打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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エル・シド その5

流転


(セビーリャへ)
1079年、国王アルフォンソの代理で訴訟の審理にもあたる様になっていた後のエル・シドことロドリーゴ・ディーアスは、この年更にもう一つの重要な職務も経験することになります。それは、従属あるいは影響下に置いているターイファ諸国のひとつセビーリャ王国に赴き、保護料として貢納を収めさせる、あるいは自分で取り立てるという任務。
この頃のイベリア半島情勢は次回書くことにしますが、カスティーリャ=レオン王国は1060年代のフェルナンド1世の治世の時点で既に南のターイファ諸国に対して圧力をかけ、保護料の名目で豊かなアンダルスの諸国に上納させるまでになっていたのですね。
その後、フェルナンドの息子たちの継承戦争によっていったんは途切れていたものの、アルフォンソの治世が落ち着いてくると最も近かったトレード王国の内紛に介入するなど再びアンダルスのイスラム諸国に貢納を要求するようになっていました。

ただ、いくら優位に立っていたとはいえ他国に赴いてそういった実力行使をする以上、それは当然ながらある程度の武力と胆力を要求される仕事で、聖職者や文官ではなくロゴリーゴのような軍人・騎士たちがその任に当たっていました。
しかし中には、自国の優位な立場を利用して良からぬ事を企む者もいたのです。
そしてこれが、ロドリーゴの人生を大きく狂わせる端緒となったのでした・・・。



(事件)
1079年の秋、セビーリャへ貢納の徴収に向かったロドリーゴは、そこで更に南のグラナダ王国へ向かっていたはずの同じカスティーリャ=レオン貴族の一団と出合わせます。
実はこのグラナダへ行っていた使者たち、取立てに行っていたグラナダ王に誘われてグラナダが敵対していたセビーリャへ略奪を行う軍を送るという計画に乗り、その先鋒としてセビーリャ領内に侵入していた所だったのです。

事情を知ったロドリーゴは当然ながらこれをやめるよう求めましたが、この一団はそのままセビーリャ領内へ侵入し、ある集落を略奪の上で焼き払うという暴挙に出たのです。しかし、セビーリャへの交渉に赴いていたロゴリーゴがこれを無視するはずもありませんでした。保護を約束して貢納を徴収しながら、一方で他国と結んで保護下の国を荒廃させたら、どう考えても外交問題になりますから。

こんな訳で、その後ロゴリーゴが配下の者を率いてこの貴族たちの部隊と戦闘に及んだのはまあやむをえない気がしますが、その結果はと言うと、はるかに少ない人数しかいなかったロドリーゴの圧勝。略奪を行っていたガルシア・オルドニュス伯、ロペ・サンチェス、ディエゴ・ペレス、フォルトン・サンチェスといったカスティーリャ貴族たちは部下も含めてほとんどが捕らえられ、武器を取り上げられた上に身代金を支払い、3日後にようやくロドリーゴに釈放されるというかなり情けない負けっぷりを晒していました。

しかしこの捕らえられたカスティーリャ貴族、実はロドリーゴの同僚だったのです。
なにしろ筆頭者のガルシア・オルドニュスという名、前回も登場しています。
ロドリーゴがヒメーナ嬢と結婚した時、贈与した財産の証書に署名した中に国王アルフォンソと並んでその名があるのですから。
そう、この1079年に略奪を働いたカスティーリャ貴族とは、国王アルフォンソ6世の近習筆頭であるアルミゲル職に就き、ロドリーゴと並んでカスティーリャ軍人の有望株と目されていた、いわばロドリーゴのライバルというべき存在の人物だったのですね。

また捕らえられた一人のフォルトン・サンチェスはガルシアの義兄弟でもあり、後にアルフォンソの宮宰となった人物で、彼らは1079年の時点ではロドリーゴよりはるかに国王に近い人物だったのです。その後、この二人はロドリーゴが不正を働いたと国王アルフォンソに讒訴したらしく、以後ロドリーゴはなにか落ち度があれば彼らによって貶められるリスクを抱えてしまったのでした。(ただ、ここまでの記述はロドリーゴ側の伝記資料なので公正な見解かはちょっと割り引く必要があるかも) しかし、うかつというかその後、ロドリーゴはこの状況下で自らを危険に晒してしまう行動を起こすのでした。




