打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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イスパニア物語 その15

イベリア半島の関ヶ原


このシリーズも残すところあと数回。
今回でだいぶ見通しが立つ感じで、イベリア半島のレコンキスタは終盤を迎えます。


(カスティーリャの停滞と分裂)
1085年にカスティーリャ=レオン王のアルフォンソ6世がトレドを落とし、
翌年サラカの戦いで大敗を喫した、その後の事が今回のお話。
それまで各地の王侯たちを臣従させるなど、イベリア半島の『皇帝』と言うべき立場にあったアルフォンソ6世でしたが、この敗戦によりその立場は大きく揺らぐことになります。ここでアルフォンソ6世が取った対策が、後にポルトゥカーレ伯となるアンリを含むフランス勢のレコンキスタ参加、そしてかつて追放した英雄エル・シドを呼び戻す事でした。両者の活躍によりムラービト軍のバレンシア方面及びガリシア地方への北上はある程度阻止することが出来ましたが、1108年にはトレド北東にあるウクレスの戦いでも敗れた為、トレドを除く半島南部への影響力は事実上失墜したのでした。

続くアルフォンソ7世の時代(1126~1157年)、カスティーリャ=レオン王国の優位性は更に揺らいできます。当初は宗主下に置いていたポルトゥカーレ伯やアラゴン王・バルセロナ伯が1130年代以降になると急成長してきたのですね。ポルトガルはオーリケの戦いでイスラム勢に大勝するなどして南に領地を広げて独立し、アラゴンとバルセロナは連合王国を築いて強大化しつつあり、南部では1150年代に成立するムワッヒド朝の脅威にも晒されたカスティーリャの支配権は事実上崩壊します。
そしてこのアルフォンソ7世が1157年にイスラム勢との戦いで戦死したあと、
カスティーリャとレオン両王国は再び分裂します。
カスティーリャ王国には長男サンチョ3世の系統が、レオン王国では次男フェルナンド2世の系統がそれぞれ即位し、両者の再統一はサンチョ3世のひ孫に当たるフェルナンド3世の時代まで待たねばなりませんでした。


(変容するアンダルス)
ところでこの頃のイスラム勢力圏アンダルスはというと、だんだん様相が変わって来ていました。ムラービト朝にしてもムワッヒド朝にしても、元々は『運動』をつけて呼ばれるように、学者や法曹家が始めた理念に基づく宗教活動でした。新興の宗教運動が他宗派に対して非寛容な姿勢を取るのは自然な流れでしょうが、そのため8世紀以来続いていた被支配層であるキリスト教徒『モサラベ』の存在はだんだん許されなくなって来ていたのですね。
12~13世紀になると、それまで人頭税を払う事で自治を許されていたアンダルスにおけるキリスト教徒・ユダヤ教徒は改宗を迫られ、13世紀近くなるとおよそ90%がイスラム教徒で構成される様になって行ったのでした。一部では隠れ教徒的に潜伏してアンダルスに棲み続けるものもいましたが、改宗を拒む者は移住を余儀なくされたため、彼らの受け皿となったのがカスティーリャ王国やポルトガル王国など隣接するキリスト教国でした。特にサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路を整備するなどヨーロッパ全域からレコンキスタに燃える騎士・巡礼者たちが参集するようになっていたカスティーリャには、迫害を受けた多くのモサラベたちが流入するようになって行ったのでした。



(反攻)
1195年、カスティーリャ王国は最悪の状況にありました。
この年サンチョの息子アルフォンソ8世はアラルコスの戦いでムワッヒド朝のスルタン・マンスールに大敗を喫し、しかもこれに乗じて隣国レオン王国の攻撃を受けるなど、これまでに無い窮地に立たされていたのです。
1197年には孤立した首都トレドが西・南・東の3方を優勢なイスラム勢の脅威に晒され、苦し紛れに停戦協定を結ぶという最悪の状況を迎えたカスティーリャ王国でしたが、そこからアルフォンソ8世の反撃が始まります。

カスティーリャにとって救いだったのは東の隣国アラゴンと1179年に協定を結んでおり、バレンシア地方はアラゴンが、その西のムルシア地方はカスティーリャがそれぞれ侵攻予定地とすることで合意し、たとえ軍の主力が遠征していても東の国境線はほぼ安全圏としていた事でしょうか。
1198年、ムワッヒド朝の名君マンスールが亡くなり、その後を父マンスールより遙かに暗愚なナースィルが即位すると、ムワッヒド朝は徐々に衰退を始めます。そしてこれを好機と見たアルフォンソ8世、1200年代に入るとローマ教皇イノケンティウス3世の支持を得るや隣国ポルトガル・アラゴン・ナバラ王国らの支援を取り付け、反攻に出たのでした。


