打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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イスパニア物語 その17

停滞

およそ1週間ぶりの更新で、このシリーズも当初の予定ではあと3回を残すのみ。
とりあえず1492年でなんとかいったん切りたいけど間に合うかなあ・・。
さて、前2回で見たように、13世紀中盤におけるカスティーリャの侵攻でほぼ大勢が決していたイベリア半島のレコンキスタ。イスラム勢で残るのは人口30~40万人程でしかないグラナダ王国のみという状況でしたが、これ以後のおよそ200年というものレコンキスタの活動そのものは完全に停滞してしまいます。これには当のグラナダ王国がカスティーリャに臣従したという側面もあった訳ですが、一方でカトリック教国側、特にカスティーリャ王国でそれ所ではない事態に陥っていたと言うのが実情でした。そんなわけで、ちょっと駆け足になりますが残り3回で14~15世紀におけるカスティーリャ王国の動きを見てゆくことにします。

14~15世紀のカスティーリャが停滞を余儀なくされた、
その大きな要因は恐らく次の4点。

①災害
②社会構造の変化
③対外関係
④内部の騒乱

で、今回はこのうち①と②を見てゆくことにします。

【①災害】
これは大きく分けて天体規模によるものと人的な要因の2種類。
14世紀初頭のカスティーリャ王国ではしばしば天候不順による凶作が続いたという記録が残っており、これによって農村が荒廃して食料品の高騰や人口の減少を招いたと言うのですね。あと生産性の話はこれはこの後書く②にも関連してきます。
次に人的なものですが、14世紀半ば以降にヨーロッパを襲った災厄の代表的なものといったら鋭い人は気付くかも知れません。
そう、ペスト(黒死病)。
14世紀中にヨーロッパは3回に及ぶペストの大流行に襲われ、前世紀と比較して全人口の30%近くが失われたと言います。
特に1347年に黒海の港町カッファからイタリア方面に出港した商船によってヨーロッパに伝わったと思われる最初のペスト流行はおよそ2~3年の間にヨーロッパ全域に広がり、1348年頃にはイベリア半島にも到達して恐るべき災いをもたらします。
フィレンツェ人のボッカチオがペストから逃げた人々の100物語というスタイルで書いた名作『デカメロン』は正にこの時期の作品なのですが、実際こうした現象はヨーロッパ中で見られる普通の光景だったのでした。そしてこのヨーロッパ史上でも屈指の災厄となった大流行にイベリア半島も巻き込まれ、例えばカスティーリャでも15~20%もの死者を出したと言います。この頃既にセビリャ・トレド・バレンシア・バルセロナあたりの人口は4~10万人ほどになっていますから、15~20%というと各都市で1万人前後の死者を出していた事になります。こんな大流行が1世紀ほどの間に小康状態をはさんで3回も襲ってきているのですから、天候不順と合わせて農村部が荒廃するのは明らかで、国としての生産力は激減していた事でしょう。



【②社会構造の変化】
これは先ほどの凶作とペストによる農村の荒廃とも関連する事で、これによって農村を捨てた小規模農民は都市に流入するようになります。そして、生産性が落ちて労働者がいなくなった事で14世紀のカスティーリャ、特に南部では物価の高騰と賃金の上昇を招きます。これで苦しくなった農村経営に依存する小規模な土地領主はせっかく大レコンキスタで獲得したアンダルシア地方の土地を大領主に売り渡して中~北部に流入するようになり、都市部での貧困層の増加、南部アンダルシアでの有力貴族による大規模土地所有化、小領主など中流層の没落など、その後顕在化する対立構造が発生しつつあったのですね。

そしてもうひとつ、社会構造では宗教面での影響も無視できませんでした。
かつてターイファ諸王国、ムラービト朝、ムワッヒド朝と支配が続いたイスラム勢力下のアル・アンダルス時代、11~12世紀に掛けて次第にイスラム化の圧力が強まり、改宗しない者は半島北部のカトリック教国への避難・移動を余儀なくされ、人口のおよそ90%以上がイスラム教徒(表面上は)となっていました。
これが、1210~60年代の大レコンキスタで今度はカトリック教国に塗り替わった事で、13世紀後半以降そこに住む住民もカトリック教徒が増加してイスラム教徒は激減する、そういうドラスティックな構成員の変動が起こっていたのですね。
しかしこれは、技術面や法体系など文化面でも進んでいたイスラム社会から、イスラムの影響を色濃く残しつつも基本部分では生産性・精神性・文化面で後進国だった中世ヨーロッパ社会への転換を意味していました。

しかも、元々イベリア半島の国土の大部分は農耕に適さない丘陵・山岳地帯ですから基本産業は牧畜。そこで取れた羊毛をフランドル地方に輸出するイングランドとよく似た産業構造を持っていたのですが、イスラム社会との同化でカディス以東の地中海方面では長年にわたって皮革製品をモロッコ~北アフリカ方面へ輸出していたのが、イスラム勢を駆逐した事でイスラム商人との交易も激減すると言う変化に見舞われていました。
こうなると昔ながらの牧畜の国にある程度戻ってしまうのはやむをえない所で、バレンシアなどは逆にこの恩恵を受けて大レコンキスタ以降は羊毛の一大輸出港として武器輸出の拠点だったバルセロナを上回る発展を始めるなど、現在の大航海世界の交易品設定にも影響する産業構造の変化が出始めていました。


ちなみに、現在のイベリア半島の各港で牧畜に関連性の深い交易品を挙げて見るとこんな感じ。

ヒホン →ブタ、アヒル
オポルト →ソーセージ・豚肉・ラード・チーズ・皮革
リスボン →ハム・ニワトリ
ファロ →卵・ブタ
セビリア →皮革製品
マラガ →チーズ・ウシ
バレンシア →アヒル肉・羊毛
バルセロナ →皮革製品

フランス・イングランドも似ていますが、
ほとんどの港で皮革や家畜・肉類・乳製品を扱ってますよね。
もっと言うと16世紀になっても火器以外に高額商品が少ないあたり、
イベリア半島の貧しさを物語っているかも。


スペイン地図13~1400年代


ポルトガルやアラゴンはこれじゃいかんと早い段階で海に活路を見出していったから立ち直りも早かったのですが、このように人口面・社会構造・産業構造で停滞や減少・不満の蓄積といったマイナス要因を溜め込んでいたカスティーリャは、③対外関係・④内部の騒乱 などの要因も降りかかって収拾が付かない危機の時代を迎えることになります。
あと二つの要因は長くなるので次回に。



おしまい。

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  1. 2009/02/13(金) 07:35:00|
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