打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

イスパニア物語 その18

動乱のカスティーリャ 前編


前回に引き続き13~15世紀のカスティーリャの動向を。
この時代のカスティーリャが停滞していた要因として、
①天災
②社会構造の変化
③外圧
④内部の騒乱

と4点を挙げ、前回は①と②について見ました。
この二点は生産性や治安の低下といった国力に関する問題でしたが、今回見ることにする残り2点は政治・外交的要因と言える部分になります。それではいったいこの時期のカスティーリャの政治・外交に何が起こっていたのでしょうか。


(干渉)
1260年代には大レコンキスタが収束に向かっていたカスティーリャ。
既に1230年代には隣国レオン王国と再度同君連合を形成しており、レオン王国を併合してカスティーリャ王国として一体化していました。ところが、再統一と大レコンキスタの立役者だったフェルナンド3世が死去した1250年代以降になると、一転して内外部共に不安要素が噴出してきます。

大レコンキスタを成し遂げたフェルナンド3世の次にカスティーリャ王位に就いたのはアルフォンソ10世(在1252~1284)。父と違って軍事的な才能にあまり恵まれなかったらしいアルフォンソは、外交面でも色々まずい事績を残してゆきます。
まず、大空位時代に入っていた神聖ローマ帝国に対して母系の曽祖父にフリードリヒ1世(赤ひげ王)がいた事から神聖ローマ皇帝位を主張し、結果としてローマ教皇を敵に回しただけで失敗に終わるのですが、このあたりからアルフォンソの外交は空回りを始めます。

更に1263年、アルフォンソ10世にジブラルタルの割譲を要求されたナスル朝グラナダ王国のムハンマド1世は、北アフリカのマリーン朝と提携してマリーン朝が派遣した軍の国内駐留を認めます。前年にはカディスを落していたカスティーリャにとっては、要衝ジブラルタルはどうしても欲しい戦略目標だったでしょうが、結果としてはより強大な勢力を呼びこむ事になり、これもこの後続く政変の伏線となってきます。

そして1275年、アルフォンソ10世は長男に先立たれたことをきっかけとして次男のサンチョと反目しあうようになり、1282年遂に親子での王位争いに敗れて退位させられてしまい、次男がサンチョ4世として即位する政変に発展して行きました。
その後、退位したアルフォンソ10世が取った息子サンチョへの反攻策はというと、これがまた外交・軍事的にセンスに欠けた治世そのままに最悪な選択をしたのです。彼が取った王位奪回の手段、それは北アフリカ~モロッコに掛けて勢力を伸ばしていたイスラム勢のマーリン朝の支援を仰ぐ事だったのですから。

内部の争いで不利に立った方が外国勢の力を借りるというのは、これまでもギリシア史やスペイン史でさんざん見る、ある意味死亡フラグ的な国家の滅亡パターンなのですが、この時は一応サンチョ4世側が勝利し、アルフォンソは追放されてしまったのでした。先王アルフォンソ10世の復位活動を阻止した事によってサンチョの王権は一応の安定を見ます。しかしカスティーリャ国内に付け入る隙があると見たマリーン朝はこの後もカスティーリャとグラナダの関係に度々干渉して来るようになり、マリーン朝の侵攻はアンダルシアにおけるこの後数10年に渡って及ぼす不安定要素の一つとなってきます。



(カスティーリャの法制改革と挫折)
ところで、軍事上の成果ではカディス攻略くらいしか見るべきものが無かったアルフォンソ10世の治世ですが、一方で政治・法制面では特筆すべき業績を残します。
中でもローマ法に基づく 『七部法典』 や 『フエロ・レアル』 といった法規を編纂させ、それまで複数の王国から成るゆるい連合国家でしかなかったカスティーリャの、政治的・法的統合を目指したのですね。アルフォンソ10世は更に国王直轄の行政機構の整備やコルテス(身分制議会)の定期開催、貴族のぜいたく禁止令や宮廷儀礼の整備など王権の強化を図る政策を次々と打ち出しており、これはその後のカスティーリャの指針となって生きてゆく事になります。
ただ、アルフォンソ10世のこの急進的な政策は貴族や各都市の反発を招き、更には前回書いたようにアンダルシア地方への植民とそれに伴うイスラム教徒の追放によって優れた灌漑農業技術なども失うことになり、アンダルシアの社会経済は打撃を受け、政策の推進者だったアルフォンソ自身もまた王位を追われてその生涯を閉じる事となります。

その後14世紀に入り、カスティーリャではアルフォンソ10世の遺産というべき政策群が実を結び始めます。1325年に親政を開始したアルフォンソ11世は、レヒドール制(各都市の有力者が国王の勅任により上級官吏として任命される制度)の導入や『七部法典』の開始を断行し、都市法の上位に立つ王国統一法が実際の効力を持つ体制をスタートさせます。
また対外的にはサラードの戦いでマリーン朝を破ったアルフォンソ11世は1344年にはジブラルタルの根元にあるアルへシラスを攻略してジブラルタル海峡内の航行権を奪取する事に成功するなど、カスティーリャが再び成長路線を歩み出したと思った矢先の1350年、思わぬ事態によりその成長は頓挫してしまいます。

1350年、ジブラルタルを包囲中だったアルフォンソ11世が、この時期には既にイベリア半島にも上陸していたペストに感染し、そのまま亡くなってしまったのです。そしてこれは同時にその後100年以上続くカスティーリャの危機と呼ばれた戦乱の幕開けを意味していました。


スペイン地図13~1400年代



さて、予定では次で一気に最終回を書くつもりでしたが、
今回の原稿上げたら4000字以上になってました・・・。
これじゃどう考えても読む気しなくなるのでニ分割して前編だけ上げておきますね。
続きはもう書けているので明日までお待ちを。
後編では個人的に大好きな某傭兵隊長が出てきますよん。



おしまい。

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  1. 2009/02/18(水) 19:00:51|
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