打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

イスパニア物語 その16

海洋国家アラゴン


13世紀の中盤にはほぼ形勢が決していたイベリア半島のレコンキスタ。
大西洋岸のポルトガルではこの後カスティーリャ王国の干渉を受ける一世紀ほどを経て海洋国家としての道を歩み始めるわけですが、実はこのポルトガルに先行して海に出てゆく国がありました。それが、今回見てゆくアラゴン連合王国。

元々内陸国として生まれたアラゴンは1130年代にバルセロナ伯領と連合した結果海への道が開けてくるわけですが、同時にこれはバルセロナ伯が影響力を持っていた南フランスへ干渉してくる事も意味し、新たな強敵を抱える事になりました。
それが、この時代に急速に勢力を伸ばしつつあったフランス王家。
元々連合する以前にバルセロナ伯はピレネー山脈の東側、つまりフランス南西部のトゥールーズ伯領やフォア伯領・プロヴァンス伯領などに婚姻政策を通じて影響を及ぼしており、アラゴンと連合して以後、フランス王家(カペー家)がトゥールーズ伯に接近して対立してくるようになると政策転換を余儀なくされ、やがて深く巻き込まれて行きます。

1179年、アラゴン連合王国のアルフォンソ2世はカスティーリャ王国とムルシア条約を結び、今後のレコンキスタでバレンシアを取得する代わりにムルシア地方(カルタヘーナ一帯)の再征服権(!)をカスティーリャに譲渡します。実はこれ、単純に両国の支配領域を確定させる取り決めに留まらず、大きく西ヨーロッパの情勢と関わる条約となってくるんですね。
というのも元々アラゴンは以前からイングランドと同盟関係にあり、これにカスティーリャを抱き込む事でフランスに対抗しようと言う意図も持っていたのですね。そしてこの同盟と条約を背景として、アルフォンソ2世はバレアレス諸島やサルデーニャ島への進出を開始します。


(南フランス喪失)
次のペドロ2世の代になると、カスティーリャのレコンキスタを支援して1212年のラス・ナバス・デ・トローサの会戦に王自ら参加する一方、当時カトリックにより異端とされたカタリ派の根拠地だった南フランスへ、『異端根絶の為の十字軍の名の下に』攻撃を開始したフランス王家をはじめとする北フランス勢に対抗するため、トゥールーズ伯などからの援軍要請に応える形で南フランスへ出兵を行います。
しかしこの宗教戦争に巻き込まれた事は、1213年に出兵したペドロ2世が南フランスのミュレで戦死すると言う最悪の形で終結します。
しかも戦死したペドロの後を継いだハイメ1世は即位時わずか5歳、即位当初のアラゴンは幼児の君主の所在さえ固められない状況で(当時ハイメ王子はあっちこっちへ預け回されていた)、外部どころか内部統制さえままならない混乱状態を迎え、アラゴン連合王国の南フランスにおける影響力は継承権を持つモンペリエなど一部を除き崩壊してしまったのでした。
その後、アラゴンは親族衆など有力者による顧問会議と言う形で幼少のハイメ1世を支える体制を作り、ハイメが成人した1220年代後半になってようやく再成長への道を取り始めます。


(征服王)
成長したハイメ1世、幼い頃から苦労してたせいか対外面で優秀な実績を挙げます。まず外征面では1229年から始まるバレアレス諸島の征服、1232年からはバレンシア方面へのレコンキスタに着手し、1238年にはバレンシア王国を倒してイベリア半島におけるアラゴンとしてのレコンキスタを完了させます。(バレンシア以西はカスティーリャが征服権を持っていた)

ハイメはその後も外征面でカスティーリャ王国のレコンキスタを支援する一方で隣国フランスとはルイ9世と条約を結ぶことで安定化させるなど成果を挙げ、イベリア半島でも声望の高い王として一生を終えます。
死に際してハイメ1世は長男のペドロ3世にアラゴン王国を、次男のハイメ2世にはバレアレス諸島・モンペリエ伯領などからなるマヨルカ王国を分割して継がせたのですが、これは結局アラゴン王家とマヨルカ王家の兄弟争いの元凶となり、最終的にマヨルカ王国がアラゴンの支配下となって滅亡する事になります。


(強敵)
ところで、ハイメは母がモンペリエの継承権者だったことから、モンペリエの領主でもありました。大航海世界ではフランス領のモンペリエですが、この頃はまだアラゴン連合王国の支配下にあったのですね。そしてアラゴン王家はこの後、モンペリエの先に広がる南フランス・プロヴァンス地方に進出してくる勢力と対決してゆく事になります。
それは、聖王ルイ9世の弟、シャルル・ダンジューでした。
シャルル・ダンジューに関しては以前5回ほどの小シリーズ記事を書いていますのでそちらのリンクを出しておきますね。


