打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

地図の歴史3 不正確な地図

まだまだ不正確な地図 と 勝手な線引き


地図の話を書こうとすると、どうしても画像が必要になります。
で、手持ちの資料なぞ漁っていましたが、あんまりコレという本がないなあー と思っていた所、有りました!!

世界図04b

これ、私の部屋に飾ってある複製地図です。地図代より額縁の方がヒトケタ高かったりします。
大きすぎて資料とは認識出来なかったのですが、よくよく見ると、この地図だけで記事が数回書ける位のネタが転がっています。


<その1:大西洋のタテ線>
トルデシリャス

最初、大西洋に引いてあるタテ線は子午線だと漠然と思っていましたが、ロンドンの上を通っていません。上はグリーンランドから、ブラジルをかすめて南端まで到達しています。しかも、実は地図上の経度の目盛は0度に設定されています。(実際の経度で言うと西経40~45度近辺)
大航海時代のプレイヤーなら分かりますよね。わざわざ金色の破線で引かれている事からも、この地図明らかに思考的にはトルデシリャス条約の影響を受けている気がします。
(世界をイスパとポルで2分するアノ条約です。正確にはこの地図の線より少し左かな)
しかもよく考えると、この線はイスパニアが当初主張した、「カナリア諸島は除いたすぐ西からイスパ領」 に近い。

ただ、超有名ではありますが、実際には1494~1506年までの短い期間でしか有効ではなく、その後見つかったモルッカ諸島の扱いがどちらに属するかワカンナクて、新たに条約を定めています。
(さすがイスパニャン、勝手に決めているクセにいい加減だ)

まあ、後に新興国オランダやイギリスがのし上がってきて、フランスが北アメリカに進出するに及んで自然と影響力はなくなっただろうなーとは思います。

しかし、この地図は1639年発行です。既に太平洋も香料諸島も、オーストラリアの一部らしき海岸線も割と正確に書かれています。イギリス・オランダが覇権を確立する17世紀に、条約の実効性が無くなっても、地図の上ではこのへんから西は 『新世界だナ』 との意識が思想的に残っていたと考えられるのでしょうか?




<その2:南方大陸>
世界図d

ジャワ島の南東に、海岸線だけが書かれた島だか大陸だか微妙な記入があります。これは多分オーストラリアと思われますし、ここまでは一応まあ良いです。

そこから下!! 一番下に帯状の大陸が書かれています。
現代の私たちは違和感無く「ああ、南極ね、ちょっとヘタかなあ」と思うかも知れません。

だけど、南極大陸の発見は、一応1820年にアメリカ人、ナサニエル・パーマーが最初であるとされています。
※①キャプテン・クックは1772~3年に南極圏を探検しましたが大陸は発見できませんでした。
※②アメリカはナサニエル・パーマー、イギリスはエドワード・ブランスフィールドが最初と互いに主張、1964年にやっと合意します。

この地図は1639年発行です。 ・・・どゆこと? 

これ以上書くと、例の 『ビリ・レイスの地図』 見たいな話になってしまいますので止めますが、恐らく想像で書いたにしてもメルカトールやオルテリウスさんらこの時代の人達はいい勘と豊かな想像力しています。あんまり違和感ありませんから。 それとも本当に昔から知っていたのでしょうか? (単にオーストラリアを大きく書きすぎたという話も)
だけど、想像で地図を描くのは危険です。コレを信じた人が探検に出たらどうするのでしょう?




<その3:北方航路>
世界図03a

アフリカ・アジア・中南米と、かなり正確に書かれてきていますが、北極海周辺はまだ完成していないどころか諦めている感じさえします。特に東側の海岸線は、シベリア付近が非常に直線的で、分かっているとは思えません。また北西側は、グリーンランド西が湾のままで、ここから西に抜けるランカスター海峡が書かれていません。

インドへの東回り・西回りとは別の航路として期待された北方航路ですが、
①北東航路(スカンジナヴィア半島を北に回ってシベリアからアジア地域へと言うルート)、
②北西航路(グリーンランドの西から北アメリカ北部を回ってアジア地域へと言うルート)
どちらもやろうとして、結果失敗したのが地図の実物で良く分かります。

このうち、一応北東航路はイングランドの探検家チャンセラーが、
(この人、DOLでロンドンにいるジョン・ディーさんとも知り合いです)
モスクワまで行って、ロシアの初代皇帝・イワン4世(雷帝)に謁見して親書を受け、拠点建設の権利をもらう事と交易に成功しています。
ただ、その後はイングランドとスペインとの関係が悪化し、アルマダの海戦へと突き進んでいきますから、戦力・資金を割く余裕が無くなります。また、アルマダ海戦に勝利して以降は東回り航路で充分ですから、航路を開拓する必要性が薄れたと思われます。

※探検というのは、とてつもなく費用が掛かります。実質的な利益が見込めるのでなければ、中々出資者を募る事は難しかったのでしょう。 名作・大航海時代Ⅲでの 「プレゼン」 は、このあたりを表現しているのでしょうか。(発見報告でスポンサーをだますのもアリでしたから)

※今回の記事書いていると、大航海時代Ⅱのエルネスト・ロペスさんで世界地図を完成させる時のローラー作戦を思い出します。走り間違えて途中で黒い(未踏破の)部分を残してしまったときはガックリきましたからね。


まあしかし、昔の地図は超有名な人の作でも結構適当だからホント面白いです。
あー、キリがないからヤメヤメ!


※次回はもう一枚の所有品、ヨーロッパ地図をサックリと。(早いとこ次のテーマやりますので)
  1. 2006/04/28(金) 21:52:17|
  2. 地理史跡
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