(決戦!)
1212年、イベリア半島の歴史の中でも非常に重要な会戦が行われます。
この年、ムワッヒド朝のナースィルは自ら10万以上の大軍を率いてジブラルタルを渡り、
トレドを目指して進軍を始めます。
一方これを察知したアルフォンソ8世、教皇イノケンティウス3世やトレド大司教らの協力を得て、イベリア半島の各騎士団及びポルトガル・アラゴン・ナバラ王国など、レオン王国を除くほとんどすべてのカトリック教国勢力同士の戦いをやめて結集するよう呼び掛けます。しかもこの時は敵対していたレオン王国からも何人かの騎士が国の意向とは関わりなく個別に参集するという行動を見せており、イベリア半島内のカトリック教国側では完全に決戦の機運がみなぎっていた事が伺えます。

こうしてアルフォンソの元に同盟を結んだナバラ王・アラゴン王が自ら参陣するなど6万近い軍勢がトレドに集結し、カトリック教国の連合軍は逆にトレドから南下してアンダルシア地方中南部の町ハエンの北にあるラス・ナバス・デ・トローサ近郊に布陣して、ムワッヒド軍を迎え撃つ体制を取ったのでした。

1212年7月16日、かなり蒸し暑かったと記録されたこの日、両軍の決戦が行われます。
南下する途中で脱落者は出たものの、アルフォンソ8世を総大将とする連合軍5万、
アミール・ナースィル率いるムワッヒド軍は途中で増援を受けて12万以上。
数の上から優勢なムワッヒド軍は横に長い横陣、日本で言う鶴翼の陣を取っており、これに対してカトリック教国連合軍はカスティーリャ軍と各騎士団が中央、ナバラ王が右翼、アラゴン王が左翼を受け持つ、やや狭い横陣を形成して戦いに臨みます。

ラス・ナバス・デ・トローサの戦い

詳しい戦闘経過は不明ですが、ほとんど伝説のように語られる中では、中央にいたアルフォンソ8世が周囲の騎士団と共にムワッヒド軍中央部の左側に犠牲を出しつつも突撃を掛け、これで崩れたムワッヒド軍の中央に右翼の『剛勇王』ナバラ王サンチョ7世が更に逆から自ら突っ込んだ事でムワッヒド軍の本陣が壊滅し、総大将のナースィルが敗走した事でムワッヒド全軍が瓦解して壊滅的な打撃を受けて敗退したとされます。

この戦いの結果は重大なものがありました。
ムワッヒド軍は撤退してゆく中で更に犠牲者を出し、
最終的に10万とも30万とも言われる損失を出してイベリア半島から撤退したのでした。
いっぽうカトリック連合軍も被害こそ2~3000程でしたが、本陣を守る各騎士団が総大将自ら突っ込んだ事で巻き込まれ、犠牲者の多くは各騎士団の団長クラス・貴族の子弟など高位の騎士が含まれていました。


スペイン地図1260年
1260年頃の地図はこんな。
だいぶ大航海時代に近くなってきてますね。


(大レコンキスタの開始)
そして、結果としてこのラス・ナバス・デ・トローサの戦いはイベリア半島のレコンキスタの歴史そのものの帰趨を決めます。この後、カスティーリャ王国はレオン王国と再統一され、支配層の崩れたアンダルス南部、つまりアンダルシア地方への攻撃を開始します。後世、『大レコンキスタ』と呼ばれる事になる、カスティーリャとアラゴンの猛攻が始まったのでした。

1212年ラス・ナバス・デ・トローサの戦い
1228年バレアレス諸島攻略戦が始まる
1230年バダホス陥落
1236年コルドバ陥落
1238年バレンシア陥落
1243年ムルシア陥落
1246年ハエン陥落
1246年グラナダ王国が臣従
1248年セビーリャ陥落
1262年カディス陥落

こんな感じで、わずか40年ほどで最南部にあったグラナダ王国を除くすべてのターイファ諸王国が陥落し、レコンキスタは最終段階に入ってゆく事になります。




おしまい。

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  1. 2009/02/01(日) 18:44:13|
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