打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

エル・シド その8

2度目の追放


(再契約)
1087年、5年ぶりにカスティーリャ王国に復帰したロドリーゴ。(エル・シド)
当時サグラハスで大敗してトレードを守るのすらやっとのアルフォンソ6世はかなりの厚遇をもって彼を迎えます。カスティーリャの東側に広がるアラゴン・サラゴサ両国境付近の防衛を彼に任せると共に、『自力でサラセン人の土地を奪った場合は全て彼と彼の子孫の物とする』という特約まで与えたのですから。正に切り取り次第。

ただまあちょっと気になるのは、カスティーリャに付いたのは果たしてロドリーゴ一人だったのかという点。追放された時に彼と一緒に結構な数のカスティーリャ軍人・従者たちが傭兵としてサラゴサに雇われており、それがロドリーゴの部隊の中核となった節がありましたから。思うにロドリーゴ個人の帰参というよりそうした傭兵部隊もひっくるめた一種の再契約だったと考えたほうがしっくり来るんですよね。何度追放されても生涯カスティーリャ王に忠誠を尽くした騎士、という後世のエル・シド像だとそれでは都合が悪いから書き換えられてても不思議じゃありません。むしろその時々の情勢に柔軟に対応した現実的な軍人、と見たほうが評価高いんですがねえ。

そして実際のところ、この復帰は2年ほどしか続きませんでした。
1089年にロドリーゴは再び追放されてしまったのです。


(ムラービトの再侵攻、そして・・)
1088秋~1089年春、東部の国境を防衛していたロドリーゴは、隣接していたバレンシアにいたトレードの旧主カーディル支援のため、バレンシア・ムルシア方面へ軍を進めます。彼が対峙することになったのは、サラゴサ王の弟ハーイブとそれを援護するバルセロナ伯。バレンシア領がカーディルの悪政で情勢不穏になっているのを見ての、表向き救援と称しての侵攻でした。しかしわずかな手勢で救援に向かったロドリーゴによってこのバレンシア市を包囲していたハーイブとバルセロナ伯の軍は撃退され(エル・シド来るの報だけでハーイブ側は戦意を消失していたらしい)、バレンシア防衛に成功したロドリーゴはこの地での声望を獲得することになります。

ところがこの時、前線基地としていたバレンシア近郊のレケーナに帰還したロドリーゴのもとに驚くべき知らせが入ってきます。モロッコのムラービト軍がセビーリャの要請に応じてイベリア半島に再上陸したため、カスティーリャ王アルフォンソからロドリーゴも至急集められるだけの軍を集めて合流するようにとの命令が下っていたのでした。そしてこれが、彼が再追放される直接の原因となったのです。

1089年も中頃になって、カスティーリャ王アルフォンソ6世はトレードで集められるだけの兵を集めてバレンシアの南西にあるムルシア方面へ進発します。ここにはアレード城という先年アルフォンソが築いたカトリック側の根拠地があったのでした。ムラービト軍はここを落すべく向かっていたのですね。アルフォンソは途中ロドリーゴの合流を待つべく国境付近で一時停止していたのですが、なぜか彼は現れず、その間にムラービト軍がカディス方面から進路を変えたとの報告を受けてアルフォンソもまた予定路を変えてムラービト軍に対峙する動きをとります。結果的にこの両者の遭遇戦は発生せず、セビーリャ・コルドバ・グラナダがムラービト傘下に入り、アレード城も防備を固めたことを受けてムラービト軍は一時撤退したのでした。そして結局ロドリーゴは両軍の対峙中にかなり遅れて合流することはしたのですが・・・・。

その後、この件はロドリーゴの政敵によって誇張してアルフォンソに伝えられ(例えばロドリーゴはカスティーリャ王が窮地に陥るよう、意図的に遅参したのだ、などと)、それを信じたアルフォンソ6世は1回目の追放より更に厳しい裁定を下します。この辺の記述はロドリーゴ伝からの引用なのでややエル・シドに都合よく書かれてるかも知れませんが列記しておきます。

①ロドリーゴ・ディーアス(ビバール家)の全財産を没収。
②ロドリーゴの妻子は拘束の上で一時投獄。
③ロドリーゴ自身は全ての権限を剥奪のうえで国外追放。

こうしてロドリーゴ(エル・シド)は再び、
というか今度は決定的にカスティーリャから見捨てられてしまったのでした。


(流浪の英雄)
しかしこのロドリーゴ再追放の事件は、カスティーリャだけでなくアンダルス全体にもかなりの反響をもたらします。既にロドリーゴ・ディーアスとエル・シドの通り名はカスティーリャ・アラゴン・バルセロナ・アンダルス中部~東部のターイファ諸国に知れ渡っており、しかも彼はサラセン人にもカトリック系の軍人にも不思議と人気というか多くの支持者がいましたから。そして何より、ムラービト軍はカトリック教国だけでなくアンダルスのターイファ諸国も征服対象としていることが明白になりつつあった為、国や宗派を超えて彼のような優秀な軍人に期待するところが大きかったのでしょう。

翌1090年にそれまで防衛していたアレードの北にあるエルチェを出たエル・シドのもとに、それこそカトリック系・イスラム系を問わず各地から彼を慕う人々が集まり始めます。いつしか結構な集団となっていたエル・シドとその一団、果たして彼らの行く先はいったいどこだったのでしょう。

次回、アンダルスにムラービト軍の脅威が迫る中、
いよいよエル・シドの国取り物語が展開されることになります。


おしまい。

FC2ランキング02
 
↑最後にぽちっと。

テーマ:大航海時代Online - ジャンル:オンラインゲーム

  1. 2009/03/24(火) 08:02:56|
  2. エル・シド
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<低予算でPCを組む-3 | ホーム | 低予算でPCを組む-2>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://hamilcar.blog64.fc2.com/tb.php/766-d9292439
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

このブログはリンクフリーです。

ハミルカル・バルカ/メルカルト

Author:ハミルカル・バルカ/メルカルト
サーバー:Eos
所属  :イスパ
商会  :たまごのしろ/世界の船窓から
Twitter :hamilcar_notos

FC2カウンター

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
オンラインゲーム
257位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
大航海時代オンライン
9位
アクセスランキングを見る>>

最近の記事

カテゴリー

最近のコメント

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

最近のトラックバック

ブログ内検索

RSSフィード

RSSリンクの表示

著作権について

大航海時代 Online』に関わる著作権、その他一切の知的財産権は、 株式会社コーエーテクモゲームスに帰属します。 このホームページに掲載している『大航海時代 Online』の画像は、 『大航海時代 Online』公式サイトにおいて使用許諾が明示されているもの、もしくは『大航海時代 Online』の有効なアカウントを所有しているユーザーが株式会社コーエーテクモゲームスから使用許諾を受けたものです。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。