伯ラモンとアラゴン女王ペトロニラとの間に生まれたアルフォンソ2世が誕生し、名実共にアラゴン連合王国が成立する事になります。


(ムラービト朝の滅亡)
さて、東でアラゴンが西進している頃、同時に大西洋岸ではポルトゥカーレ伯の南下が始まっていました。この方面のレコンキスタは次回書くことになりますが、こうした東西での圧力はムラービト朝内部で反乱や新たな宗教運動を誘発するようになります。
そして1144年のイブン・カシーの反乱をきっかけとして翌1145年にコルドバの裁判官イブン・ハムディーンが反乱を起こし、アンダルスにおけるムラービト朝の支配が崩壊します。更に1147年には本国アフリカで起きたムワッヒド朝によって首都マラケシュが制圧され、ムラービト朝自体も滅亡したのでした。
これによりアンダルスの残るイスラム系諸侯は再度自立し、イベリア半島南部は第二次ターイファ時代を迎えることになります。


って事で、
次回はポルトゥカーレ伯のレコンキスタ話です。



おしまい。

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↑次回、ポルトガル王国誕生!

テーマ:大航海時代Online - ジャンル:オンラインゲーム

  1. 2009/01/24(土) 16:57:38|
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