打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

オスマン家の肖像 その10

アンカラの戦い 後編

興隆期のオスマン家を見てゆくシリーズも今回で10回目。
中世末期に起きた、ティムールとオスマン第4代のバヤズィト1世という、歴史に残る英雄同士による直接対決の続きになります。


(布陣)
アンカラの手前で南に進路を転じたあと北に向かい、アンカラ北東近くにある丘陵と小川が流れ込む地点まで移動して来たティムール。
これに対して先にアンカラに着いたものの、迎え撃つのではなくティムールの針路変更に付き合う形で追いかける事になってしまったバヤズィト率いるオスマン軍。

1402年の7月に起きたアンカラの戦いは、こうして防衛側が逆に疲労度を濃くして始まります。

この戦いにおける両者の陣容は以下の通り。

ティムール軍(15~20万)
左翼/王子シャー・ルフ
中央/スルタン・フサイン、ティムール、王子シャー・ルフ
右翼/王子アブー・バクル(後継者)、王子ミラーン・シャー


オスマン軍(10~12万)
左翼/長男スレイマン、 
※バルカン諸兵、タタール傭兵(予備)

中央/バヤズィト1世、次男ムサ、四男イサ、五男ムスタファ
※主力のイェニチェリ兵1万、アナトリア兵

右翼/セルビア王ステファン、三男メフメト、アナトリア諸侯
※セルビア兵2万、アナトリア兵(スパヒ騎兵)


アンカラ01


(開戦)
7月の炎天下に開始されたこの歴史的な戦闘は、わずか1日で決着が付きます。
まず開始後、オスマンの右翼とティムールの右翼が共に優勢で、相手の左翼軍を圧迫してゆきます。
ただしオスマン左翼のバルカン兵はかなり粘っていたので開始直後はオスマン右翼にいたセルビア兵だけがやや前に進んだ状態。
中央部では意外とというか案の定なのか、同じテュルク系のティムール軍を相手にしていた為かオスマン前衛のアナトリア兵の動きは鈍かったものの、そこはさすがに後ろに控えていた最精鋭イェニチェリ兵の守りは堅く、しかも誰一人として後ろを見せる者もいなかったのでこの中央部はややこう着状態となります。
こんな感じでここまでは、数が少ない割りにオスマン軍の方が優勢な状況だったのです。問題はここから。

中央部の動きが止まっているのを見たティムール、
自軍中央の後衛部隊を、押されていた左翼にティムール自ら振り向けます。
もう長時間の戦闘で両軍共に疲労は激しかったでしょうが、
このティムールの精鋭による攻撃で先に音を上げたのはオスマン軍の一部からでした。
そしてこれが全体の戦局を決定付ける事に繋がってゆきます。
戦闘開始後、数時間ほどしてのこと、オスマン左翼の後方にいたタタール傭兵、それから中央右にいたアナトリア諸侯兵が共に戦闘離脱もしくはバヤズィトを裏切ってティムール側に付くものが出始めたのです。
たぶんこの時点で勝敗分岐点が来ていたでしょう。



アンカラ02 


(敗北)
まず左翼にいた長男スレイマン率いるバルカン兵は、前からはティムールの長男アブーバクルの、そして後背からは裏切ったタタール兵に攻められるという絶望的な状況下で瓦解し、離脱を始めます。バヤズィトの長男スレイマンとその直衛部隊だけは踏みとどまって後背にあった丘まで引いた所で体制を立て直しますが、こうしてオスマン左翼は崩壊。

次にオスマン中央~右翼では、寝返ったアナトリア諸侯とティムールの攻撃により、押し込んでいたセルビア兵も後退を始めます。それでも部隊が崩壊しなかったのはセルビア王ステファンの統率力が余程優れていたのでしょう。この後、セルビア王ステファンは後方まで逃れていた長子スレイマンを守って撤退を開始し、無事にバルカン半島まで逃げ延びます。(ちなみに、この時の関係により長男スレイマンは後継者争いでセルビア・バルカン諸国を味方に付けて地盤とします)

更にオスマン家の三男メフメト、彼もセルビア兵が長男スレイマンと共に撤退すると、冷静に残っていた周囲のアナトリア諸侯をまとめて撤退を開始します。多くのアナトリア諸侯が裏切る中、北部の諸侯たちはそれまでのメフメトの働きに信頼を篤くしていたのでしょう、この苦しい状況でもメフメトを守ってアナトリア半島北東の山岳地帯アマスヤまで逃れる事に成功したのでした。(メフメトはここから再起して後継者争いに参加する事に)

そんな中、全く引こうとしないで頑張っていた集団がありました。
そう、他でもない、総大将のバヤズィト1世本人と彼を守るイェニチェリ軍団。
数は1万と全体の中では少数だったのですが流石にその士気は高く、バヤズィト自身が頑張っている状況で彼らが逃げるはずもなく、その日の夕方までずっと自分達のスルタンを守って戦い続けていました。バヤズィトとイェニチェリ軍団が撤退を始めたのはもう他の兵たちがほとんど離脱してしまった後の薄暮に至る時間帯。
しかし、後背にある丘を目指していったん退却したあと夜にまぎれて離脱しようとしたのですが、そこをティムールによって捕捉されてしまいます。
そして運悪くバヤズィトも落馬した所を捕らえられ、戦いは終局を迎えたのでした。


