打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

日本刀の単価はいくらだろう

資料でみる交易品の予測


オスマン編を書いてる途中ですが、ちょっと東アジア関連の歴史ネタをひとつ。
昨日の夜のこと、所属している船窓商会で末次船と朱印船貿易の話が出ていたので、海事の合間にヨーロッパ人の東アジア関連の資料ないかなと何冊か見ていたところこの一冊が。

トメ・ピレス著 『東方諸国記』
 
たぶんセビリアにいるあの人のまとめたアジア地域のレポートですが、これなかなか興味深い。
彼の経歴をちょろっと書くとこんな感じ。

1466
リスボンで薬剤師の息子として生まれる。

1511
インド方面の書記官職に任命され、インド方面の艦隊へ参加。

1512 
インド到着後、アルブケルケ提督の命でコチンから出た船団に搭乗し、前年に攻略したばかりのポルトガルの前線基地・マラッカに到着。
その後、ジャワ島経由で香料諸島に赴いて現地でポルトガル商館の管理官を務める。

1515
マラッカからいったんコチンに戻ると、そこに赴任して来た友人で新総督のソアレスから中国の明に向けて送られた使節の大使として任命され、中国へ向かう。

1517
トメ・ピレスを乗せたポルトガル艦隊は広州の南にある停泊地・屯門澳に到着。
ここから広州に行ったポルトガル艦隊は広州での交易自体は認められたものの、北京に登っての外交交渉は不調に終わったため、ポルトガル艦隊の提督はこの停泊地で要塞を築いたり(これが後のマカオの前身)付近を航行するジャンク船を襲うなどの明政府を刺激するような暴挙に出てしまいます。この結果、現地にいたトメ・ピレスたち外交使節は逮捕・投獄されてしまい、ポルトガル艦隊も彼らを見捨てた為にかれらはその後消息不明に・・・。


こんな感じで、その後トメ・ピレスは1524年までは生きていたとか1540年没だとかいう説はありますが、ともかく現地のヨーロッパ人の記録からは完全に消えてしまいます。
そんなけっこう悲惨な生涯を送ったトメ・ピレスですが、香料諸島~マラッカ駐在時に彼が残していた報告書の断片は、後にマルコポーロの東方見聞録に匹敵する重要資料として見直され・日の目を見る事になります。
それがこの 『東方諸国記』
アフリカからインド洋・東南アジア・東アジア諸国の物産・民族に触れたこの膨大な報告メモのの中には日本に関する記述もあり、250年前にマルコポーロが黄金の国ジパングとして紹介した日本に関しての交易の様子が書かれていました。
ちょっとこの一部を抜粋してみます。

『彼らレケオ人(琉球人)はシナとマラカで取引を行う~(中略)~彼らはジャンポン(日本)へ赴く。それは海路7~8日の航程のところにある島である。彼らはそこでこの島にある黄金と銅と商品を買い入れる~(中略)~彼らがマラカへ携えてくる商品は黄金・銅・武器・寄木細工・扇・小麦である。彼らの品物は出来が良い。また一振りが30クルザドの刀剣をたくさん携えてくる』

『ジャンポン島 すべてのシナ人のいうことによると、ジャンポン島はレキオ人の島々よりも大きく、国王はより強力で偉大である。それは商品にも自然の産物にも恵まれていない。国王は異教徒でシナの国王の臣下である~彼らはシナと取引することはまれであるが、それは遠く離れている事、ジュンコ(ジャンク)を持たず、海洋国民ではないからである』 (東方諸国記 第4部より)

実はこれが、大航海時代のヨーロッパ人が日本について書いた最初の記録だったりします。この中では日本からの交易品として刀剣・黄金・銅・細工物などが主力として(レケオ=琉球)などから持ち込まれ、福州・広州やマラッカなどでも高値で直接取引されていた事が記載されています。

ちなみにこの記録、トメ・ピレスの経歴を考えたら間違いなく1515年以前に書かれています。
つまり種子島にポルトガル人が漂着する28年以上前の記録。
そんな前から既に日本の産物は東南アジアの交易圏に組み込まれ、ここに進出して来ていたポルトガル人が情報としてキャッチし、実際に入手していた事になるんですね。
それ以前の室町時代前期から日本と明とは勘合貿易などで交流はあったものの、こんな早い時期から日本の交易品が東南アジアまで流通してた以上、1543年の時点でポルトガル人は日本についてはある程度の情報が入ってきていた事でしょう。わざわざ東アジアまで交易に来ている彼らが日本について全く無知なまま種子島に漂着したわけではない、そう考えた方が自然ですよね。


ところでこのトメ・ピレスのわずかな記録に残る価格についての記述ですが、
特に日本刀一振りの現地相場が30クルザドだったという話はけっこう興味深いですね。
1クルザドを日本の通貨に直すと、
後の時代ですがイエズス会の会報誌に残る記録では、金1両=7クルザド。
別の資料だと金1両=4.3~4.5クルザドで見ており、
金と銀の価値はだいたい9.3:1くらいで計算していますから当時の国際基準でもそう離れておらず、
信頼できそうな数字です。
となると30クルザドは日本だと金7両=260gくらいに相当するわけで、
日本刀がかなり高い交易品だったことが分かります。


