打倒ローマは一日にして成らず

大航海時代Onlineでカルタゴ復興に燃える元将軍の記録。

続・蒼き狼の末裔たち その4

クビライ立つ


今回から見て行くのはモンゴル人同士、それもチンギス・ハーン直系の王族同士が相争うお話。
まだこの後もモンゴル帝国は拡大してゆきますが、一方で内部での争いが顕在化してきたのもこの時代からでしょうか。統一・拡大から分裂へ、蒼き狼の末裔たちは再び戦乱の中にその身を投じてゆきます。


(反逆)
1259年夏、モンゴル帝国の大ハーン・モンケが倒れたあと、その後継者となるべく争っていた一方の候補者・クビライ。弟のアリクブケがモンゴル本国を抑えていた関係で最有力候補と見られていた反面、兄のクビライはモンケとの確執が噂された事、本国の支援者が少なかったことなどから後継者争いではやや分が悪かったかも知れません。

しかし彼はここから激しい巻き返しを見せ、遂には大ハーン位を手中にします。
ちなみに、従来のモンゴル史では大ハーン位はモンケ→クビライと継承され、アリクブケがこれに異を唱えて反乱を起こしたと見ていたでしょうが、集史など西アジアに残る比較的中立な史書・資料ではアリクブケもちゃんと大ハーンの一人として扱っています。また当初は西部に位置するモンゴル諸王家もアリクブケ支持だったようで、後世クビライが天下を取った後に書かれた史書ですらそういう扱いなのですから、実際の所、つまりクビライはアリクブケよりその地位を奪ったと見るのが妥当なのでしょう。

では、彼はどうやってこの劣勢な状況からモンゴルの後継者となる事が出来たのでしょうか?
今回はその立ち上がりを見てゆきます。


(決断)
1259年夏にモンケが死去した時点における、対南宋遠征軍の所在は以下の通り。

モンケ本隊
四川地方の重慶近郊に駐留中。
しかしモンケが死去した事によってこの主力部隊は事実上解散に近い状態となってしまい、一応異母弟のモゲが殿軍の指揮者と言う事にはなりましたが、多くの有力部族・将軍たちはモンゴル本国へ向けて撤退する動きを見せ始めていました。

クビライ隊
黄河中流域の開封から南下して淮河の上流にある汝南近郊に駐留中。
モンケが死去する前の時点では、全軍の中央に位置するクビライはここから南進して長江中流の大都市・鄂州を攻略する予定でした。
彼の軍の主力の一方は華北~華南で味方についていた漢人部隊で、もし直ちに撤収してこのままモンゴルに帰るとなるとこの漢人部隊が果たして最後までクビライに従うかどうか、かなり不安があったかもしれません。
またここにはもう一方の主力として、かつて『四駿』と呼ばれチンギス・ハーンの時代に対金国戦の最高司令官として活躍し、特に国王を名乗る事を許された名将ムカリの家の部隊が参加していました。
このムカリ国王家には配下として『五投下』と呼ばれる5つのモンゴル部族が含まれており、しかも当時のムカリ国王家には孫の世代で久々に英傑と呼べる逸材・バアトルという人物が出現していて、今回の遠征軍ではクビライの腹心として様々な献策を行っていたのです。(クビライの妻は五投下のひとつであるコンギラト部=チンギスの母ボルテの出身部族の女性でもあった)

タガチャル隊
同じく開封から出てこちらはクビライの更に東、淮河の下流で展開中。
クビライ隊の別働隊という扱いで参加していた東方三王家の盟主タガチャルの部隊です。
東方三王家は中国東北地方に領地を与えられたチンギス・ハーンの弟たちを祖とする国で、クビライ隊と同じく地元の漢人部隊も多く含まれますが、後世になると大元国の主力として活躍したようにモンゴル騎兵の精鋭がここには揃っていました。

ウリャンカダイ隊
はるか南の雲南から長江の中流域を目指して進軍中。
モンケの部将・ウリャンカダイの部隊です。
ウリャンカダイの父は、 『四狗』 と呼ばれたモンゴル帝国全史を通しても恐らく最高の将の一人と思われるスブタイ。
トゥルイ家にとってウリャンカダイは最も信頼できる家の宿老であり、当時モンケ隊の先発として既に支配下に置いていた大理国や雲南からの進軍を始めていたウリャンカダイですが、モンケの本隊が事実上解散してしまうとなると、最前線でほぼ孤立している彼は帰国する事すら非常に困難な状況下にありました。


