打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

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エル・シド その9

バレンシア攻略!


レコンキスタ時代の英雄エル・シドを巡るお話もそろそろ終盤。
1090年まで来ていますから、若い頃に一騎打ちを重ねて剣士として名を上げたエル・シドも既に40代半ばになってますね。この時代の感覚ではもう老練って言葉が浮かぶ年齢。ですが小規模戦闘では無類の強さを誇るところは全く変わらず、それがカスティーリャを追放された翌1090年以降もいかんなく発揮されて来る事になります。そしてそれは、叙事詩にまでなったエル・シドの、余りにも密度の濃い最後の10年の始まりでもありました。


(エル・シド包囲網)
1089年に再びカスティーリャから追放されてしまったエル・シド。
翌年の春を待って冬営していたバレンシア南西の町エルチェから出発したエル・シドは(ここからこの呼称で統一します)、まずバレンシアの手前にあるハーイブ領デニア近郊を通過し、サラゴサ王の弟ハーイブから交渉の末かなりの大金を受け取って更に北を目指します。その先にあったのはカスティーリャ保護下にあったカーディルが支配するバレンシアの町。ここでもエル・シドは資金提供(というか恐喝)を受け、バレンシアの北東80kmほどのところにある現カスティリョン市の近郊で落ち着きます。一応ハーイブ領になると思いますがバレンシア領・バルセロナ伯領の中間地点でやや空白地帯となっていたこの一帯を当面の根拠地に選んだのですね。

こうしてバレンシア北方で勢力を蓄えつつあったこのエル・シドに対し、近隣の諸侯の一部は警戒を強めます。中でもこれまで敵対することの多かった、何より領国内で割拠されてしまったハーイブは、近隣の諸侯で反エル・シド陣営を築こうと画策を始めます。ただこれ、これまでのエル・シドの動きと当時の情勢から実現はしませんでした。ちょっとここで、この時点でのエル・シドに対する周辺諸侯のポジションを列記しておきます。

カスティーリャ王=静観 (旧家臣ですし、ムラービト軍が接近中で余裕なし)
ウルへール伯=静観  (バルセロナ領に隣接しているので自国防衛が優先)
アラゴン王=不参加  (独立後は直接の脅威を受けておらず、戦場も遠い)
サラゴサ王=内通   (エル・シドを最も評価していた勢力)
バルセロナ伯=敵対  (ハーイブに同調・実際の主力)
ハーイブ=敵対    (反ロドリーゴを画策)


恐らくポイントになったのはカスティーリャ王アルフォンソ6世と、エル・シドが仕えていたサラゴサ王ムスタイーン。カスティーリャはエル・シドだけでなく他のカスティーリャ系軍人の旧主なのでこの時点で直接敵対されたらちょっと絶望的な事になったでしょうが、この時カスティーリャはムラービト軍が再上陸してトレードに接近中だった為それどころではありませんでした。そしてサラゴサの動きがエル・シドを決意させます。もともとサラゴサは10年・3世代にわたってエル・シドの知己を得ており、反エル・シドの工作が持ちかけられて以降、サラゴサ王は表向き同調するフリをしつつ、裏から彼にその情報を流していたのでした。こうして、イベリア半島の東部ではエル・シド対バルセロナ伯・ハーイブ陣営が争う事になります。これは1082年のアルメナルの戦いと同じですが、今度はエル・シド単独で戦うことになったのでした。


(テバルの圧勝)
そしてこの両者によって1090年秋に行われたテバル山中の戦いはエル・シドが大きく飛躍するきっかけとなります。この時、北上してエブロ川の河口の町トルトサに近いテバルの山中に陣を張ったエル・シドに対し、バルセロナ伯は主力を山のふもとに置きつつ夜間に別働隊を出してエル・シドより高地に回り込ませます。夜が明けて気付いたときにはエル・シドは山の上と下から挟撃される事になったのですね。しかも相手の方がはるかに多数と言う状況で。普通ならここで壊滅もしくは逃亡するしかなかったでしょうが、エル・シドと彼の手勢は逆にふもとの主力部隊に突撃を掛けたのでした。

小規模戦闘・特に乱戦でのエル・シドの強さはちょっと異常としか言いようがありません。なんと最初の突撃でふもと側にいたバルセロナ伯の本隊はエル・シドに撃破されてしまいます。このあとエル・シドが途中で負傷するという危機があったものの、彼と彼の部下は最後まで士気を失わず、遂にバルセロナ伯の大軍に勝利したのでした。しかも、またしてもバルセロナ伯と主な部将すべてを捕虜に取ると言う圧勝で。