第一回
http://hamilcar.blog64.fc2.com/blog-entry-454.html

第二回
http://hamilcar.blog64.fc2.com/blog-entry-455.html

第三回
http://hamilcar.blog64.fc2.com/blog-entry-456.html

第四回
http://hamilcar.blog64.fc2.com/blog-entry-458.html

第五回
http://hamilcar.blog64.fc2.com/blog-entry-460.html


ハイメ1世の治世当時の1270年代、シャルルはプロヴァンス・シチリア・南イタリアを得てギリシア方面へも勢力を伸ばしており、地中海帝国とも呼べる程の一大勢力を築いていました。更にシャルルは1280年代初頭にはビザンツ帝国への侵攻を計画してシチリア島のメッシーナに大艦隊を集結させるなど地中海を制覇する一歩手前であり、その直前で起きたのが、上記のシリーズの最後で記述している『シチリアの晩祷』事件でした。


(シチリアの晩祷以後)
1282年3月30日にシチリア島のパレルモで起きた『シチリアの晩祷』事件を契機として、シチリア島はアンジュー家の支配から逃れるべく立ち上がります。
そして彼らが救援要請を飛ばしたのは、元の領主であるホーエンシュタウヘン家最後の当主の遺児となった、娘コンスタンスの嫁ぎ先でした。そう、それが、ハイメ1世の長男でアラゴン王位を継いでいた、ペドロ3世だったのですね。

前にも書いているので詳細は省きますが、要請を受けたペドロ3世は6月に遠征軍を送り、シャルル・ダンジューとの戦いに勝利してシチリア王となります。
その後またしても兄弟でアラゴン王位とシチリア王位を分割してという流れになりますが、とにもかくにもこのシチリア王位はその後トラスタマラ朝への変遷を経つつもアラゴン王家で相続して行き、更にカスティーリャと連合してゆく15世紀前半までにはサルデーニャ島とナポリの王位も保持することになります。
地図でその最大版図を描くとこんな。

アラゴン勢力は一時的にアテネ一帯にも及んでいますね。
こうして、アラゴンはイベリア半島内では中堅クラスの国家でしかないものの、地中海全体で見るとバレアレス諸島・サルデーニャ島・シチリア島・南イタリアに支配を及ぼす最大規模の海洋国家にまで成長していたのでした。事実アラゴン艦隊といえば西地中海ではカスティーリャやジェノヴァと互角以上に渡り合える存在であり、東地中海から北海までその交易圏を拡げてイベリア半島でいち早く海洋国家として君臨していたのでした。

このアラゴン連合王国関係の最大勢力圏を大航海世界の港で拾ってゆくと、バレンシア、バルセロナ、パルマ、モンペリエ、カルヴィ、サッサリ、カリアリ、ナポリ、シラクサ、アテネと時間的なズレはありますが実に10箇所。もしこれが全部領地だったらそれだけで一大国家ですよね。(つか既にフランス領の5箇所より遙かに大きい・・・) 実際これが大航海時代ONLINE開始時におけるイスパニアの影響度としてけっこう反映されて来てますから、DOL世界におけるアラゴンの影響は少なくないと言えるでしょう。


アラゴン連合王国13-15C
13~15世紀におけるアラゴンの最大領域。
一時的にアテネやコルシカも影響下においているため広大な領域を形成してますね。


(スペイン王国の雄として)
さて、アラゴン王家は15世紀末以降、つまり大航海時代になるとカスティーリャ女王と結婚して同君連合を作ってゆきます。この時代にはイタリアに侵攻したフランスと直接戦うことになりますが、この戦いの前段は最近の歴史ファンでも取り上げているように名将コルドバの指揮のもとスペインが勝利し、2代あとのカルロス(カール5世)の代では実に17もの王位を保持したうちのかなりの部分の基盤ともなったのでした。

なんだかすごくはしょった気もするけど、
こうして見てゆくとアラゴンとカスティーリャの連合はちょっと反則じゃないかとさえ思う。
しかもその後ハプスブルク家とも連合して行くわけですから、
囲まれたフランスがオスマンとの同盟に動くのも無理ないかもしれません。
こうした政略もまともに運営されてさえいれば・・・。



おしまい。

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  1. 2009/02/05(木) 23:09:11|
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