(追放)
1081年、カスティーリャ領ブルゴスの南東にあるゴルマス城がサラセン人に襲撃されるという事件が起きます。その後の行動を考えると、恐らくこのサラセン人はトレードの人々だったのでしょう。これに対してロドリーゴは怒りに燃えるカスティーリャ人を率いて反撃し、同年、トレード領内に侵入したロドリーゴ以下の部隊がこの地を略奪し、荒廃させるという事件を起こします。
資料だとこの時ロドリーゴはサラセン人を7000名も捕虜にしたと言いますが、その1/10にしてもかなりの数です。ここから、ロドリーゴは既に軍と呼べる規模の人数を集められる(しかも私的に)存在になっていた事が分かり、これは後の行動で証明されてきます。

しかし、いくら報復措置だからってこれは暴挙でした。
なにしろトレードは当時アルフォンソ6世の保護下にあり、その数年後にはカスティーリャ領となるなど、既に属領に近いものがあった土地です。そこの住民か支配下の一部の者がカスティーリャ領内へ侵入したなら、ロドリーゴは本来いったんアルフォンソ王に訴えるべきだったでしょう
ともかくこの事件は彼を政敵と見る者たちによって増幅してアルフォンソ王に伝えられ、激怒したアルフォンソによってロドリーゴは最初の経験をする事になります。

1081年、ロドリーゴ追放さる。



エルシド関連地図1081
1080年代頃のイベリア半島情勢図


(流浪の剣士)
こうして故郷カスティーリャを追放されたロドリーゴ・ディーアス。
彼と妻の所領がどうなったかの記述は不明なのですが、いくつかの記録から彼とその家族の足跡を追うことが出来ます。まず1083年の記録で、妻ヒメーナと子供はアストゥリアスのカルデーニャ修道院に預けられており、たぶんこの時点でいったん離別させられています。

次にロドリーゴ本人の記録ですが、叙事詩や伝記では追放された彼を慕う数百もの騎士・軍人が彼と共にカスティーリャを出奔し、その後エル・シド軍団の中核となったとされます。まあ、騎士数百じゃカスティーリャ騎士の大半となってしまいますから誇張としても、その後の活躍を考えると従者も含めたらけっこうそれくらいの人数が行動を共にした可能性があり、1080年代初頭の時点でロドリーゴは既にエル・シド(指揮官/頭領)と呼ばれるにふさわしい器量と実力を身に付けつつあったと思われます。

さて、
追放されたロドリーゴが最初に向かった先はというと、当時周辺の諸伯領を併合しつつあったバルセロナ伯が領するカタルーニャ。しかし、追放の経過を聞き及んでいたバルセロナ伯は、彼と彼に付き従う者たちを拒絶します。強大化しつつあったカスティーリャ=レオン王国との関係を微妙にしたくなかったからなのか、ロドリーゴを危険視したからか、ともかくロドリーゴは再び落ち着き先を探す事になります。

その後ロドリーゴは旧知のサラゴサへ行き、かつてサンチョ2世の時代に共に戦ったこともあるサラゴサのターイファ・ムクタディルに仕える事になったのでした。カトリックの騎士がイスラムのターイファに傭兵として雇われると言うのはかなり奇異に感じるかも知れませんが、当時のイベリア半島ではそう突飛な行動ではなかったのでしょう。そもそも彼の最初の主君であるサンチョ2世もこのサラゴサに協力して叔父の国アラゴンへ攻撃を掛けているくらいですから、レコンキスタが終盤を迎える12~13世紀になる前のイベリア半島はこんな感じだったのかもしれません。



こうして、サラゴサへ身を寄せたロドリーゴとその一派はこの地でようやく落ち着き、
そして間もなくイベリア全土にその名を知らしめる活躍を始めます。このシリーズの中核に入ってゆく次回の副題は、たぶん 『エル・シド』の呼称を入れる言葉になりそう。



おしまい。

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  1. 2009/03/10(火) 21:52:09|
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