このテバル山中の戦いとその後の交渉の結果、バルセロナ伯はエブロ川の南側への宗主権をエルシドに明け渡します。そしてこの地の領主だったハーイブが亡くなった事もあって、エル・シドは一躍エブロ川の河口付近からバレンシアのすぐ手前までの海岸線一帯、つまりレバンテ地方を領するかなり広い地域の諸侯となったのです。
地図に入れるとこんな感じ。


エルシド図03


(バレンシア攻略戦)
その後、エル・シドはムラービト軍の前に敗退を重ねていたカスティーリャ王を援護してムラービト軍の撤退まで漕ぎつける功績を上げたものの、振る舞いに問題があったのかややトラブルとなり、サラゴサやアラゴンなどと同盟を結ぶなど後背を固めた所でアルフォンソの攻撃を受けてしまいます。
この危機に対し、エル・シドは逆にサラゴサ国境方面からカスティーリャ領東部に攻め込み、この地を領していた政敵ガルシア伯オルドニュスの所領を荒らしまわり荒廃させてしまったのでした。この恐ろしいほどの攻勢にカスティーリャ王は軍を引き、両者講和に至ります。まあムラービト軍が迫っている状況下でエル・シドを敵に回すのはどう考えても得策ではありませんでしたから。

そして1093年からエル・シドは遂にバレンシアへの包囲戦を敢行します。この頃のバレンシアはカーディルの悪政により親ムラービト派が蜂起してカーディルが暗殺されてしまう等混乱しており、保護者であるカスティーリャ王も動けないとあっていつ外部勢力の侵攻を受けてもおかしくない状態にあったのですね。この情勢を見たエル・シドが遂にバレンシア攻略を決めたのは、まあ自然流れだったでしょう。
しかし、地中海側屈指の良港バレンシアを包囲するには、海からの支援は不可欠でした。特にジェノヴァやピサなどのイタリアの海洋都市国家はこのバレンシアやアルフォンソと太い関係を築いており、彼らを味方に付けないとバレンシアは取れない、そう見られていたのです。

これに対し、エル・シドは直接の力攻めでなく周辺の農村や小都市を襲うことでバレンシアに至る街道を押え、バレンシアへ流入する物資にプレッシャーを掛ける動きに出ます。こういう戦略的な動きが出来るあたりは単なる武勇の人じゃない智謀を感じますね。
結局およそ数ヶ月の攻略戦の末、ジェノヴァやピサからの支援が受けられなかったバレンシアはエル・シドに降伏します。1094年5月、遂にエル・シドはバレンシアに入城し、これによりカスティーリャの下級貴族からイベリア半島の有力諸侯に数えられるまでになったのでした。
このバレンシア攻略を果たした時の 『我がシッドの歌』 の記述を、やや長いですが引用してみます。
この瞬間が、恐らくこの人物伝の到達点の一つと言えるでしょうから。


わがシッドがバレンシアを占領し入城すると、
その地に大きな喜びが広がった。
歩兵であった者は騎士になった。
彼らの得た金貨・銀貨を誰が数えられようか。
そこにいた者はすべて富裕となった。
わがシッド、ドン・ロドリーゴは戦利品の1/5を別にするよう命じ、
3万マルコだけが彼の取り分となった。
他の財宝を誰が数えられようか。
カンペアドールとその場にいた者は皆が、
城の頂上にひるがえったシッドの旗を見て歓声を上げた。
(~ 『我がシッドの歌』 より~)

その後、エル・シドは幽閉されていた妻ドーニャ・ヒメーナと子供を救出してバレンシアに呼び寄せるなどつかの間の休息を得ますが、時代は彼を安寧のまま過ごさせはしませんでした。いったん撤退していたムラービト軍の指導者ユースフが甥のムハンマドにモロッコとアンダルスで編成した大軍を与え、ロドリーゴの討伐を命じたのですから。

次回はエル・シドが挙げたレコンキスタ史に残る奇跡の勝利を見ることに。


おしまい。

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テーマ:大航海時代Online - ジャンル:オンラインゲーム

  1. 2009/03/28(土) 16:58:53|
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