(戦後)
こうして、両軍合わせて30万人近くが集結した中世期としては驚異的な大会戦となったアンカラの戦いは、オスマンの首領バヤズィト自身が捕らえられるという最悪の形でオスマン帝国が敗退します。自国の、それも拠点都市へ先にたどり着きながらわざわざ打って出たバヤズィトの判断ミスもありましたが、それにしても長躯しての会戦でほとんど活力を失わないで士気の高いオスマン家を破ったティムールの圧力はちょっと驚異的なものがありました。
この戦いの後、ティムールはアナトリア諸地方を8ヶ月ほど征服し続けるのですが、その間バヤズィトは格子付きの籠に揺られて各地を連れまわされ、結局そのまま死去します。当主を失ったオスマン家がその後どうなったかは次回書きますが、この時点でオスマン帝国は支配下に置いた諸侯の多くが離反し、また後継者争いに突入した事でいったん瓦解します。
このようにアンカラの戦いはオスマン帝国が崩壊した戦いであり、またバヤズィトの息子達がその後の地歩となるきっかけになった戦いでもあり、その後の歴史には直接・間接の両面で大きな影響を及ぼしたのでした。

次回はバヤズィトの息子達による、空白の10年を追ってみます。



おしまい。


FC2ランキング02
 
↑ぽちっとお願いしやす!

テーマ:大航海時代Online - ジャンル:オンラインゲーム

  1. 2009/06/28(日) 00:43:58|
  2. オスマン家の肖像
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3
<<練金見習い | ホーム | 上級錬金術・・・>>

コメント

毎度ながら、「名前(だけ)は知ってるけど…」なネタの詳細な解説が勉強になります。それにしても、どれだけ大軍どうしであってもガチで激突すると1日かそこらで帰趨が決するものなんですね。

当初は互角だったとしても、寝返りやら予備(別働)戦力の投入やらで均衡が一旦崩れるとなし崩しに…という例はしばしば見られます。リアルで生き死にが懸かってる戦場では心理的要因に左右されることが色々とあるのでしょうね。昂揚から一転して恐慌へと、集団が大きいほど振れ幅もハンパないということでしょうか。

一方でこの戦いの記事を読むと、オスマン連合軍が潰走する中で統制を保ったまま撤退に成功している集団もあったんですね。「敗走させたら右に出る者はいません」(漫画版)という誰かさんみたいな手腕を発揮したのかなあ。

既に今後の動向への伏線が色々と見えているのも興味深いです。次回もまた楽しみにしています。
  1. 2009/06/28(日) 06:50:34 |
  2. URL |
  3. サラバント #9RWFGrvA
  4. [ 編集]

なるほど、まさに日本での関ヶ原の戦いを思わせる展開だったようですね。関ヶ原との決定的な違いは両軍の大将がともに稀代の英傑であったというところでしょうが…。
  1. 2009/06/28(日) 07:32:37 |
  2. URL |
  3. ヤッサバ隊長 #-
  4. [ 編集]

サラバントさん>>
新たに支配に組み込んだ諸侯を参加させる場合、それが全体の大多数となってても、相手より数で優勢ならある程度勝ち馬に乗せるみたいな使い方が出来るのでしょうが、相手の方が多数だったりするとちょっとでも戦況が苦しいとなると逃げるか裏切るかするリスクははらみますよね。

オスマンはこの後の300年近く、大規模な会戦でまともに負けるケースがほんとに数えるほどでしか無くなって来ますが、これは相手より常に多数を揃えて臨んでいたと言うのも大きいでしょう。
またこの教訓を活かした軍事面の対応を見せることになりますが、それはまた別の回で見る事にしています。


ヤッサバ隊長さん>>
初めまして、ですね。
逆に関ヶ原と似ているところがあるとすれば、西軍(オスマン)の中核がものすごい頑張ってると言う点でしょうか。
参加した10万のうち実質3~4万しか働いてないのに前半は相手を押してる辺り、まともに当たってさえいればかなり惜しかったと思うんですよね。
西軍の場合は名目上の大将が参陣しただけで実際に動いてないんだけど・・・。
  1. 2009/06/29(月) 07:57:35 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://hamilcar.blog64.fc2.com/tb.php/827-fd3b61e9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

このブログはリンクフリーです。

ハミルカル・バルカ/メルカルト

Author:ハミルカル・バルカ/メルカルト
サーバー:Eos
所属  :イスパ
商会  :たまごのしろ/世界の船窓から
Twitter :hamilcar_notos

FC2カウンター

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
オンラインゲーム
255位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
大航海時代オンライン
7位
アクセスランキングを見る>>

最近の記事

カテゴリー

最近のコメント

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

最近のトラックバック

ブログ内検索

RSSフィード

RSSリンクの表示

著作権について

大航海時代 Online』に関わる著作権、その他一切の知的財産権は、 株式会社コーエーテクモゲームスに帰属します。 このホームページに掲載している『大航海時代 Online』の画像は、 『大航海時代 Online』公式サイトにおいて使用許諾が明示されているもの、もしくは『大航海時代 Online』の有効なアカウントを所有しているユーザーが株式会社コーエーテクモゲームスから使用許諾を受けたものです。