おおよそこんな配置で、全体としてはモンケが死去したとなると撤退やむなしと言う状況でしょうか。特に後継者争いの一方であるクビライは直ちにモンゴルに帰還するだろう、恐らく大方の者はそう見ていた事でしょう。しかしここでクビライは真逆の決断をします。

クビライ・南進す。

この時クビライは汝南を出て逆に鄂州へ向けて南進、つまり戦闘を継続する姿勢を見せたのです。
モンケが死去した後、遠征軍の現場にいる者の中での最高位はもちろんクビライです。その彼が本国での後継者争いに加わらずに現場に留まる決断をしたのですから、これはインパクトが有りました。

まあ確かに責任ある立場の者としては、味方の撤退を支援したり孤立している部隊を救出するなどの取りまとめをしてから引くのが当然とも思えますが、中にはクビライにとっては敵になる可能性のある人物も含まれていましたから、現実的には手持ちの武力を保持する為だったかもしれませんね。
しかし結果としてこの決断は当たります。

クビライが最前線で踏ん張っているのを知った中国各地に残留するモンゴル軍の諸将が、
クビライが包囲していた鄂州に集まり始めたのですね。
特に最も近くにいたタガチャルの部隊がクビライ支持を打ち出し、更にクビライが孤立していたウリャンガダイの部隊を救出してから諸将のクビライ隊への合流は決定的となります。

こうして大ハーンが居ないまま対南宋戦は鄂州の周辺にモンゴルの大軍が集まり始め、これに驚いた南宋側も援軍を振り向けたために、いつの間にか鄂州包囲戦はモンゴル帝国と南宋の決戦の様相を呈し始めていたのでした。次回はこの鄂州包囲戦の経過を見た後、この後いよいよ大ハーン位を狙うクビライとアリクブケの抗争に入ります。


ところで、この時の鄂州包囲戦で南宋が援軍にとある男を送り込んでくるのですが、
この人物がのちの両国の歴史に大きく関わってくることになります。
その男の名は、賈似道。
後に南宋の宰相から太師となり、滅亡直前の南宋で16年に渡って独裁的な政治を行う人物で、またこの20年後、弘安の役の際に旧南宋の水軍を率いて日本に攻め込んできた江南軍の司令官・范文虎の岳父でもあります。だんだん元寇の足音が聞こえてきたようですが、これはまあ別のお話ですね。


おしまい。

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  1. 2010/02/27(土) 21:25:30|
  2. 蒼き狼の末裔たち
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

モンケ大帝の急死は歴史上でも最も重要な事件のひとつとして数えて間違いないように感じますね。

アイン・ジャールートの戦いにしても、元寇やベトナム遠征の失敗にせよ、モンゴルの征服の足が止まったという事実の裏にはいつもこの一件がちらつきます。

モンケがもしも違った最期を迎えたのであればユーラシアの歴史はまったく違ったページを開くことになったように思えます。

まぁ、しかし、モンゴル帝国史は、チンギスの孫たちを中心とした急拡大の時代から、内部抗争の時代に入って行ってもなお、魅力的ですよね。続き期待してます(^^
  1. 2010/02/28(日) 03:00:22 |
  2. URL |
  3. R Schmitt #-
  4. [ 編集]

R SCHMITTさん>>
モンケがもう少し長生きしていれば、というのは確かにありますね。
その場合、西アジアではマムルーク朝エジプトが滅亡するかエジプト圏内だけに留まりシリアの大半がモンゴル支配下に、東アジアでは巨人・クビライの政権が存在せず、そうなると大元ウルスすら形成されなかった可能性が高いかと思うと、まるっきり別の世界史が・・・。

ただ、モンケの強権的な政治は当人の優秀さはあるにしてもいかにもモンゴル人にとって苛烈というべきで、早晩反発が出たかなーとは思いますね。
いずれ内部抗争に発展する流れはあまりかわらないかなと。
  1. 2010/03/01(月) 07:37:26 |
  2. URL |
  3. ハミルカル #-
  4. [ 編集]

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