(日本刀のDOL内価格は?)
相場の話が出たのでついでにもうちょっと計算を進めてみます。
現在の相場だと金1g=3100円くらいなので、金260g=806,000円。
小麦1トンの大口相場が50,000円くらいとするなら、
806,000/50,000で今の相場だと小麦16トンにもなります。

更にDOL世界での小麦1樽が果たして何kgなのか分かりませんが、
1樽=1バレル=159リットル換算で行くなら、
小麦のかさ比重0.8で換算すると小麦1樽=159×0.8=127.2kg
小麦16トン=16000/127.2=125.8樽。
DOLの小麦の価格が35~40ドゥカート位として、
35~40D×125.8樽=4403~5032ドゥカート

ものすごい仮定の数字で計算を重ねて見たところ、現代の小麦相場で日本刀の東南アジア相場を換算するなら5000ドゥカート近辺という、なんだかそれらしい数字になってますね。
まあ、今では小麦の生産力は16世紀当時よりはるかに向上してるから比較すること自体がナンセンスなのですが、ダマスク剣の相場から考えるとあながち遠くない気もします。
中距離交易での売りが4500~5000とするなら、買値はその半分で2000~2500近辺って事になるのでしょうか。性能を考えるともう少し売りが高くてもいいかも知れん。しかしあれだな、買いの単価が3000~4000台を超えてくるようだと数を買えなくなっちゃうかも・・。



おしまい。


FC2ランキング02
 
↑ぽちっと。

テーマ:大航海時代Online - ジャンル:オンラインゲーム

  1. 2009/06/04(木) 22:47:07|
  2. 歴史ネタ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<慧眼 | ホーム | 漁師の誤算>>

コメント

1ドゥカートは何円?

トメ・ピレス先生ひどいことになってますね。DOLでセビリアにいるのはどの時点の彼なんでしょうか。
流浪の果てにセビリアまでは帰ってきたけれどさすがにポルトガルに戻る気になれない、とかだったら涙が出そうです。

日本刀の価格はなんともいい感じです。私はこういう仮定に仮定を重ねる試算が大好きなんで、今回の記事は久々にROMしてられなくなりましたw

以前、ビールの価格と英国の伝統的エール樽の容量から1ドゥカート(DOL内限定)の円換算を試みたことがあるんですが、その結果は1ドゥカート1000円でした。

アーカントス氏のブログでの記事によると史実では1ドゥカート=十数万円相当なのですが、1000円換算でも安いというなかれ、DOL内での初期所持金及びバルシャの値段を見ると現金200万円と500万円相当の船(中古市場の小型漁船でこのくらいのがあるみたいです)を持ってスタートしてるんですね。
駆け出し航海者に国家とギルドが寄せる期待が仄見える、そんな数値になっておりますw

オスマン編の続き、楽しみです。体調を崩しやすい季節になってきましたが、どうぞご自愛ください(^^ノシ
  1. 2009/06/05(金) 04:27:22 |
  2. URL |
  3. 通りすがりの船大工(例の #DrTX19Tw
  4. [ 編集]

通りすがりの船大工さん>>
トメ・ピレスどうやって復活してんだろw
インド渡る前の彼ということかしらん。
日本刀の相場ですが、これ現在の金相場で計算してるノアで実際16世紀における金の希少価値を考えるともっと高かったかもしれませんね。それからどうも日本国内の金銀の交換比とヨーロッパのそれとかなり違う(日本の方が金の価値低い)のはそれだけ当時の日本では金が流通していた事の裏返しかもですね。
あとDOL世界におけるドゥカートの価値は正直めちゃくちゃ。
初期船の価格設定が低いのはしょうがないとは思いますが・・・。
実際の価値で言うと、提督も書いてますが確か年収がドゥカート金貨換算で50~100枚あれば充分中流以上の市民としてやって行けたと思います。まあ、DOLでの単位ドゥカートと中近世の基軸通貨としてのドゥカート金貨1枚は一緒に考えると混乱しますよね。むしろその1/100以下の価値だった銀貨換算の方が食事や装備の値段とかを見ると近いのかも。
  1. 2009/06/08(月) 07:53:29 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://hamilcar.blog64.fc2.com/tb.php/812-a450930b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

このブログはリンクフリーです。

ハミルカル・バルカ/メルカルト

Author:ハミルカル・バルカ/メルカルト
サーバー:Eos
所属  :イスパ
商会  :たまごのしろ/世界の船窓から
Twitter :hamilcar_notos

FC2カウンター

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
オンラインゲーム
342位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
大航海時代オンライン
9位
アクセスランキングを見る>>

最近の記事

カテゴリー

最近のコメント

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

最近のトラックバック

ブログ内検索

RSSフィード

RSSリンクの表示

著作権について

大航海時代 Online』に関わる著作権、その他一切の知的財産権は、 株式会社コーエーテクモゲームスに帰属します。 このホームページに掲載している『大航海時代 Online』の画像は、 『大航海時代 Online』公式サイトにおいて使用許諾が明示されているもの、もしくは『大航海時代 Online』の有効なアカウントを所有しているユーザーが株式会社コーエーテクモゲームスから使用許諾を受けたものです。